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朝日訴訟が社会に問いかけたもの――権利はたたかう者の手にある

2011年2月14日


朝日健二さん(朝日訴訟原告承継人・「NPO法人朝日訴訟の会」理事)

 2009年に行われた年越し派遣村を訪ねて驚きました。一杯のトン汁を求めて集まった700人の労働者を支援するボランティアの中に白衣の医師たちの姿があり、主客は入れ替わっているものの、朝日訴訟の前夜を髣髴とさせたからです。

 朝日訴訟の提訴からさかのぼること3年、1954年に防衛庁が設置され、社会保障予算がほぼ半減されました。結核療養中の患者の6割が病院から追い出されることになり、診療報酬はマイナス改定され、医師の自殺が相次ぎました。この事態を何とかしたいと、白衣の医師約80人が予算復活を求めて座り込みを開始した場所が、年越し派遣村と同じ日比谷公園霞門でした。8日間続くことになる医師の座り込みを支援したのは、テントやなべ釜を下げて駆けつけた労働者たちでした。
 その座り込み開始の2日後です。岡山の朝日茂さんなど500人の患者さんが県庁へ陳情に行き、知事室前で10時間も座り込みをする事態になりました。やがて東京では2,300人の患者さんが都庁で3日間座り込みます。

 このような国民の抗議行動が繰り返し行われたにもかかわらず、社会保障予算は増やされず、ついに、朝日茂さんにも及ぶことになりました。
 朝日茂さんは、重度の肺結核患者で、国立岡山療養所に入所し、退職金も使い果たし、1956年当時、生活保護の医療扶助と月額600円の入院患者日用品費の支給を受けていました。その朝日さんに、実兄から月額1,500円の仕送りが届きましたが、津山福祉事務所は、それまで支給していた600円の生活扶助を打ち切り、さらに医療費の一部負担900円を負担させるという保護変更決定を行いました。
 月額600円という基準の中身は、肌着2年に1枚、パンツ1年に1枚、ちり紙1日1枚半といったものでした。朝日茂さんは、仕送りの中からせめて1,000円残してほしいと提訴しました。この訴えに対し、1960年、東京地方裁判所から画期的な判決が下されました。「憲法25条1項は、単に自由権的人権の保障のみに止まらず、国家権力の積極的な施策に基づき国民に対し、『人間に値する生存』を保障しようといういわゆる生存権的基本的人権の保障に関して規定したものである」という判決です。「人間に値する生存」という判示に、朝日茂さんはもちろんのこと、多くの国民が共感しました。
 保護基準は、朝日訴訟一審勝訴をきっかけに、その翌年から23年間連続して引き上げられました。朝日茂さんが身を呈して裁判をたたかい、多くの人々が支援し、そして社会保障運動を進めていった成果です。

 朝日訴訟は国側の控訴によって、朝日さんは引き続きたたかうことを余儀なくされ、病状は悪化、危篤が伝えられるようになりました。この訴訟の成果を守り発展させるため、争訟運動を続けたいという声が大きくなりました。やがて日本患者同盟(結核患者の会、東京・清瀬)の常任幹事に選出されてまだ間もない私に白羽の矢が向けられました。どうしようかと迷って妻に相談したところ、答えは、「あんた、山口県人でしょ」でした。吉田松陰を生んだ山口県人なら引き受けるべきだと言うのです。
 岡山県津山市の戸籍係で養子縁組の届出を終えたのは朝日茂さんが永眠するわずか1時間前でした。国立岡山療養所の講堂で開かれた告別集会はそのまま決起集会になり、茂さんが病床で使っていた万年筆を掲げ、「私たち夫婦は鉄のわらじをはいて全国を歩いて訴えます」と決意表明しました。

 3年後、最高裁は承継を認めないとする判決を出しました。しかし、街頭に立って、これからも憲法25条の完全実施をめざしてがんばりますと結果報告をすると、道行く人たちから判決前よりはるかに多くの募金が寄せられました。最高裁判決にかかわらず、多くは朝日訴訟を支持してくださっていることを肌で感じました。

 昨今、小泉内閣の下で、社会保障予算の削減が続けられました。生活保護については、まず、70歳以上 (病弱な場合は65歳以上)の高齢者の保護基準の2割引き下げでした。
 これに続いて年金にマクロ経済スライド(いわゆる「100年安心の年金」)が導入されました。所得代替率60%の給付額をおよそ20年間で40%程度に下げるというものです。さらに、介護保険施設などに入院所した場合の食費と室料が基本的に全額自費とされました。これを支払うと手元に残る年金は引き下げられた高齢者の保護基準と同額になるように設計変更されたのです。
 これらはほんの一例で、あらゆる社会保障給付、課税基準などが保護基準に連動して引き下げられました。
 最低賃金は、小泉内閣の下ではほとんど引き上げられず、「保護基準との逆転」が生じました。しかし、幸いなことに、2007年11月、野党が多数になった参議院で最低賃金法に憲法25条、加えて保護基準との整合性を求める条文の新設が提案され、これが成立して以降、最低賃金の大幅引き上げが続いています。
 高齢者の保護基準については、その復活を求めて100人を超える高齢者が「第二の朝日訴訟」といわれる生存権裁判を提訴してがんばっています。

 生存権をめぐる今日の状況は、朝日訴訟の時代に酷似していますが、異なるものがあります。それは保護を受けている人に対する白眼視です。国民がこぞって朝日訴訟の時のように、力のある者は力を、知恵のある者は知恵を出し、困っている人に暖かい手を差しのべる共同を大きく拡げれば、地域を変え、社会を変え、憲法25条が花開く国になるはずです。権利はたたかう者の手にある。朝日訴訟の時代のようにがんばりたいと思います。

◆朝日健二(あさひけんじ)さんのプロフィール

 1935年山口県生まれ、朝日茂さんと夫婦養子縁組、朝日訴訟上告審を承継。
 日本患者同盟常任幹事、東京保険医協会事務局次長、国民医療研究所主任研究員を経て、現在、「NPO法人朝日訴訟の会」理事、生存権裁判を支援する全国連絡会副会長。
 著書に『図説・医療改革を見る40のポイント』(大月書店)、『介護保険ガイド』(桐書房)など。






 
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