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『福島原発事故─どうする、日本の原発政策』(かもがわ出版)を書いて

2011年7月18日


安斎育郎さん(「安斎科学・平和事務所」所長)

 

 2011年3月11日以前にも、それ以降の講演についての沢山の依頼を受けていた。テーマは「だまし」「憲法」「平和」「核兵器」などなど。ところが、東北地方太平洋沖地震を契機に福島原発の事故が起こると、これらの講演テーマに緊急の変更が通知されてきた。「だましと原発」「憲法と原発」「平和と原発」「核兵器と原発」…、概ねそのような調子で、時の話題である原発事故の問題に、事前に掲げたテーマと折り合いをつけながら、しかもそれなりの時間を割いて(あるいはむしろそれを中心に)言及して欲しいという要求だ。私はその要求をほとんど言われるがままに受け入れて、中学・高校生、学校の教員、自治体関係者、企業経営者、病院関係者、九条の会参加者など、いわば聴衆の誰であるかを問わず、対応してきた。しばらく時間が経つと、人々の関心はとりわけ食の問題に集中し、私もNHKテレビの『あさイチ』などへの出演要請を受けるようになった。そして、もう一つの特徴は、事故から2か月ほども経過すると、日本の原発開発を推進してきた人々の「村社会」(原子力村)についての取材が激増した。どうも、私が、東京大学工学部原子力工学科の第一期生でありながら、ここ40年ほども「原発政策批判者」であり続けてきたことに関心が高まったためらしい。
 3月11日の事故が起こると、私は、原発政策批判の側に身を置いてきたとはいいながら、結局こうした破局的事故を防ぎ切れなかったことについての「申し訳なさ」を痛感し、心晴れなかった。また、一緒に福島原発反対運動に取り組んできた現地の人々がいまどのような避難生活を強いられているかも気にかかり、妻とも相談して何ヶ月か宇治市のわが家に避難してもらうことも考えていた。
 私は原発事故の被災地になるべく早く行くことを望んだが、マスコミ攻勢に阻まれて実現できなかった。やっと、71歳の誕生日を迎えた4月16日、いわきから浪江町に至る約80kmを北上しつつ放射線のレベルを測り、放射能で汚染された表層土を採取する旅に出会うことができた。4歳から9歳までを二本松の疎開先で過ごした私にとって、福島はまさに故郷であり、他人事ではなかった。黄色い菜の花が群生し、桜が満開の季節を迎えていた福島は「日本の原風景」そのものだったが、「透明の恐怖」があたり一面を覆いつくし、「これが原発災害の恐ろしさなのか」と、事の重大さを深刻に認識させられた。
 そうした慌しい「非日常的日常」の中で、私は『福島原発事故─どうする、日本の原発政策』(かもがわ出版)の原稿をまとめ、事故から6週間後には刊行した。その頃、おびただしい数の取材や原稿執筆の要請や、2日に1回ほどの割合の講演依頼にも応えながら、『家族で語る 食卓の放射能汚染』(同時代社)や『これでわかる からだのなかの放射能』(合同出版)などの執筆にも取り組んでいた。『福島原発事故』は、起こった事態に関する技術解説書の域を超えて原子力利用にかかわる問題全般を平易に解説したものとして、多くの人々に歓迎された。
 本書の末尾には、私が1972年(実に39年も前)、日本学術会議が開催した初めての原発問題シンポジウムで「6項目の点検基準」を提起し、重大な懸念を表明していた演説原稿を全文採録した。元・滋賀大学学長の宮本憲一さんが、最近の私への私信の中で、この演説を「歴史的名演説」と評価してくれたことは何よりも嬉しかったが、この演説の頃から私はいわゆる「アカデミック・ハラスメント」を受けるようになり、何年もの不愉快な大学生活を送るようになった。私は、あれこれの安全技術上の問題について論じるまでもなく、「私に自由にものを言わせない日本の原子力開発が安全である筈がない」と直感したが、挙句の果てに深刻な原発事故を目の当たりにするに至り、せめて事の本質を人々に知らせ続け、しっかりと教訓化することが、原子力工学や放射線防護学を専門としてきた私の社会的責務に相違ないと、そう深く感じている。

 
福島原発被災地で土を採取する安斎育郎さん(2011年4月16日)
  原発から30km圏の牛舎でも30マイクロシーベルト/時の高いレベルだった。

◆安斎育郎(あんざいいくろう)さんのプロフィール

1940年 東京に生まれる。1944年から5年間を福島県二本松の縁故疎開先で過ごす。
東京大学工学部原子力工学科卒業(第1期生)、同大学院修士・博士課程を修了、放射線防護学、工学博士。1969年 東京大学医学部助手になり、東京医科大学客員助教授を経て、1986年 立命館大学経済学部教授、1988年 立命館大学国際関係学部教授。1995年より、国際平和ミュージアム館長。2006年4月より立命館大学特命教授、名誉教授。2008年4月より、国際平和ミュージアム名誉館長。2011年3月に立命館大学を退職し安斎科学・平和事務所を開設。著書に、『原発と環境』『原発事故の手引』(ダイヤモンド社)『からだのなかの放射能』(合同出版)『家族で語る食卓の放射能汚染』(同時代社)『放射線のやさしい知識』(オーム社)『「がん当たりくじ」の話』(有斐閣)『人はなぜ騙されるのか』(朝日新聞社)『だます心 だまされる心』(岩波書店)『日本から発信する平和学』(法律文化社)『放射線と放射能』(ナツメ社)『だまし博士のだまされない知恵』『だまし世を生きる知恵』(新日本出版社)『人はなぜだまされるのだろう?』『放射能そこが知りたい』『福島原発事故―どうする日本の原発政策』(かもがわ出版)など多数。

(法学館憲法研究所事務局より)
当サイトの「憲法関連書籍・論文情報」のページで安斎育郎さんの著書『福島原発事故─どうする、日本の原発政策』を紹介しています。




 
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