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東京大空襲を考える(1)―「民主主義」の「民」を取り戻すために

2012年6月18日


早乙女勝元さん(作家、東京大空襲・戦災資料センター館長)

――早乙女さんは12歳だった1945年3月10日、米軍により一夜にして10万人以上が犠牲になった東京大空襲を経験されました。先の戦争における本土の民間の原爆を除く通常爆弾、焼夷弾による犠牲者総数は約20万人ですから、3月10日の空襲がいかに壮絶だったかがわかります。早乙女さんはその後働きながら文学を志され、20歳の時から傘寿を迎えられた今日まで、東京の下町や大空襲に関する数多くの作品を発表してこられました。

(早乙女さん)
 私の少年時代は大変な貧困家庭で、高校にも行けませんでした。現代でもそうですが、貧困家庭はおうおうにして親は家庭を顧みるゆとりがないので、子どもは家庭に居場所がありません。学校に行ってもいじめにあい、授業をさぼって放浪し、息の合った朝鮮人の友達の当時でいうバタ屋、今でいう廃品回収業の倉庫に行ったりして孤独を癒していました。倉庫には少年クラブなど古本がたくさんあり、読んで自分のイメージを膨らませるのが楽しくなってきました。そうこうするうちに米軍爆撃機B29による空襲で、生きるか死ぬか、紙一重の経験をしました。戦争が終わり町工場に勤め出しました。そこで自分のこれまでの道を振り返ってみると、並の体験ではないなと思い、生い立ちを徹底的に書くことによって自分自身を突き詰めよう、そうすれば少し強くなれるかもしれない、豊かな青春になれるかもしれないと思い、300枚の自分史を書きました。それが『下町の故郷』で、20歳で本になり、それから60年の間に130冊以上書きました。

――30代で東京大空襲を記録する会をお作りになられたのですね。

(早乙女さん)
 はい。1970年の8月です。私個人の力では限界があると感じ、組織的にやろうと思い、呼びかけました。家永三郎先生もそのお一人です。マスコミに紹介されると、空襲は全国の都市が被害を受けていますので、全国各地に記録する会が誕生し、「戦災を記録する」という民衆サイドからの運動がスタートしました。女性や子どもなど社会的弱者の空襲による戦禍に、初めて光が当てられました。東京都の助成も受けて『東京大空襲・戦災誌』全5巻を完成させ大変評価されました。「東京大空襲・戦災資料センター」はその延長線上に出来たというわけです。

――空襲を記録する会の運動は、歴史学的にも民衆自身が作った民衆史という点で大変貴重ですね。

(早乙女さん)
 運動というのは、最初は1人なんですね。1人というのは限りなくゼロに近いですが、1がなければ2がないし、呼びかけに道理と感動があれば無限大に広がっていくのだなと感じました。「感動」の「感」は「共鳴」です。「動」は心をつかんで揺さぶることです。体験者から聞いて自分で涙ぐむような話でないと、他人には伝わりません。そうして書いたのが1971年の岩波新書『東京大空襲』です。読んで下さった方は、ああ、こう書けばいいのだと思われたかと思います。

――「東京大空襲・戦災資料センター」は2009年に主任研究員の山辺昌彦さんから「今週の一言」でご紹介いただきましたが、東京都は結局設立に協力しなかったのですね。

(早乙女さん)
 美濃部亮吉都知事の時代はよかったのですが、記念館の建設が具体化する前に知事が変わりました。その後も資料を集める作業は細々と続いており、いずれは都も協力してくれると思っていたところ、1999年に平和祈念館の建設が凍結されました。そこで、民間で建設しようという話になり、集めた1億円の募金で2002年に江東区北砂に完成しました。その後さらに1億円集めて増築し広くなりました。用地はある人からの無償提供です。

――センターができ、空襲の経験の語り部となられたのですね。

(早乙女さん)
 マスコミが好意的に報道してくれたこともあって、修学旅行の生徒さんたちが一昨年までは多い年で200校くらい見学に訪れ、命と平和の尊さを学んでくれました。

――センターの今の様子はいかがでしょうか。

(早乙女さん)
 修学旅行生はこれからの世代ですから、私たちの平和の種まき活動が広がり、若い研究者も育ってきたなと思っていました。その矢先の昨年の3.11以降は東北からの修学旅行生はほぼ全滅です。関西方面からも、放射能の影響でしょうか、がくんと減り、1年前の半分くらいになり、財政的にもかなり厳しくなりました。このピンチをどう乗り切るかが当面の課題です。
 もう一つの問題は、戦争体験者が高齢化しており、直接的な語りによる継承は限界に来ていることです。これからは追体験の時代です。そのために必要な資料を集めることが急務になっており、貴重な体験談を映像などで整えています。東京都あたりが助成してくれるといいのですが、むしろ臭い物には蓋をしたいという傾向がありありです。

