教育は何より子どもたちの未来のためのもの、と考えたいのですが、この映画に描かれているこの25年あまりの教育の「施策」の魂胆を知ると、もっとも教育にふさわしくない人たちが、教育政策をほしいままにして歪めてきたと感じ、暗然とした気持させられます。
残念ながら、教育だけでなく、すべての領域で人を大切にしない、未来はどうあったらよいかをまともに考えていない、そして自分たちの利益しか考えない政治が横行しているように思います。
【映画の解説】
いま、政治と教育の距離がどんどん近くなっている。
軍国主義へと流れた戦前の反省から、戦後の教育は政治と常に一線を画してきたが、昨今この流れは大きく変わりつつある。2006年に第一次安倍政権下で教育基本法が改変され、「愛国心」条項が戦後初めて盛り込まれた。
2014年。その基準が見直されて以降、「教育改革」「教育再生」の名の下、目に見えない力を増していく教科書検定制度。政治介入ともいえる状況の中で繰り広げられる出版社と執筆者の攻防はいま現在も続く。
本作は、歴史の記述をきっかけに倒産に追い込まれた大手教科書出版社の元編集者や、保守系の政治家が薦める教科書の執筆者などへのインタビュー、新しく採用が始まった教科書を使う学校や、慰安婦問題など加害の歴史を教える教師・研究する大学教授へのバッシング、さらには日本学術会議任命拒否問題など、⼤阪・毎⽇放送(MBS)で20年以上にわたって教育現場を取材してきた斉加尚代ディレクターが、「教育と政治」の関係を見つめながら最新の教育事情を記録した。
教科書は、教育はいったい誰のものなのか……。(公式サイト『教育と愛国』INTRODUCTIONより)
この映画で、取りあげられている教育をめぐる事件や施策の中から、印象に残ったものを並べてみます。
・2017年、道徳の授業、教科書(教科書検定でパン屋が和菓子屋に変わった事件など)
・中学校歴史教科書シェア1位を誇っていた「日本書籍」の倒産、その裏にあった攻撃
・1996年「新しい歴史教育をつくる会」の発足、「つくる会」教科書の実態
・「つくる会」系の教科書の特徴(神話・神道の紹介に力を入れる。南京事件に触れない。教育勅語を肯定的に捉えるなど)
・2012年2月大阪での安倍晋三氏、松井一郎氏による「教育の現場を変えていく」発言
・育鵬社教科書代表執筆者伊藤隆氏インタビュー「歴史から学ぶ必要はない」ほか
・高校歴史教科書から「沖縄の集団自決に日本軍が関与」の記述が消える
・2006年教育基本法改訂「日本の伝統と文化を尊重する」を書き込む、愛国心条項を盛り込む
・関東大震災での数千人朝鮮人殺害の数字が消える
・国連女性差別撤廃委員会での外務省審議官発言、慰安婦連行に軍の関与は確認できない
・2016年「学び舎」教科書への攻撃・抗議ハガキ、日本会議系首長などの暗躍
・表現の不自由展(会場:エル・おおさか)開催。「右翼」の妨害行動。松井一郎氏、吉村洋文氏らが攻撃
・公立中学校教諭平井美津子氏の記事に対する吉村洋文氏・府議会での攻撃、学校側の変節
・2021年菅内閣の教科書の言葉遣いへの直接介入。従軍慰安婦を慰安婦とする閣議決定
・教科書記述への文科省「訂正申請」問題
・慰安婦をジェンダー問題の研究対象とした牟田和恵教授の科研費をめぐる杉田水脈氏による攻撃
・「辺野古埋め立て反対への県民意思表示を国が否定するのは地方自治の危機」を訴えた岡田正則教授を日本学術会議新会員に任命せず。菅義偉首相の答えのはぐらかし
このように並べていくと、その陰でこうした政策を動かしている勢力の、教育を自分たちにとって都合の良いものに変えていこうとしてきたものの意図が浮かび上がってきます。
