映画『幸福路のチー』(原題:幸福路上 On Happiness Road)
台湾という国のこと、その現代史とか人々の暮らしぶり、そこでの思いを、少しは知っているつもりで、何も知らないでいた、と、つくづく思いました。
政治や社会の変化が、庶民の目からはどのように捉えられていたのか、とくに子どもから大人に成長する過程で、その大きな変化が自分の人生に、家族の歩みに、社会に何をもたらしているのか、ある意味で追体験したような思いをしました。
境遇も、状況も、環境もまったく違うけれども、自分の人生にもある部分共鳴する「時代」というものを、あらためて考えさせられました。
アメリカに暮らすチーは祖母が亡くなった知らせを受け、長らく疎遠にしていた故郷、幸福路に帰ってくる。記憶にあるのとはすっかり変わってしまった景色を前に、チーは人生、そして家族の意味を考え始める。子どもの頃の懐かしい思い出、老いていく親、大人になった自分。「あの日思い描いた未来に、私は今、立てている?」。実は人生の大きな岐路に立っていたチーは、幸福路である決断をする――。
本作は、1975年生まれのひとりの女性の半生を追う。無邪気な少女時代、親の期待に応えることが至上命題だった学生時代、理想とは違う社会、友人との別れ、そして新しい出会い―。その背景には、台湾語禁止の学校教育、少数民族である祖母との関係、学生運動、台湾大地震など、戒厳令の解除を経て民主化へと向かう現代台湾の大きなうねりがある。人生の分岐点で誰もが経験する感情をチーの人生で追体験することで、観るものは圧倒的なノスタルジーと共感に温かく心を満たされることだろう。(映画『幸福路のチー』公式ホームページ、INTRODUCTIONより)
何の予備知識も無くこの映画を見始めたので、最初は「台湾版のちびまる子ちゃんかな」と思って見てました。しかしそこに描かれているのは子どもと家族と友達だけの世界だけではありませんでした。
半自伝的な物語です。それも台湾近代史と歩む少女の成長の物語。成長には、暗さや残酷さや痛さがありますが、それをあたたかみのあるアニメーション表現によってしみじみとしたノスタルジーに変換しています。
子どもの頃のことが描かれることの問題意識は、ポスターにも書かれているキーワード「あの日思い描いた未来に、私は今、立てている──?」。
人生の岐路に立った一人の女性が思い出を振り返りながら、今の自分を見つめ直す。これからどこで生きていくのか、思い悩むヒロインの姿がチーに重なる。
台湾という不安定な国の事情に翻弄されながらも幸福になる夢を持ち続ける台湾の人々の心情をよく表現した脚本が見事だ。
「お前が何を信じるかで自分の人生が決まる。すべては思いの強さにかかっている。」と祖母がチーに授ける言葉や「人の話は真実とは限らない。自分の目と知恵で世界を見るんだ」という従兄のウェンの教えがこころに響く。
もともと台湾の映画作品には、先達の思いが次世代に受け渡される場面が多いように思う。(映画パンフレット「REVIEW」行定勲さん「“路”の上で幸せはいつも進行形」より)
台湾のモラトリアムな歴史に翻弄された人々の、それでも力強く生きていこうとする感情が色濃く反映されているのでしょう。世界中の異なる文化をもつ観客から「これは、自分たちの物語だ」と絶賛されたというのもよくわかる気がします。
きっと、見ている若い人たちは、迷い、戸惑い、そして自分の生き方を考える人たちだからこそ、この映画を見て共感し、励まされる気持ちになるのだと思います。
この映画の監督のソン・シンインさんは、大学を出た後、新聞社でジャーナリストとして働いた後、京都大学大学院で映画理論を学んだ後、渡米して映画製作を学んだそうです。
京都滞在時の想い出を綴ったエッセイを『いつも一人だった、京都での日々』(「京都寂寞Alone in Kyoto」早川書房刊)に書いています。彼女がどのように今のこの国を見ているかとても興味深く、是非読んでみたいと思います。それは彼女の感じたことを通して、自分の知らない自分たちの姿を鏡に映し出すようです。
私にも若い台湾生まれの友達がいます。彼女は早稲田大学に留学し、市民運動について調べる中で、私たちの「憲法を考える映画の会」の話を聞きにきました。お会いした次の月、今度はアメリカに行くと言っていました。
若い彼女は、この映画をどのように見るのでしょうか。この映画より後の世代が、どのように台湾の政治、社会、あるいは家族や自分の生き方を、感じ考えているのか、日本はどのように映っているのか、聞いて見たいと思います。
「永遠の幸せなんてないんです。だから私たちは、日々奮闘し続けなくてはいけない。幸せとはゴールではなく、私たちが進む『路(みち)』とともにあるものだと思っています。」
監督のソン・シンインさんは、映画の題名『幸福路のチー』(原題:幸福路上 On Happiness Road)に込めたものは何かと聞かれて、そう話しています。
自分らしく、しなやかに生きていこうとする今の台湾の見事なセルフポートレイトとも言えるでしょう。
【スタッフ】
監督・脚本:ソン・シンイン
音楽:ウェン・ツーチエ
音響監督:R.T.ガオ
美術監督:ハン・ツァイジュン ジョセリン・ガオ
アシスタントディレクター:ホァン・シーミン チャオ・ダーウェイ
共同プロデューサー:ガオ・ホァイルー
プロデューサー:シルヴィア・フォン
エグゼクティブプロデューサー:ジェフリー・チェン
主題歌:ジョリン・ツァイ
【キャスト】
リン・スーチー(大人):グイ・ルンメイ
リン・スーチー(子供):ウー・イーハン
チーの母:リャオ・ホェイチェン
チーの父:チャン・ポージョン
チーの祖母:ジワス・ジゴウ
従兄ウェン:ウェイ・ダーション
2017年製作/111分/台湾映画
原題:幸福路上 On Happiness Road
配給:クレストインターナショナル
第20回台北映画祭グランプリ/アニメーション部門/観客賞
ソウル国際マンガ・アニメーション映画祭2018長編部門グランプリ
第22回釜山国際映画祭ワイドアングル部門
【公式ホームページ】
【予告編】
【上映情報】(都内では9月新宿K’s cinema)