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シネマde憲法
映画『娘は戦場で生まれた』(原題:For Sama)
 花崎哲さん(憲法を考える映画の会)


  娘の名前「サマ」は、「空」の意味。
 その娘が見上げる空には、戦闘機や軍事ヘリが飛び交い、それらが爆弾を落としてくる。そんなことがあってはならない、自由と平和への願いを込めて「サマ(空)」と名付けたのに。

 この映画には、これまで戦場を描いたドキュメンタリー映画でも見たことのない三つの視点がある。ひとつ、戦場の中での「家族」を5年にわたって描いたこと。ふたつ、街が戦場になって、一方的に痛めつけられる子どもや女性の目から捉えたこと。みっつ、このドキュメンタリーの作り手の自身への「ジャーナリスト」というものへの問いかけ。

 赤ちゃんのクローズアップ。かわいい。それを見つめる母親の目線がカメラの目線。おそらく赤ちゃんを持った母親にカメラを持たせたらこういう画になるという愛情の込められたクローズアップ。なめ回したくなるような我が子へのやさしい、やさしいささやき。
しかし、そこに遠くからの爆発音のような何かの音が入る。爆発音はあっという間に近づいてくる。ここは病院といっても容赦は無い。急いで地下へ。近くへの爆撃によって舞い上がる粉塵、何も見えなくなった中、「サマ、サマ」娘を探す母親の声が聞こえる。それでもカメラをまわし続けている。
 凄惨な空爆の真下にいる人々の阿鼻叫喚が広がる。とくにここは病院。爆撃に晒される中でも血だらけの子どもが担ぎ込まれ、その場で息を引き取っていく。子どもを亡くした半狂乱の母親の嘆き。カメラは、ジャーナリストとして、そこに自分と自分の娘を重ねて撮り続ける。すさまじい、の一言。

 これは戦場とは言わない。一方的に何の抵抗する手段を持たない市民が、子どもが殺されていく。虐殺の現場だ。カメラはその真ん中にある。
 なぜ、こんな戦争が許されるのか、そういうことが起きていることが知らされていても、どうして止めることができないのか、世界に報道されても何も変わらない現実。それがアレッポ陥落まで4年間も続いた。知っていても何もしようとしない私たち。
 シリア政府軍の包囲の輪が、どんどんどんどん狭まってくる、どうなるのか、みんな殺されるのか、そうした状況の中でもカメラをまわし続けられる。

 映画のはじまりは、監督のワアド・アルカティーブの十代の自身の写真から始まる。女子高生、女子学生。彼女はジャーナリストをめざす。
 「両親は、私が頑固で無鉄砲だといつも言っていた。その意味がわかったのは娘ができてからだった」映画の最初の、彼女自身のナレーションだ。

 2011年、国を巻き込んだアサド政権に対する抗議活動が始まったとき、ワアドはアレッポ大学のマーケティングを専攻する学生だった。何百人もの仲間のシリア人と同様に、彼女は戦争の恐怖を記録することを決意し、市民ジャーナリストになった。撮影方法を独学で学び、アサド政権軍がアレッポ支配のために反政府勢力軍に弾圧と攻撃を行っていたとき、彼女は周りの人たちの苦しみや絶望を撮影し始め、壊滅的な包囲線の中とどまり、恐ろしい命の損失を記録し、6年間の紛争の最も記憶に残る映像を収録した。(映画『娘は戦場で生まれた』パンフレット「監督・製作・撮影のワアド・アルカティーブ解説」より)

 映画の中で出会った彼女の夫、ワアド。その笑顔がとても魅力的。これまで見たドキュメンタリー映画では、街が戦場と化した中でのシリアの男性、パレスチナの男性は恐い感じだったが、彼は違う。そう感じるのも信頼と尊敬と愛情を持って撮影している彼女のカメラだからなのだろうか。そのことは娘の「サマ」はもちろん、空爆で焼けたバスの中で遊ぶ子ども達の描写にも感じる。カメラの視点でこんなにも伝わってくるものが違うのかと。

 このドキュメンタリー映画の今までにないと思うところ、そして撮り手のジャーナリストたることの意志を、監督ワアド・アルカティーブのインタビュー記事から。
 「私は女性であるために、アレッポの保守的な地域にいながらも、伝統的に男性では近づくことのできない女性やこどもたちの経験を追うことができました。そのおかげで私は自由のための闘争のさなかに、普通の生活を送ろうとする、シリアの一般市民たちの知られざる現実を伝えることができました。」 
 「現場で何かが起こるたびに、極力ネガティブなことを考えずに撮影自体がどれだけ重要かだけを考えて、撮影を続けなければいけなかったわ。」
 あらためて目を覆うばかりの凄惨な「戦場」の中にあって、粘り強く、強い意志を持って、娘のために(「For Sama」)訴え続ける彼女に、大きな力をもらったような気がする。
 
【スタッフ】
監督:ワアド・アルカティーブ エドワード・ワッツ
製作:ワアド・アルカティーブ
製作総指揮:ベン・デ・ペア ネバイン・マボーロ シオバーン・シネルトン
      ジョージ・ウォルドラム ラニー・アロンソン=ラス ダン・エッジ
撮影:ワアド・アルカティーブ

【出演】
ワアド・アルカティーブ
サマ・アルカティーブ
ハムザ・アルカティーブ

カンヌ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞
アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート

2019年製作/100分/イギリス・シリア合作
原題:For Sama
配給:トランスフォーマー

カンヌ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー賞
アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門ノミネート ほか

公式サイト
予告編
上映情報
シアター・イメージフォーラム(渋谷)、kino cinema 立川高島屋S.C.館(立川)、シネマ・ジャック&ベティ(横浜)、名演小劇場(名古屋)、で上映中


 

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