映画『弁護人』(原題:The Attorney)
1980年光州事件を描いた『タクシー運転手』。1981年、この映画のモデルとなった釜林事件。1987年の民主化闘争に至る事件を描いた『1987 ある闘いの真実』。韓国映画には、軍事政権時代に起きた弾圧に対して市民の闘いをドラマで描いた優れた作品がたくさんあります。
その軍事政権の弾圧の根拠となった「国家保安法」が法律と裁判をどのようにねじ曲げていったか、またそれが裁判によって争われたこと。映画のキャッチフレーズにある「国家を敵に回しても無罪を勝ちとる!」。その闘いが一人の弁護士の不屈の意志で始まったことをこの映画によって知り、驚き、そしてある意味で励まされました。
1980年代初めの釜山。学歴はないが、様々な案件を抱える売れっ子、税務弁護士ソン・ウソク(ソン・ガンホ)。大手企業からのスカウトを受け、全国区の弁護士デビューを目の前にしていた。
ある日、駆け出しの頃にお世話になったクッパ店の息子ジヌ(イム・シワン)が事件に巻き込まれ、裁判を控えているという情報を聞く。クッパ店の店主スネ(キム・ヨンエ)の切実な訴えを無視出来ず、拘置所の面会に行くが、そこで待ち受けていたジヌの信じがたい姿に衝撃を受ける。
軍事政権下、捏造された国家保安法違反による逮捕者が続出する中、多くの弁護士が引き受けようとしない事件の弁護をウソクは請け負うと決めるが……。
(GYAO!映画『弁護人』解説より)
軍事政権下の韓国において、多くの若者が無実の罪をでっち上げられ、拷問によって、虚偽の自白をさせられ、有罪になった事件があったことは聞いていましたが、この「釜林事件」については何も知りませんでした。そしてその弁護にあたったのが盧武鉉元大統領や文在寅現大統領であったこともまったく知りませんでした。この映画はその盧武鉉元大統領をモデルに描いていると言います。
引用が多くなりますが、「釜林事件」について。
1980年、大韓民国の学生運動が光州事件によって爆発した後、全斗煥の独裁政府は、「赤色分子」(共産主義分子)を取り締まるとして、社会活動家たちを捕えた。
1981年9月、釜山の警察当局は、逮捕令状の提示もないまま、釜山読書連合会のメンバー22名を不法に拘禁したが、その罪名は、有害書籍を回覧し不法集会を組織した国家保安法の違反のほか、戒厳法違反、集会および示威に関する法律違反であった。
当時、税務弁護士であった盧武鉉(後の大韓民国第16代大統領)は、金光一、文在寅とともに、学生たちの無料弁護士を担当して学生たちが拷問によって自白を強いられる状況で罪を認めたことや、公安当局による証拠が偽造であることを、証拠を示して主張したが、それでも法廷は被告22名のうち19名に1年から7年の懲役という判決を下した。この事件は、盧武鉉の人生の転換点となり、彼は税務弁護士から転じて、政治運動に関わり始めた。(ウィキペディア「釜林事件」)
しかし、その後大統領にまで上り詰めた盧武鉉さんは、大統領退任後、政敵の追い落としを謀る李明博大統領によって、家族の不正を検察によって追及され、2008年自殺してしまいます。
そして、この釜林事件は2012年に再審請求が行われ、2014年に再審無罪判決が下されます。そうした中でこの映画は作られ、2013年に韓国で公開され1100万人の人がこの映画を見たと言われています。
韓国の何度もの弾圧の政治と民主化の闘いの歴史を、人々がどれだけ、我がこととして繰り返し見てきたかを考えさせられます。つまりこの映画自体が過ぎ去った過去話ではなく、現在進行形の政治問題の真っ只中で、変革の運動を作っていくものであったのかもしれません。
裁判のクライマックスで、拷問を加えた警察公安担当の幹部に証人に尋問するところでのやり取り。
弁護人「国家保安法は憲法も無視すると?」
証人(公安担当幹部)「私は法律通り執行しただけだ」
弁護人「公安事件かどうかどう判断しますか?……学生が本を読んで討論したことが─国家保安法違反かどうか証人はどう判断を?根拠は何ですか?」
証人「私ではなく、国家が判断する」
弁護人「国家?証人の言う国家とは?」
証人「弁護人のくせに国家が何かも知らないのか」
弁護人「よくわかっていますよ、大韓民国憲法1条2項、国家の主観は国民にあり、すべての権力は国民に由来するのです。証人こそいかなる法的根拠もなく国家を弾圧の口実におとしめている。証人の言う国家とは政権を強奪した一部軍人のことだ」
拷問による自白、それをもとにした弾圧、それらは治安維持法下の戦前のわが国の特高警察の話と重なります。しかしそれらは遠い昔のことでも、また遠く隔てた国のこととばかり言えない生々しい政治の事実が私たちにあります。
都合の悪い事実は隠す、真実を知らさない、法律の解釈を勝手にねじ曲げる、都合の悪い記録や文書は棄ててしまって無かったことにする。数の力で自分たちの解釈、都合の良いように法律を強行する、メディアもそれを取り上げない。国民の声を聞こうとしないでつぶそうとさえする、と今の日本だって同じことではないでしょうか。そしてそうしたもくろみの先にあるのは、日本国憲法を変え、緊急事態を装えば、この軍事政権と同じ自分たちに都合の良いように権力の行使できる国にする。いや、すでにそうなっていて、その仕上げとして改憲をめざしているのではないかと思うのです。
映画を見て、盧武鉉元大統領のことを知りたくなりました。
韓国の歴史、とくに軍事政権下の弾圧がどのように始まったのか、またそれに対し市民がどのように闘ったのか、学習したいと思いました。
もちろんこの映画は、政治的メッセージを意図した映画ではありません。それぞれの人の真実を描いていることで共感を呼び、感動させることから見る人の気持がついてくるのだと思います。
優れた映画に出会うと、多くの人に共感をもたせ、訴える表現があることに、励まされる気持ちになります。元気になって、勇気づけられる気持ちになります。
【スタッフ】
監督:ヤン・ウソク
脚本:ヤン・ウソク、ユン・ヒョノ
撮影:イ・テユン
照明:オ・スンチョル
音楽:チョ・ヨンウク
武術:ユ・サンソプ
美術:リュ・ソンヘ
衣装:クォン・ユジン、イム・スンヒ
【キャスト】
ソン・ウンソク:ソン・ガンホ
パク・ジヌ:イム・シワン
パク・スネ:キム・ヨンエ
チャ・ドンヨン:クァク・ドウォン
裁判官:ソン・ヨンチャン
先輩弁護士:チョン・ウォンジュン
ウソクの妻:イ・ハンナ
ユン中尉:シム・ヒソプ
イ・チャンジュン:リュ・スヨン
イ記者:イ・ソンミン
パク・ドンホ:オ・ダルス
配給:ネクスト・エンターメント・ワールド 彩プロ
2013年制作(日本公開:2016年)/127分/韓国映画
予告編
公式サイト
上映情報:インターネット無料上映中 GYAO!で無料視聴できます。
2020年4月27日(月) 00:00 〜 2020年5月26日(火) 23:59