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『砂川闘争の記−ある農学徒の青春−』

2011年7月25日


武藤軍一郎さん(九州大学名誉教授)

 

私の砂川事件の発生

 世間に知られている砂川闘争は1955年と1956年秋の米軍立川基地拡張反対の闘争である。砂川町の基地拡張反対同盟、これを支援する労働者・学生、数千人に対し武装した数千人の警官隊がコン棒で殴り、突き、蹴って多数の流血者を出し、社会の厳しい批判を受けた。私が加わった砂川事件は1957年7月8日に端を発した。8人の農民が返還を求めた滑走路の一部の土地を強制使用するため、岸信介総理大臣の強権発動による測量が行われた。この測量に抗議していたデモ隊は、基地の外柵を壊し基地内に5m程侵入したのである(外柵を壊したのは一部の者による策謀であったが、紙面の都合で触れない)。それから約2ヶ月後の9月22日の未明23人の労働者・学生が逮捕された。私もこの23人の中の1人で、10月2日にこの中の7人が東京地裁に起訴された。起訴は日米安全保障条約に基づく行政協定に伴う刑事特別法違反によった。

日米政府を驚愕させた伊達判決

 当時、私は東京農工大学農学部の3年生であった。東京地裁における公判は、1958年1月から始まった。判決は卒業式の数日後の1959年3月30日に下った。伊達秋雄裁判長は「7名全員を無罪とする」と冒頭で言い、続いて「 米軍が日本に駐留することが日本国憲法に違反する」という判決を静かに読み上げた。私の体の中に重くのしかかっていたものが飛び去った。爽快で浮き立った目に、裁判所玄関前に青空をバックにはためく日章旗と満開の桜が気持ちよく飛び込んできた。この伊達判決は憲法を素直に正しく解釈したものであったが、日米安保改定を目前に控えた日米政府には驚愕であり、その慌てぶりは当時の新聞に生々しく伝えられている。

最高裁への跳躍上告

 1959年4月3日に政府・最高検は高裁を飛び越え、最高裁に上告した。1960年初めに予定されている安保改定のために、伊達判決は一刻も早く葬り去らねばならなかったからである。私は他の被告達、弁護人達と共に伊達判決支持を、安保改定阻止で闘っていた諸集会を廻って訴えた。

自らの司法権を放棄した最高裁の判決

 安保改定のために一刻も早く公判を終えることを望む日米政府の意を汲んだ最高裁は、短期間で公判を打ち切る強硬な手段に出たのである。激しい前哨戦を経て1959年9月に6回の公判が開かれ、12月16日に大法廷で判決が出た。「米軍駐留は安保条約によって規定されており、条約は高度に政治的で司法の審査になじまない」として原判決破棄、差し戻しを言い渡した。最高裁長官は反共主義で有名な田中耕太郎であったが、15人の判事全員が賛成していたことは誠に恥ずかしいことであった。かくして歴史的に素晴らしい伊達判決を葬り去り、安保改定への道ならしを行ったのである。

その後の私と本の出版

 私は1960年に九州大学の大学院に進み、研究者の道を歩んだ。大学院で学びながら差し戻し裁判に出席した。私の公判を支援する会が九大全体に広がり、カンパによって上京を可能とした。裁判は東京地裁で1961年に結審し、罰金2,000円となった。東京高裁もこれを認め、1963年に最高裁もこれを認めて、私の砂川公判闘争は終わった。
 私は5年間大学院で学び、1965年に九大農学部附属農場に助手として勤務した。1998年に九大を定年退職し、現在は名誉教授である。2009年のある時、私は考えた。米軍立川基地は1977年に全面返還されたが、沖縄をはじめ多くの米軍基地が残っている。伊達判決を私の宝として誇るだけでなく、若い人に語り継がねばならない。そこで思い切って書いたのが『砂川闘争の記−ある農学徒の青春−』である。
 (花伝社、2,625円、FAX 03-3239-8272)


◆武藤軍一郎(むとうぐんいちろう)さんのプロフィール

1934年高知県に生まれる。東京農工大学農学部農学科卒業後、九州大学大学院農政経済学科修士課程を修了し、同大学院博士課程を単位取得退学。
1965年に九州大学農学部附属農場に助手として勤務、1998年に定年退職する。現在、九州大学名誉教授、農学博士。
主要論文に、「菊鹿平野における農法の展開」『農業経営の歴史的課題』農文協、1978年。「南佐久における農業構造と農民運動」『南佐久農民運動史(戦前編)』第一法規出版社、1983年。「戦前期、肥後農法に関する研究」『九州大学農学部附属農場報告』第8巻、1998年。






 
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