• HOME
  • 今週の一言
  • 浦部法穂の憲法雑記帳
  • 憲法関連論文・書籍情報
  • シネマde憲法
  • 憲法をめぐる動向
  • 事務局からのご案内
  • 研究所紹介
  • 賛助会員募集
  • プライバシーポリシー
シネマde憲法
映画『ブータン 山の教室』(英題:Lunana A YAK IN THE CLASSROOM)
花崎哲さん(憲法を考える映画の会)



 ホッとする映画を見たいと思って、この映画を選びました。
 ブータンという地名、ポスターの山々と子どもたちの姿にひかれたからかもしれません。荒んだ都会の生活や昨今の政治的な話題の中で、少しはホッとするものが欲しかったのです。
 期待通り、そのような気持ちはかなえられました。若いブータンの監督が作った映画です。それは、都市と地方というだけでなく、若者のいま、彼らの思い、その中で人々が考えている「幸福とは何か」を考えさせられる旅でした。
 
【解説】
 標高4,800メートルの地にあるブータン北部の村ルナナ。
 ブータン民謡が響きわたるこの村で暮らすのは、大自然とともにある日常に幸せを見つけ生きる大人たち。そして親の仕事の手伝いをしながらも、“学ぶこと”に純粋な好奇心を向ける子どもたちだ。人口わずか56人のルナナには、電気も携帯電話もない。
 『ブータン 山の教室』に登場するのは、実際にルナナで暮らす人々だ。ブータンの新鋭、パオ・チョニン・ドルジ監督は、人々の笑顔あふれる暮らしを圧倒的な映像美で映し出した。グローバル化が進み、世界の景色が単一化するいま、この作品は私たちに“本当の豊さとは何か”を教えてくれる。(映画『ブータン 山の教室』公式サイト)

 ブータンが唱えている「国民総幸福」※とは何でしょうか?
 パンフレットの中に、ブータンで知り合った人々を評して、こんな一文がありました。「家族や友達を大切にし、他者との不必要な比較をせず、今あるもので足る。希望を持ち、日々の些細なことを楽しむ。それが、ブータン人にとっての「大切なもの」「幸せ」=「ヤク」なのです。」
(磯真理子「『ヤクに捧げる歌』」は響いていますか?)映画パンフレットより)

 この映画から、あらためて「教育」とは何かについて考えることもできます。
 主人公ウゲンが「将来は何になりたい?」と子どもたちに尋ねると、子どもの一人は「先生になりたい。先生は、未来に触れることができる人だからです。」と答えます。村長や村人も「先生は子どもたちの希望です。」「子どもたちは勉強したいと願っています」。
 そうした言葉を聞いて、子どもたちや村人などとのふれあいの中から、それまで一刻も早く先生を辞めて都会に帰りたいと願っていたウゲンの気持ちは、少しずつ変わっていき、考えるようになっていきます。教師という教職の仕事だけでなく、この山の教室の経験のすべてがウゲンを成長させていくようです。子どもたちが教師を育てる。地域の人たちが教師を育てるということが実感されます。そして彼を変え、育てていくのが、彼等を取り巻く自然であり、その自然とともに生きる生活の実感であることがわかってきます。つまりそれは「生き方」ということなのでしょう。

 ルナナ村は、村民56人の村ですけれども、村長もまたいい味を出しています。
 ひかえめですが、村の中のことを知り尽くして、しかも村の子どもたちや村人たちのことをつねに考えているように感じるのです。ふと、村長の立ち居振る舞いに、行政、あるいは政治というものの原点、望ましい姿も示しているのではないか、そんなことを想像しました。
 その村長がこんなことを言います。村に馴染んだ主人公(教師)が、自分の人生はヤク使いだったかもと笑うと、村長が真面目な顔で「先生はヤクでした」と返す場面があります。村長は、「ヤク」という言葉で、彼が村人にとって、「大切なもの」「幸せ」だと伝えたかったのでしょう。先生という役割と、村人の間での「ヤク」の意味するもの両方を見事に兼ねた言い方です。

 再び幸福とは、豊かさとは?
 都市と地方の違い、特に荒んだ都会の生活にあって擦り切れていくものと、貧しい自然の中にあって失われないもの。豊かであること、幸福であること。どこか貧富の差がない集団の方が、人々の暮らしも幸せに見えてきます。まっとうな仕事、暮らしとは何か。
 憧れのオーストラリアに行って、歌手になったウゲン。ライブハウスでのそのポップスの歌声が止まった時、そこにかけられる荒んだ声「金払っているんだから、真面目にやれ」。
 そこでウゲンは、ルナナの村で学んだ歌「ヤクに捧げる歌」を歌い出します。歌とはなんだろう。自然と人の、人と人との関係性は何が作っているのだろうと、彼の脳裏にこれまで旅してきたブータンのルナナ村とそこに生きる人々が広がっていることを感じされるラストシーンです。
 子どもの頃の思い出、忘れていたその時の気持ちを思い出させる映画です。「ああ、自分はもともと、こういうことをやりたかったんだっけ」とさえ感じさせます。
 新旧、世界中の教師と子どもたちの現場を描いた映画をもう一度見返してみたいと思いました。『二十四の瞳』『あの子を探して』……。そこには教育という意味だけでなく、人と人との関係、幸福、暮らし全般に、私たちの生き方のおおもとを、思い出させてくれるものがあると思います。

※「国民総幸福」:1970年代に、前国王である第4代国王シグメ・シンゲ・ワンチュクが「GNP(国民総生産)よりもGNH(Gross National Happiness、国民総幸福)の方が重要である」と発言し、その後注目される。2008年に制定された憲法には、「国家はGNHの追求を可能とする諸条件を促進させることに努めなければならない」と規定されている。

【スタッフ】
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
プロデューサー:パオ・チョニン・ドルジ スティーブン・シアン ステファニー・ライ
ホンリン・チア 
アソシエイトプロデューサー:チェリン・ドルジ リー・イーチン
撮影:ジグメ・テンジン
編集:クー・シャオユン
音響:トゥー・ドゥートゥ

【キャスト】
ウゲン:シェラップ・ドルジ
ミチェン:ウゲン・ノルブ・へンドゥップ
セデュ:ケルドン・ハモ・グルン
ペム・ザム:ペム・ザム
村長アジャ:クンザン・ワンディ

配給:ドマ
2019年製作/ブータン映画/ゾンカ語・英語/110分
アカデミー賞国際長編映画賞ブータン代表作品

公式ホームページ、上映情報
予告編


 

バックナンバー
バックナンバー

〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町17-5
TEL:03-5489-2153 Mail:info@jicl.jp
Copyright© Japan Institute of Constitutional Law. All rights reserved.
プライバシーポリシー