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  "写真で何ができるか"−被災者に寄り添えれば   2018年9月10日  
  竹内敏恭さん  

 ここ数年、自然災害(と言っていいのか)が相次いで起き、各地で多くの被害、犠牲者を出し、痛ましい限りです。今この原稿を書いているときも、北海道で大地震が起きました。
東日本大震災・大津波(こちらの方が被害甚大)が2011年3月11日に発生してから7年半が経ちました。宮城県石巻市は死者・行方不明者合わせ約4,000名で、市町村の中で最も多くの犠牲者を出しています。
 私は大震災が起こる10年前から石巻の写真を撮って町の様子を見てきました。もちろん震災後も続けて撮ってその変遷を見続けています。写真を通した人の交流もありました。ここで石巻と大震災を軸に、写真を撮りながら感じた町の変遷、人との交わりなどまとまりのない話を紹介したいと思います。

 大震災が起こる前の、石巻のことをご存知の方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。
石巻は旧北上川に沿って漁業を中心に発達し、江戸へ物資を送る東回り航路の起点とし栄えた港町です。戦後も遠洋漁業などで賑わいましたが、200海里問題などの影響を受け、この地域の産業は大打撃を受けてきました。
 2002年石巻の義母がなくなり、久しぶりに訪れた町はかつての賑わいからほど遠く寂しいものでした。この時から漁業・漁港色の薄れていくこの町を写真に残そうと年に数回通い始めたのです。10年間撮りためた写真で東京・新宿で写真展ができることになったのが2011年4月です。準備中の3月11日に大震災・大津波が起きました。津波が引いた後、写真を撮りに歩き回った場所は、テレビ画面からは一面家々が壊された凄惨な景色が確認されました。
 新宿の写真展は、東京でも大きな余震が起き停電、電車のダイヤ乱れの中で予定通り開催できました。東京に避難されていた石巻の人がかなりおられ、見に来てくれました。石巻の情報交換の場ともなり、「この時期によくこの写真展をやってくれた」と言われましたが、この風景はもうないのだ、そして石巻の人たちにとって貴重なものだったのだと実感したのです。
 震災後初めて足を踏み入れたのはその年の6月、まだほとんど災害時そのままの状態で、たった数か月前の前の町がすっかりなくなって茫然としました。
 10年間の撮影で少なからずの石巻の人に出会いました。
 2005年、立入り禁止の河岸に甚平を着、長靴をはいて、尺八を吹いている人が来ます。これはぜひ撮りたい。話しかけると最初は渋っていましたが、すぐに諒解がもらえ尺八を吹いているところを撮ることができました。蒲鉾屋さんの主人で、祭りでの演奏を練習しているということでした。店の名前は聞きましたが、たった一度の出会いです。
この店は河岸に沿ってあり、この辺りは津波で跡形もなく流されていました。
 大震災後3年経った2014年に大震災前に撮った石巻の写真集をNPO/HuRP協力で出版してもらいました。この写真も写真集に入れました。そして、NPOから各仮設住宅に送ったところ、尺八の写真の人がある仮設にいるという連絡が入りました。すぐに会うことはできなかったのですが、2017年転居されていた復興住宅を探すことができ、写真集を渡すことができました。大病の後ということで写真を撮ることは遠慮し、旧知のように再会を喜びあいました。実に12年後、2度目の出会いでした。

 石巻の震災前の写真をどうにかして活かしたいと思っていたのですが、門脇地区に開設した"まねきカフェ"が幸いにも貰ってくれました。この地区の被災し避難していた人たちが少しずつ戻りコミュニテイー(町会)の活動を始める拠点となっているところです。モノクロ銀塩の4つ切り(A4位)、6つ切り約250枚位。石巻の景観は今までとは全く異なっている。震災前の写真を折に触れてみていただけたら幸い思いで代表の方にお願いしました。
 早々に代表から手紙が届き、集会の機会に写真を見せたところ、一人の女性が写真も流され、ご主人をなくされ、亡き夫の写真が見つかってびっくりされていたとのことでした。さっそく写真の内容を聞き、これだろうと思うのをネガフィルムから起こしお送りしました。お礼の返事がきました。以下引用です。

 「…主人の写真が全部流されてしまい何も残っていなかったので、見つけた時は本当にびっくりし、主人と逢えた喜びでいっぱいでした。震災前の難病になる前の愛犬と一緒の貴重な写真になりました。犬も震災前になくなり本人も三年前になくなり想像もしていなかった写真が手に入り家族で大変喜んでおります。まだまだ復興には遠いと思いますが応援してくださいます皆様にお応え出来ますように前を向いて頑張ってまいりたいと思います。…」

 "写真で何ができるか"という問いが、しばしば写真評論で出てきます。戦場や事件を追っているわけではない素人の私の写真は平凡な風景です。しかし震災前のこの地を撮ったが写真が土地や家族を思い起こし多少でも寄り添えることがあるとしたら、写真をやっていた身にはこれに勝るものはありません。

 

竹内敏恭(たけうち としやす)さんのプロフィール

1940(昭和15)年東京生まれ。
2001年 精密電子機械会社を定年退職。現代写真研究所に入り写真を始める。
写真集「石巻 2002~2011」(HuRP出版、2014)。
石巻は妻の実家。

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