映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(原題:Trumbo)
『黒い雄牛』。私の記憶の中でもっとも古い記憶にある映画の一つです。家族で映画館に見に行ったことを覚えています。『スパルタカス』。当時は『十戒』『ベンハー』と熱血ハリウッド史劇大作映画ばやりでした。『ローマの休日』。これは思春期になってから見たときに受けた感銘が、子どものころ見た記憶をすっかり上書きしています。そして『ジョニーは戦場に行った』。「自分が戦場に行くということはどういうことなのか」臨死体験のように、自分の戦争に対する、そして死に対する想像をかき立てられ、それは今も打ち消されることがありません。
私がダルトン・トランボの名前を初めて知ったのは、この『ジョニーは戦場に行った』でした。この作品はトランボ自身が脚本だけでなく演出もしている唯一の作品です。この映画から与えられた感銘は、その後、脚本家としてのダルトン・トランボのことがわかってくるにつれ、「すごいな」「すごいな」と増幅されるばかりでした。
【解説】
脚本家トランボはハリウッド黄金期に第一線で活躍していたが、冷戦の影響による赤狩りの標的となり、下院非米活動委員会への協力を拒んだために投獄されてしまう。釈放された後もハリウッドでの居場所を失ったトランボは、偽名を使用して「ローマの休日」などの名作を世に送りだし、アカデミー賞を2度も受賞する。逆境に立たされながらも信念を持って生きたトランボの映画への熱い思いと、そんな彼を支え続けた家族や映画関係者らの真実を描き出す。
ダルトン・トランボについての話は、最近5年にわたる連載の終わった『赤狩り』というマンガから得るものがとても多かったです。(山本おさむさん・小学館「ビッグコミックオリジナル」連載)
山本さん自身、この映画をずいぶん参考にし、絵柄も影響を受けているようです。やむを得ないことと思います。「レッドパージ」というアメリカの政治の恥部を背景にした、ほとんどの部分、秘められた話ですから。山本おさむさんのマンガでは、レッドパージというこの不条理な弾圧を、深刻に、残虐なものとして捉えられていましたが、この映画『トランボ』では、ダルトン・トランボ自身のキャラクターを、かなりの変人ではあるが、家族を愛しているが仕事熱中人間として描いて、深刻さをはね除けるようなおかしさがあって、ある意味、救われます。
おそらくその辺りが作り手のねらいでもあるのかもしれません。「誰が悪かった」とか、「何が良くない」ということを超え、復権を果たしたトランボの評価を、その人間像の魅力(不屈の優しい仕事人という意味で)を描こうとしたのかもしれません。皮肉の利いたジョーク、傑出した脚本家の話ですから、言葉を操る人特有の気の利いたセリフのやり取りが、重苦しいだけの作品にはしていないように思います。
日本での題名の副題は「ハリウッドに最も嫌われた男」となっていますが、「それは過去のことで、酷いことしたと思うけども、今はみんな尊敬、敬服、あるいは感謝しているよ」といった「謝り」の気持が流れているのです。その辺りが、今、ロシアやウクライナなどの映画人がつくっている旧ソ連邦時代を描いた映画の暗さ、重苦しさとは違っているように思いました。
ということで、闘いの話ではありますが、ある意味、ハリウッド映画的なゴージャスさにあふれています。繊細で、丁寧な描き方、あるいは演技の中に人間性の機微を感じるものになっています。家族が力を合わせるということが好ましく描かれています。父親の仕事上の降りかかった災難、それと闘い父親の姿をみて妻が娘や息子達が共闘する。子ども達もいろいろと大変だったろうなと思わせる半分、誇らしく思っている所も半分と、何か、こういう家族っていいなと思わせます。
アメリカ映画を見ていて、法廷ものや、政治ものの中に、「合衆国憲法修正第1条」(表現の自由)がセリフに入ってくることが結構多いことに気づきます。それも声高に、気負った弁護士や政治家の言葉としてではなく、普通の市民がさらりと言う言葉の中にあるのです。この映画もまたそうでした。きっとそれは、作り手がさらりと受け入れている憲法であるからかもしれません。映画と憲法は案外相性が良いのかもしれません。めざすべき理想や理念を、人々があれこれ工夫して、目に見える形にしようとするところが似ています。
【スタッフ】
監督:ジェイ・ローチ
製作:マイケル・ロンドン ジャニス・ウィリアムズ シバニ・ラワット
モニカ・ロビンソン ミニット・マンカド ジョン・マクナマラ
ケビン・ケリーブラウン
制作総指揮:ケリー・ミューレン
原作:ブルース・クック
脚本:ジョン・マクナマラ
撮影:ジム・デノールト
美術:マーク・リッカー
衣装:ダニエル・オーランディ
編集:アラン・ボームガーテン
音楽:セオドア・シャピロ
【キャスト】
ブライアン・クランストン(ダルトン・トランボ)
ヘレン・ミレン(ヘッダ・ホッパー)
エル・ファニング(ニコラ・トランボ)
ダイアン・レイン(クレオ・トランボ)
マイケル・スタールバーグ(エドワード・G・ロビンソン)
ルイス・C・K(アーレン・ハード)
ジョン・グッドマン(フランク・キング)
アドウェール・アキノエ=アグバエ(バージル・ブルックス)
デビッド・ジェームズ・エリオット(ジョン・ウェイン)
ディーン・オゴーマン(カーク・ダグラス)
2015年制作/124分/アメリカ映画
原題:Trumbo
配給:東北新社