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シネマde憲法
映画『燃え上がる記者たち』(原題:Writing With Fire)
花崎哲さん(憲法を考える映画の会)



 「インドでは、紀元前に作られたカースト制という差別的な身分制度が未だに残っていて、なかでも女性が最下層で蔑まれている」そのようなナレーションから映画は始まります。
 そうした被差別カーストからも押し出された「ダリト」(不可触民)の女性たちが、自分たちのニュース・メディアを立ち上げました。それが新聞『ニュースの波(カバル・ラハリア)』です。
 ほとんど素人の記者である彼女たちが、どのように自分たちの身近な問題を見つけ出し、現場に取材し、自分たちの言葉で発信しているのか、そのことによって彼女たち自身がどう変わっていったのか、さらにどのように今までにないメディアをつくりあげているのか、その新しい波を描いたのが、このドキュメンタリー映画です。 

【スマホを武器に】
 「カバル・ラハリア紙」が大きく展開したのは、それまでの紙の新聞から、記者がスマホで取材し、その動画を現場から配信するスタイルに転換してからです。
 文字を書く記者から、スマホを使って動画で配信する「記者」へ。しかも記者の彼女たちはそれまでスマホをいじったこともなかったのです。家の中では夫はスマホをもっていても、壊してはならないと触ったこともなかったくらいなのです。
 女性記者たちに、どこかなごやかなスマホの使い方講習が始まります。彼女たちはまずスマホを通して、自分の身近なものだけが「社会」ではないことに気付いたのでしょう。これだけでもすごい「開放感」! スマホを通して社会につながっていく実感は、やがてそのスマホを使って、その社会を変えていく力が自分にあるという自負へと変わっていきます。
 もちろん、もともとが自分たちを差別し、蔑んで来たがんじがらめの男社会です。その中に、スマホだけをもって単身、切り込んで行って取材するのは、並大抵のことではありません。想像を絶する重圧感があります。取材の許諾をとる交渉、一対一で正面から立ち向かうインタビュー。彼女たちは一見、柔らかな表情に見えますが、そこにはひるまない必死さ、真剣さを感じます。それは差別されてきたことに対する怒りから発しているのでしょうか。
 自分と同じ虐げられている人々を訪ね歩き、その声を拾い上げていくのですが、これが難攻不落。道路を壊したマフィアに牛耳られている採石場。警察もグルになっており、声をあげれば家族に危険が及ぶと脅されます。村で頻発する集団レイプ事件。被害者たちや家族は報復を怖れて口を開こうとしません。それをやっと聞き出し、被害届を聞こうともしなかった警察にかけあう。負けないぞ、という気迫がそこにあります。
 しかし、レイプ犯人を突き止め、数日後に逮捕。医師が来てくれなかった村落の悲惨さを伝えたら薬が届いた。壊された道路が直された、と「報道」の成果があらわれ始めると、それまであきらめきっていた人たちをも勇気づけるのでしょう、この「ニュース・メディア」への関心が拡がり、アクセス数が激増していく、すると当局も見過ごせなくなり動き始めるという好循環現象が起きます。何より記者たちの意識が高まり、自分たちが社会を少しでも変えていけるという「やりがい」が自信へとなっていきます。「私はいま、生きている」そんな表情が記者たちから感じ取れ、見ているだけで嬉しくなります。やがて彼女たちの問題意識は、それら問題のおおもとにある政治への疑問へと向かいます。

【全く新鮮な政治コミュニケーション】
 身近にある問題を見つけ、それを変えていく行動を起こす、それはジャーナリズムであると共に政治運動の本質と思います。彼女たちが成功させた方法論は、私たちの市民運動、社会運動にも通じるものがあり、教えられるものが多いです。彼女たちを動かし、生き生きとさせている情熱は、今私たちがもっとも必要としているものかもしれません。
 全く新鮮な政治コミュニケーションの作り方を感じました。できればその経営の巧みさなども学びたいものです。
 
 このドキュメンタリー映画自体が制作された背景をもっと知りたいと思いました。ドキュメンタリー自体が彼等(「ニュースの波(カバル・ラハリア)」)にかなり近いところで作られているのか、制作スタッフはやはり女性が多いようです。
 映画の作り手の立ち位置にも興味があります。彼女たちの始めた市民政治運動の情熱と方法論をバランス良く端的にとらえて、見ている者の心を動かす、自分たちも何とかしようと誘う術に長けていると思ったからです。

 ラストに、このニュース・メディアを作り上げてきたミーラさんのモノローグがあります。
「将来、あの時、あなた方は何をやっていたのかと問われたときでも、私たちは胸を張って答えられる」。私たちもそうした言葉を胸を張っていうことができるように、身近な自分たちの周りの問題は何か、それを変える、そして未来を切り開く活動は何か、見直し、行動を始めたいと思います。

【スタッフ】
DIRECTOR / WRITER / PRODUCER:Rintu Thomas
DIRECTOR / WRITER / PRODUCER / CINEMATOGRAPHER:Sushmit Ghosh
GhoshCINEMATOGRAPHER:Karan Thapliyal
SUPERVISING EDITOR:Anne Faboni
Executive Producer:Patty Quillin Hallee Adelman
O-EXECUTIVE PRODUCER:Anurima Bhargava
COMPOSER:Tajdar Junaid Ishaan Chhabra 

2022年・第94回アカデミー長編ドキュメンタリー賞ノミネート
山形国際ドキュメンタリー映画祭2021アジア千波万波部門市民賞受賞。
2021年サンダンス映画祭観客賞

2021年制作/93分/カラー/インド映画
配給:きろくびと

公式サイト(英文)
予告編
上映情報:公開が、早くて2022年秋以降とのことです。

 

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