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シネマde憲法
映画『夢のアンデス』(原題:The Cordillera of Dreams)
花崎哲さん(憲法を考える映画の会)




 悲しいほどに美しい、痛みさえ感じさせる美しさ。たしかにこの映画のアンデスの映像は、何の説明もされなくても、そう感じさせるところがあります。
 しかし、この映画の作り手にとって、この風景の中に、心揺さぶられる悲しみの記憶が満ちていること、それが多くのチリという国に生きる人々、そしてチリを追われた人々がともに持ち続けている痛み、悲しみであることを映し出していきます。

【作品の解説】
 1973年9月11日、チリ・軍事クーデター。世界で初めて選挙によって選出されたサルバドール・アジェンデの社会主義政権を、米国CIAの支援のもと、アウグスト・ピノチェトの指揮する軍部が武力で覆した。ピノチェト政権は左派をねこそぎ投獄し、3000人を超える市民が虐殺された。
 クーデターがもたらしたものはそれだけではない。ピノチェトは世界で初めて、新自由主義に基づく経済の自由化を推し進めた。米経済学者のミルトン・フリードマンを中心に形成されたシカゴ学派の学者たち――いわゆる「シカゴボーイズ」が招かれ、経済政策の顧問団を形成した。新自由主義は、芸術、文化、健康、教育すべてにおいて利益を追求すべきという利益最優先の価値観を人々にもたらした。結果、チリ社会は国民の間に激しい格差を生み、主要産業である銅の採掘は今やほとんどを多国籍企業が担っている。ピノチェト政権は国の財産を売り渡したのだ。(映画『夢のアンデス』公式サイト「イントロダクション」より)

 映画は最初の十数分間を、チリの街並みからアンデス山脈の山々に至る美しい空撮で捉えます。そこに、とつとつと語られるこの映画の作り手のモノローグ、自分にとって、この風景、この大地、この山並みがどのようなものであるのかが重なります。
 さらに彫刻家、小説家、音楽家、映像作家たちのインタビューが続きます。アンデスの山々は、心地よい椅子の背もたれのようだ、いつも私たちの気持ちを支えてくれていた。子どもの頃に目撃した暴力、政治的なトラウマを語る音楽家。歴史小説家は、現代のチリの社会・経済構造におけるピノチェトのプロジェクトの継続について語ります。1980年代以降、政治的抵抗や国家による暴力行為を記録するために活動してきた映像作家、その映像は、今ロシアで戦争反対の声を上げる市民のデモへの鎮圧風景にも重なります。
 監督のパトリシオ・グスマンはアジェンデ政権とその崩壊に関するドキュメンタリー『チリの闘い』撮影後、政治犯として連行されますが、釈放。フィルムを守るため、パリに亡命しました。「2度と祖国で暮らすことはない」と話すグスマンにとってアンデス山脈とは、永遠に失われた輝かしいチリ=グスマンの夢の象徴です。
 ピノチェトのクーデター後、グスマンは逮捕され、国立競技場に2週間監禁されました。そこで彼は模擬処刑を受け、幾度となく脅迫されました。1973年に彼はチリを離れ、キューバ、スペイン、フランスに移住しましたが、心は自分の祖国とその歴史を強く引きずったままでした。「この映画を通して相変わらず人間、宇宙そして自然、この三者の対立を描くことに変わりはありませんが、私の主題の中心であるこの巨大な山脈は、全てが失われたと思うとき、私にとっては不変のもの、私たちが残したもの、共に存在しているもののメタファー(隠喩)であったのです。コルディレラ※1に飛び込むことで、私は自分の記憶にダイブします。険しい山頂を入念に調べ、深い谷に踏み込む時、おそらく私は、私のチリの魂の秘密を部分的に垣間見る内省的な旅を始めるのです。」

 今まさにロシア・ウクライナ戦争が起こって、人々は血を流し、祖国を逃れ、大きな悲しみと不安の中に晒されています。今の世界でこんなことが許されるものかと世界中の多くの人々が思っているにもかかわらず、戦争を止める、ロシア軍をロシアに引き戻すために何もできないでいる、という現実の中にあります。
 この時期に、この映画を見て、戦争、紛争、あるいはクーデターのような「政治」の暴走によって人々が苦しみ、命を奪われ、また祖国を追われ、自由がうばわれ、人間らしい生活を失うことが繰り返し、繰り返し行われてきたことにあらためて無力感を感じずにいられません。
 ウクライナの人々はもちろん、ロシア人の若い兵士もまた、何で闘わなくてはならないのか、何で傷つき、何で死ななければならないのか、わからないままに戦って人を殺し、死んでいっているのでしょう。戦争になったら、あるいは歯止めのきかない政治権力が軍事力を持ったらどうなるのかを、またしても見せてくれることになっています。戦争をさせないのが「政治」ではなかったか。
 ロシア国内ではあっという間に報道も、戦時報道になってしまって、子どもたちにも戦争に疑問をもたない教育も徹底して行われていると言われます。人びとの意識すらも戦争に疑問をもたないようになっていく、これもまた日本でも、アメリカでも繰り返されてきたことです。

 国を追われるということがどういうことか、そしてどれだけ多くの人がその人生を取り返しのつかないものにしてしまったのか、この映画では、その悔恨にも近い思いをどうしたら繰り返さないことができるのか。監督はその「ディレクターズノート」の中でこう語っています。

 「……“記憶がない”と思っていた私の国が、過去の記憶を調べ始めたのです。記憶喪失から抜け出し、自分の国に関するテキストの埃を払ったのです。私はまた、新世代が囚人や銃殺の犠牲者や亡命者の運命に強い興味を持っていることを知りました。何十年間も続いた弾圧が今頃話題になっているということでしょうか?この事は私にとっては新鮮で、40年以上も私の作品を通じて探求してきた祖国と私との関係を変えました。実際、『光のノスタルジア』と『真珠のボタン』の後、10年前から取り掛かった3部作の最終話『夢のアンデス』の観点を変えることにさえなったのです。」

 私たちも、戦争の多大な悲しみと痛みをもって自分たちの手にした日本国憲法、その9条と前文を繰り返し何度でも読み返そうと思います。そしてこの憲法が実現しようと呼びかけているものが、日本という「国」だけの平和ではなく、世界中の人々の平和であることをかみしめて、声を上げていかなければと思うのです。

※1 チリの中央部にあるサンティアゴ首都州の県のうちの1つ。地理的には、中央峡谷、氷河、川、火山、アンデス山脈の一部を含む。

 

【スタッフ】
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
撮影:サミュエル・ラフ
編集:エマニュエル・ジョリー、パブロ・サラス
録音:アルバロ・シルヴァ・ウス、アイメリク・デュパス、クレア・カフ
音楽:ミランダ・イ・トバー

【出演】
フランシスコ・ガシトゥア(彫刻家)、ビセンテ・ガハルド(彫刻家)、
パブロ・サラス(映像作家)、ホルヘ・バラディット(歴史小説家) 
ハビエラ・パラ(音楽家)ほか

2019年制作/85分/チリ、フランス映画
原題:The Cordillera of Dreams
日本語字幕:原田りえ 配給・宣伝:アップリンク

【公式サイト】
【予告編】

【上映情報】
 2022年3月19日(土)〜3月25日(金)シネ・ヌーヴォ(大阪)
 2022年3月11日(金)〜3月17日(木)シネ・ピピア(宝塚)
 自主上映申込み:アップリンク

 

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