映画はまた、教科書検定の実態や法律を変えて教育を変えていった目に見える、話題にされてきた部分とは別に、今まで行われてきた教育を問題にする「世論」形成の工作の実態、その組織的なやり方をも明らかににしていきます。自分たちの「教育」を実現するために、その批判をするもの、そしてまた自分たちと意見の違うものをどのような方法で封じていくか、表には出てこなかったものが裏でつながっていることが見えてきます。
そうした工作によって彼らが何に反対し、教育をどのようにしようとしているのか。それはつまり、戦争での敗戦や加害責任を認めず、戦前のような政治体制に戻そうとするだけでなく、子どもたちに、つまり未来の日本人にそうした政治に従うことを強要させようとしているものなのでしょう。つまりは戦争できる国づくり、それに従順に従う国民を「教育」しようとして、それを着々と実現してきたということなのでしょうか。
個々の事件や施策については、その時々取りあげられ批判もされ、その横暴で陰湿なやり方に私も憤ったりしてきたことも覚えています。憤慨はしても、ことが表面から見えなくなると忘れてしまうことが多かったと思います。しかし、それを進めようとする政治は、着々とそうした「教育」を実現していった事実に愕然とします。こうしたことはこの教育問題だけでなく、とくに安倍政権の2010年代、市民の運動に対しての組織的な圧力や圧迫として様々な形で行われ分断されてきたことにあらためて気づきました。これから始まるであろう改憲のための具体的な動きの中でもそうしたやり方がますます続けられるのでしょうか。そして多くの国民は、深く考えず、批判もせずに受け入れてしまうのでしょうか。
それにしても目先の利益だけを追い、つまり批判や反対するものを黙らせる為にやっていることが、客観的、科学的に判断していくことや学術研究の科学性も壊し、きちんとした論議を経て政治を行うことをも壊し続けていくことに、政治家自身気づいていないのでしょうか。
パンフレットの解説に、この映画の監督が書かれていることが身にしみます。
「教育は誰のためにあるのか、史実とどう向き合えば良いのか。その問いは、右や左といったイデオロギーとは一切関係がない。いかなる政党であっても教育と学問の自由を侵してはならないのだ。これらの価値は、世界の国々でおびただしい犠牲をはらって築かれたものだと私は思う。」そうしてこのパンフレットの巻末には、憲法の条文が記されています。
「日本国憲法第23条 学問の自由は、これを保障する。」
【制作スタッフ】
監督:斉加尚代
プロデューサー:澤田隆三 奥田信幸
撮影:北川哲也
照明・録音:小宮かづき
編集:新子博行
朗読:河本光正 関岡香 古川圭子
語り:井浦新
音響効果:佐藤公彦
音楽協力:渡邊崇 中西美有 石上葵 榊原凛 中原実優 大阪音楽大学 Daion Lab
タイトル・字幕:秋山美里 平大介
スタジオエンジニア:湯浅絵理奈 牧野竜弥(TBSアクト)
MA:勝端順一
EED:岸本元博
スペシャルサンクス:大島新 木村元彦 李鳳宇
宣伝美術:追川恵子
【出演者】
吉田典裕(日本出版労働組合連合会教科書対策部事務局長)
池田剛(日本書籍元編集者)
吉田裕(一橋大学名誉教授 東京大空襲・戦災資料センター館長)
伊藤隆(東京大学名誉教授 歴史学者)
松浦正人(元防府市長)
平井美津子(大阪府公立中学校教諭)
牟田和恵(大阪大学大学院教授 社会学者)
2022年制作/107分/日本映画/ドキュメンタリー
配給・宣伝:きろくびと
製作:映画「教育と愛国」製作委員会
【上映情報】
ヒューマントラストシネマ有楽町、シネリーブル池袋、アップリンク吉祥寺、京都シネマ、第七藝術劇場等で上映中。順次、全国で上映