映画『妻への家路』(原題:歸来・Coming Home)
『妻への家路』という日本題名は、名付けた人の苦労を感じさせます。どういうことを表しているのかなとしばらく考えてしまいました。
内容から言って、戦争で記憶を失った男と彼を想い続ける女との愛の軌跡を描いたイギリス映画『心の旅路』を意識したのでしょうか。時代に翻弄される愛を、淡々と、しかししっとりと描くチャン・イーモウ監督の作品の持ち味を少しでも伝えようとした工夫かも知れません。
【ストーリー】
1977年、文化大革命が終結。20年ぶりに解放された陸焉識(ルー・イエンシー)は妻の馮婉玉(フォン・ワンイー)と再会するが、待ちすぎた妻は心労のあまり、夫の記憶だけを失っていた。焉識は他人として向かいの家に住み、娘の丹丹(タンタン)の助けを借りながら、妻に思い出してもらおうと奮闘する。
収容所で書き溜めた何百通もの妻への手紙をくる日も彼女に読み聞かせ、帰らぬ夫を駅に迎えにいく彼女に寄りそう。夫の隣で、ひたすら夫の帰りを待ち続ける婉玉。果たして、彼女の記憶が戻る日は来るのか──?
「文化大革命が1977年に終結」と知って、日中平和友好条約が締結される直前まで文化大革命は続いていたんだ、と感慨深く思いました。同時にこの映画の主人公のように、それによって人生のもっとも大事な時期を失われた人々が無数にいることが想像されて暗澹とした気持ちになりました。この映画のチャン・イーモウ監督自身、二十代の十年間を「下放」(中国共産党の上級幹部が農村に行き、実際に労働をすることによって、官僚主義や主観主義などを克服する施策。知識人や幹部を権力から排除し,懲罰や迫害を加え,肉体労働を強いる手段として使われた)によって失っています。
しかしそのような悲劇は、この党内の政争ともいえる「文化大革命」だけの話ではありません。戦争に兵士として送られた者や牢獄にとらわれていたものにも通用するストーリーでもあります。
映画では、文化大革命が悪いとか、それを主導した者の責任を問うような政治的メッセージは描かれていません。むしろそれら政治のデリケートな部分は避けられていると言ってよいようです。人々はどこか淡々とあの酷い時間を過去の記憶の中に押し込めているかのようです。
映画の冒頭は、紅衛兵の一員である娘の丹丹の革命バレエ「紅色娘子軍」の練習風景から始まります。主役をねらう丹丹の踊りというか、瞳の輝きと強さに圧倒されました。
そこにはおそらく紅衛兵たちの狂気さえも感じさせるようなトランス状態の目の光がありました。「反革命の」大人たちを糾弾していく紅衛兵の子どもたち、それは美しいのだけれど、理性には遠い狂気のようなものが感じられます。父親の政治犯を問題にされ、丹丹は主役の座を逃し、その恨みから、逃亡して妻のいる我が家にところにたどり着いた父親を当局に通報し逮捕させてしまいます。
私たちはついこの間、『子どもたちの昭和史』という映画の上映会を開きましたが、その中にも喜々として「戦争ごっこ」を演じ、戦争への道を歩む子どもたちの表情がありました。それにも通じるものがあります。教えられると一途にその中に飛び込んでしまう子どもたち、そうさせる教育の恐ろしさを感じます。
その文化大革命の時期が過ぎ、丹丹も憑きものが落ちたように、目つきと表情が柔らかなものになっていきます。記憶をなくした母親と帰還した父親の間を取り持っていきます。
その変化の表現をこのストーリーの展開の中で重要とした演出が光ります。
庶民の視点から描かれた外国の映画を見るのが好きです。観光旅行ではない下町や村落に生きる人々から部屋の中に招き入れられたような気持ちになります。アジアの国々、韓国や中国。台湾、ベトナムなどの映画にはそうした思いを楽しむことができる佳作が多いように思います。そこにはそれぞれの境遇の違いや暮らしぶりの違いはありますが、人々がどんな思いで暮らし、家族や隣人たちをいとおしみ、喜んだり、悲しんだりしているか、それは自分たちとは同じだなと胸を打つものがあります。
私はこの映画を「現代中国映画上映会」という自主上映のグループの上映会で見ました。同じ上映会で、『初恋のきた道』『あの子を探して』『単騎、千里を走る』といったチャン・イーモウ作品を見ることができました。その他にもそれまで知ることもなかった市井の人たちの喜びや悲しみを描いたほほえましい作品を観る事ができました。きっと作品を選んでいる方が、映画をよく見て丁寧に選んでいるのでしょう。どの映画もはずれはなくいろんなことを考えさせられる映画になっていました。
「ある国の人を一人でも知っていると、その国のことを一言では言えなくなる」という言葉があります。映画も同じだと思います。好感を持って、こころを動かされた映画、例えばその中で描かれた家族への思いは、自分たちと一緒だなと思う映画をひとつでも見ていれば、きっと「**人はどうだ、こうだ」などと決めつけることはできにくくなります。そうした機会をきちんきちんともらえる映画会に感謝したいと思います。(「現代中国映画上映会」については巻末の上映案内で紹介します)。
【スタッフ】
監督:チャン・イーモウ
原作:ゲリン・ヤン
脚本:ヅォウ・ジンジー
音楽:チェン・キーガン
制作総指揮:デヴィッド・リンド
製作:ビル・コン
撮影:チャオ・シャオディン
編集:チャン・モー
【出演者】
チャン・ダオミン(ルー・イエンシー)
コン・リー(フォン・ワンイー)
チャン・ホエウェン(タンタン)
チェン・シャイオー(コン・スーチン)
リウ・ペイチー(リュー)
イェン・ニー(リシュ二ン)
ズー・フォン(チョンシドウイン)
配給:ギャガ
2014年制作/中国映画/110分/劇映画
【上映情報】動画配信サービス配信情報:「MIHO通信」参照
「現代中国映画上映会」月1〜2回、会員制で新旧の中国映画の上映会を文京区民センターで催しています。
詳細の案内はこちら