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育鵬社版教科書をどう読むか

2012年4月30日


石山久男さん(子どもと教科書全国ネット21常任運営委員)

 日本教育再生機構(八木秀次理事長)が編集し、右派勢力が自民党などとともにその採択を推進した育鵬社版の中学社会科歴史・公民分野の教科書『新しい日本の歴史』『新しいみんなの公民』を、全国で約4万人の中学生がこの4月から使用することになった。その数は中学生全体の約4%にあたる。いまから15年前の1997年に結成された「新しい歴史教科書をつくる会」は、『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』を編集し、2001年に扶桑社版として検定に合格した。しかしその後同会は分裂し、脱退した八木氏らが改定教育基本法成立直前の2006年10月に立ち上げたのが日本教育再生機構である。育鵬社は扶桑社が100%出資した子会社であり、育鵬社版は扶桑社版の後継教科書といえる。
 この育鵬社版の2冊の教科書は日本国憲法をどう扱っているのだろうか。
 歴史では日本国憲法の成立を扱う。たとえば帝国書院版は「日本国憲法は、三つの点で、新しい時代に対する当時の国民の期待がもりこまれていました」と述べ、平和主義、国民主権、基本的人権尊重の三原則が国民の願いにこたえるものだったとして高く評価している。ところが育鵬社版は、GHQが日本側(実は日本政府)の改正案を拒否しGHQ案の受け入れを強くせまったとことを強調し、議員も反対の声をあげることができずほとんど無修正で採択されたなどと事実に反することまで述べて、日本国憲法の積極的意義を否定し、アメリカに押しつけられたということをもっぱら生徒に刷り込もうとしている。
 育鵬社公民が特異なのは、憲法の学習のなかの国民主権を扱う項で、天皇についての記述に大半をあて、憲法に定めのない「公的行為」をくわしく扱い、さらに天皇が「古くから国民の敬愛を集めて」きたとか、「日本の歴史には、天皇を精神的な中心として国民が一致団結して、国家的な危機を乗りこえた時期が何度も」あったなどと、歴史的根拠のない反憲法的記述をもりこんでいる点からも明らかである。基本的人権の項では「公共の福祉」による人権の制限と国民の義務の記述にやはり大半をあてている。あげくのはてに、「憲法改正」についてわざわざ1項をおこし、「憲法改正」が当然と思わせるように書いているのも、同類の自由社版以外の他社にはまったくみられない特異な記述である。
 その反面、大日本帝国憲法については「近代憲法として内外ともに高く評価され」たと述べており、育鵬社版の日本国憲法敵視の姿勢をよく示している。
 このような日本国憲法と大日本帝国憲法に対する見方の根底には、そもそも民主主義の根本原理についてのまったくの無理解があると考えざるを得ない。法について学ぶ項があるが、そこで育鵬社版がまず述べるのは、「法を守らないと罰則が適用される」ということであり、さらに「強制的な力をともなうしくみが必要」「人びとの法を守ろうという意思が必要」とたたみかけて終わる。法とは国民が守る義務があるルールだということだけが一面的に強調され、法とは国民が権力者を縛るためにあることがまったく無視されるのである。
 おりしも自民党の新憲法案が発表されようとしているが、その起草委員会案では、天皇や公務員の憲法尊重擁護義務を定めた第99条の第1項に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」との文言を付加している。憲法を国民が守るべき義務を課す規則に変質させようとしているわけだが、育鵬社版教科書の記述はまさにこれと通じるものである。橋下大阪市長の、公務員は市民に命令する立場だという発言も同じ考え方に立っている。
 育鵬社版教科書の採択に反対する活動を展開してきた「子どもと教科書全国ネット21」は、育鵬社版教科書の採択が増えたことに対応し、採択された地域の教員が育鵬社版を批判的に扱うための参考にしてもらうと同時に、採択された地域はもちろん採択されなかった地域でも、3年後の採択にむけて保護者、住民に育鵬社版の問題点について理解を深めてもらうための学習資料として、このほど『育鵬社版教科書をどう読むか』(高文研、1890円)を発行した。歴史研究者や法律家、中学高校の教員などが分担執筆したが、市民も編集委員に加わり、一般市民にも読みやすく、わかりやすい内容に仕上げるよう力をそそいだ。手軽な1冊の本にまとめるため、歴史33、公民34の重要なテーマにしぼり、それぞれ2ページ見開きにしたので、どこでも興味のあるところから読みはじめることができる。
 教育再生機構は3年後の次の採択では10万部の採択をめざしている。憲法「改正」の動きや「維新の会」の動きが活発化している状況をみると、民主主義も平和も掘り崩してしまうような教科書の採択がもっと増える可能性がある。『育鵬社版教科書をどう読むか』をぜひ多くの方々に読んでいただくとともに、市民、教員などのグループやさまざまな会で読み合わせてみるなど、多様な形で活用されることを願っている。

◆石山久男(いしやま ひさお)さんのプロフィール

子どもと教科書全国ネット21常任運営委員。
元高校教諭(社会科)。元歴史教育者協議会委員長。
『とめよう戦争への教育』(2005年、学習の友社)、『戦争ってなんだ?』(編著、2008年、学習の友社)、『教科書検定』(2008年、岩波書店)など著書多数。

 




 
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