――東京大空襲で被害に遭われた方々は、2007年に国を相手に東京地裁に謝罪と国家賠償を求めて訴訟を起こし、早乙女さんは熱心に支援して来られました。1審に続いて本年4月25日の控訴審でも請求は認められませんでした。

(早乙女さん)
 もちろん裁判で勝利することが主目的ですが、自分たちが生きているうちにせめて歴史の1ページに残そうという意味もあり、私は東京地裁で証言しました。地裁は、立法で解決すべき問題だとして国会にバトンを渡す請求棄却の判決をし、司法としては逃げました。私たちは、裁判所自らがどう考えるかという判断をこそ求めたのです。2審も地裁判決を踏襲しました。判決を傍聴していて、民間人置き去りの思想の根がいかに深いかを痛い程感じました。
 私が裁判で求めていたのは、「民主主義」の「民」を取り戻すことです。国民主権を謳う憲法の下に生きているのではありませんか。軍人・軍属だけに50兆円もの巨額な国家予算を投入しておいて、民間人にはビタ一文出していません。どこでどのように死んだかという記録さえ残していません。国民主権の憲法下にあって許しがたい不条理であり、明らかな差別です。
 2審でも敗れましたが、79人の原告の方々が上告しました。

――空襲の被害は、判決が言うように、仕方のないものであり受忍すべきだという考え方も根強いのではないでしょうか。

(早乙女さん)
 日本国憲法の前文には、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうに」と書いてあります。かつての戦争は「国民の行為」ではありません。「政府の行為」によって始まった戦争によって、1944年の11月からB29により連日連夜の空襲で国土が戦場化しました。3月10日の東京大空襲では一夜にして10万人が死ぬという、世界の戦史にもない空前の人命被害が生じました。国土が最前線だったのです。武器もない子供や女性たちが尊い命を一夜にして失いました。10万人といえば一言で済んでしまいますが、数時間前までは灯火管制の下で乏しい食糧を分かち合い、語り合ったりしていた一人ひとりに固有の生活と人格があったのです。
 あの戦争で軍人・軍属と民間人を区別することなどできるわけがなく、前者にだけ巨額の援護をするのは軍事国家だと言われかねません。この問題は、本当の民主国家になるのかどうかの正念場で、この裁判は「民主主義」の「民」を取り戻す裁判だと思います。結果として「生きていて良かったな」と思える平和で優しい明日を子どもたちに残したいのです。
 ところが、残念ながら3.11という天災から人災へと移行した大災害が発生し、収拾のメドがたたず、放射能による被害がいつ終わるかという保証もありません。ごく当たり前の日常が一瞬にして崩壊したということは、私どもの平和がいかに不安定なものであったかで、非日常を日常に戻さなければ‥‥。それには脱原発です。残念ながら私も原発についてはきびしく対処して来なかったと思います。反戦平和ということだけで来たのは油断していたなと慙愧にたえません。

 (来週に続く)

◆早乙女勝元(さおとめ かつもと)さんのプロフィール

1932年、東京生まれ。12歳で東京大空襲を経験。働きながら文学を志し、18歳の自分史『下町の故郷』が20歳で刊行される。『ハモニカ工場』発表後はフリーで、ルポルタージュ『東京大空襲』(岩波新書)が話題になる(日本ジャーナリスト会議奨励賞)。70年、「東京空襲を記録する会」を呼びかけ、同会による『東京大空襲・戦災誌』が菊池寛賞を受賞した。99年に映画「軍隊を捨てた国」を製作。2002年、江東区北砂に民立の「東京大空襲・戦災資料センター」オープンに尽力、館長に就任。庶民の生活と愛を書き続ける下町の作家・東京空襲の語り部として、未来世代に平和を訴え続けている。主な作品に『早乙女勝元自選集』(全12巻、日本図書センター)、『東京が燃えた日』(岩波ジュニア新書)、『図説・東京大空襲』(河出書房新社)、『空襲被災者の一分』(本の泉社)、『下町っ子戦争物語』(東京新聞出版部)など。最新刊に『ハロランの東京大空襲―B29捕虜の消せない記憶』(新日本出版社)がある。




 
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