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ウィキリークスと近代国家〈物語〉の終焉

2011年1月24日

吉岡忍さん(作家)

 ウィキリークスによる米国外交機密文書の暴露が話題になっている。米国政府は情報テロだと激しく非難し、各国政府も苦りきっている。その一方で、これでイラクやアフガンで戦争を仕掛けてきた米国政府の理不尽な手の内がわかったし、各国の権力者同士がいかに世界を手玉に取ってきたかもわかる、と歓迎する声も少なくない。

 一連の動きを見ていて、私は数十年前の子供時代を思い起こした。
 私は〈戦争を知らない子供たち〉の一人だった。いわゆる団塊の世代で、生まれたときには戦争は終わっていて、どうしてこの国が中国をはじめとするアジア各地で2000万人も殺したり、殺されたりするような戦争をやったのか、なかなか理解できなかった。
 例えば1945年8月15日、敗戦の日に皇居前の広場でひざまずき、号泣し、あるいは深く沈黙している人々の写真がある。一種のヤラセ写真だったという説もあるが、それはさておき、当時の人々が相当なショックを受けたことだけは伝わってくる。
 それはどんなショックだったのだろう、と子供の私は一生懸命想像した。勝つと信じていたのに負けたことの驚き。これから戦勝国にこの国を奪われることの悔しさ、辱められるだろうという不安。さまざまな思いが錯綜していたにちがいない。

 しかし、何より私が感じ取ったのは〈物語の喪失〉だった。大日本帝国という物語、天孫降臨・万世一系の神国日本という物語が突然断ち切られ、個々ばらばらにされた人々が茫然自失している光景。私はそういうものとして、その写真を見た。
 権力とは、何より物語る力のことである。この世の中の来し方行く末を物語ることができなければ、権力は成り立たない。権力が崩壊したとき、その物語を信じ、それを頼りに生きてきた人々は方向喪失に陥ってしまう。
 むろん戦後の子供の私には、神国日本を物語る数々のエピソードは荒唐無稽にしか感じられなかった。神風が吹くという話はたんに気象問題であり、鬼畜米英といい、八紘一宇といっても、口先のいきがりや誇大妄想に過ぎなかったのではないか。現実はもっと散文的なものだ、というのが物語なきあとの時代の私の気分だった。
 ついでに言うと、60年代後半、私が学生になったころ、日本の戦争責任の問題がさかんに議論されるようになった。そのときも私は宮城前広場にうずくまった人々の写真を思い浮かべた。驚きや悔しさや不安に満ちたあの写真から伝わってくるもののなかには、責任という近代的な感覚はなかったように思う。天皇制の物語は日本人の生活を基盤に、一国内で情緒的に完結していて、その外に対する責任などという観点が成り立つ余地はなかった。そもそも物語はそういう狭さの内に成り立つものだろう。

 それからあと、私たちは物語なき世の中を生きてきた。いや、何もなかったわけではない。高度成長期という物語、豊かさと経済大国という物語、国際化とグローバリズムという物語があるにはあった。電化生活とか、マイホームとか、ハイテクやITとかいう物語を付け加えてもよい。だが、振り返ってみれば、どれもいっときは国を挙げての物語になったものの、たちまち使いつぶされ、次の物語に取って代わられてきた。
 このごろ、もう誰も「物語」という言葉を使わない。代わりにあるのは、「情報」である。情報化社会、情報社会。情報とは不確定の事実のことだから、私たちはあふれかえる不確かさの海であっぷあっぷしながら、いったいこの国はどこへ行くのか、私たちは何者なのかと途方に暮れている。

 私は日本国憲法のことを念頭に置きながら、いまこの文章を書いている。
 民主主義と基本的人権と平和主義を謳った憲法を大切にしたい、と私は思っている。日本一国のこととしてだけでなく、国際的にも意義のある内容だと思っている。だが、戦後60有余年、この憲法はどんな物語を生んできただろうか、という問いが私のなかにないわけではない。
 おそらく人類の普遍原理としての民主主義は、国家の物語をつむぐことが苦手なのだろう。市民革命によって近代国家を作ってきた国を別にすれば、普通の人々の来し方行く末を物語化することはもうほとんど不可能なのかもしれない、と私は思う。言い換えればそれは、現実なのかどうかわからないままあふれる情報、とめどない散文化に耐えて暮らすしかないということである。

 ところで、冒頭に記したウィキリークスのことだが、外交機密文書が暴露されて大慌てなのは、米国や英国、フランスや北欧諸国など、市民革命を経たり、それなりに民主主義の本流を自認してきた国々の政府である。彼らは外交という国家の専有物の手の内が白日の下にさらされて、困惑し、怒り心頭に発している。
 大統領も首相も政府高官らも、外交には秘密がつきものだ、機密がもれたら国益を守れない等々と口を揃えるが、暴露された情報の数々はやたら俗っぽく下品なばかりで、高尚さなどどこにもない。権力にはもはや物語る力がなく、いい加減な情報をやりとりし、操っているだけではないか。
 私はその光景に、近代国家の物語の終焉を見ている。

◆吉岡忍(よしおかしのぶ)さんのプロフィール

 作家。1948年長野県生まれ。早稲田大学政治経済学部在学中から執筆活動を開始。教育、テクノロジー、事件の現場を歩く一方、欧米や中国、アジア各地に精力的に足を運び、取材活動を続けている。87年、日航機墜落事故を描いた『墜落の夏』(新潮社)で講談社ノンフィクション賞受賞。99年、日本ジャーナリストクラブ大賞受賞。
 日本ペンクラブ常務理事のほか、06年には「デジタル時代のNHK懇談会」委員として公共放送再生のための提言を行ない、07年の関西テレビ番組捏造問題、08年の講談社「僕はパパを殺すことに決めた」出版問題では第三者調査委員会委員として調査・報告書作成に当たった。現在は、BPO放送倫理検証委員会委員、民間放送連盟(民放連)番組コンクールと地方の時代映像祭の審査委員を務めている。
 主な著書に『「事件」を見にゆく』『日本人ごっこ』『M/世界の、憂鬱な先端』(以上文春文庫)、『新聞で見た町』『路上のおとぎ話』(以上朝日新聞社)、『散るアメリカ』(中公文庫)、小説『月のナイフ』(理論社)、『奇跡を起こした村のはなし』『ある漂流者のはなし』『ニッポンの心意気』(以上ちくまプリマー新書)などがある。




 
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