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原発と「第三の生存権」──「真の非核国」に向けて

2012年7月2日


中里見 博さん(徳島大学)

 マンハッタン計画を主導した「原爆の父」オッペンハイマー(物理学者)は、「原子爆弾をつくるよりも、放射能をナチス・ドイツの畑にまいて、たくさんのドイツ人に食べさせたほうが効果がある」と述べたという。つまり原爆の開発者は、膨大な核分裂エネルギーの放出に伴う熱線と爆風、初期放射線が人を大量に殺すだけでなく、体内に取り込まれた放射性物質が大量の人間を効果的に殺す力のあることを知っていたということだ。
 破壊された福島第一原発の複数原子炉から大気に放出された放射能は、セシウム137と134をあわせて広島型原爆約470発分に相当するという(2011年8月段階)。それが農地に川に海に降り注いだ。オッペンハイマーが「原爆より効果的」と述べた放射性物質の大量拡散が、1986年のチェルノブイリ原発事故に続いて、ここ日本でも起きたのだ。
 ただ1発の原爆が生み出した「死の灰」によってでさえ、66年たった現在も、多くの高齢の被爆者がさまざまな病気・健康被害に苦しんでおり、冷淡な政府に対して原爆症と認めるよう裁判で闘うことを余儀なくされている。この現実は、今回の福島原発事件(私は「不慮・不測のアクシデント」を意味する「事故」ではなく「事件」と呼ぶ)による被曝者(私自身もそうだ)が直面せざるをえないであろう暗い未来を暗示して余りある。
 原発問題とは、つまるところ放射能問題なのだ。比較文明論の服部英二はこう指摘する──「原子力は、殺すための兵器をつくるために生まれた、ということです。それを平和に転用しようと言っても、出自は出自です」(『環』47号、2011年)。
 原発はひとたび大事故を起こすと取り返しのつかない被害が生じる。それが、永年原発の廃止を求めてきた人々に共通の認識だった。チェルノブイリ事故はそれが正しかったことを現実的に証明したはずであったのに、被害の実態は国際原子力ムラによって著しく歪められ過小評価されてきた。だが私たちは、チェルノブイリ、そしてフクシマの経験から、原発の大事故が以下のような甚大かつ特殊な被害を生むことを知ったはずである。
@原発事故による人権侵害と環境破壊は、現在の時間と空間をはるかに超える射程と規模を有する。それは、現在という時間的スパンをはるかに超えて何千、何万年もの未来にまで影響を及ぼし、事故を起こした地域や国をはるかに越えて世界中に被害を与える。
A体内に取り込まれた放射性物質による被曝がじわじわと続き、DNAレベルで生命の連鎖を傷つける。それは人間およびあらゆる生物の存在のあり方、その未来を揺るがす。
B最後に、ふるさと、コミュニティ、人の絆、生業、土地、住居、農地などを根底から破壊し奪う。
 これらは、核戦争や内戦などでもたしかに生じる可能性があるし、一部すでに生じてもいる。しかし、原発の大事故は原発の歴史が始まって60年弱の間にすでに2度も起きているし、なによりも戦争や内戦という非常時にではなく、平常時の経済活動の一環として生じる点でやはり特殊性をもつといえる。
 現在、福島県を中心に、今回の事件被害者が、奪われた権利と尊厳の回復と獲得を求める運動が広がりつつある。たとえば、政府が避難区域に設定しなかったが高濃度に汚染された地域に住む住人の避難・移住の権利(費用や雇用の請求権)を保障する立法の要求や、公害運動で培われてきた人格権や環境権に基づく損害賠償請求訴訟、東電幹部や政府関係者の刑事責任を問う集団告発運動などだ。
 私はこうした、原発大事故によって生じた権利侵害の回復を求める権利獲得運動とあわせて、原発の存在そのものの人権侵害性に基づき、さらに大事故によって侵害される諸権利・諸人権を見据えたうえで、原発に対抗する(原発そのものを否定する)新たな生存権を構想するべきだと思う。それは、まずは人々(被害者)の権利獲得運動から始まり、立法によって確認され、司法によって裏付けられ、いずれは憲法上の権利にまで高められるべき新しい人権である。
 日本国憲法には、すでに社会的生存権(25条)と平和的生存権(前文)という2つの生存権が存在する。それぞれ、資本主義経済活動のもたらす社会的矛盾によって人としての生存が奪われたり脅かされたりすることに対抗して、あるいは原爆という絶滅兵器が開発され使用されたことによって、生み出された人権である。原発に対抗すべき新たな生存権は、これら2つの生存権と重なり合いつつも、上記した原発がもたらす被害の3つの特殊性に基づき、新たな、第三の生存権として類型化されるべきであろう。
 澤野義一大阪経法大教授(憲法学)は、世界には3つ、原発を憲法で禁止している国があるという。ミクロネシア連邦、パラオ、そしてオーストリアだ。いずれも原発だけでなく核兵器の保有も禁止しているため、「核の本質的危険性を認識しているもの」だと評価する。ミクロネシアとパラオの憲法は、アメリカの原水爆実験の被害体験を踏まえて制定されたものだと指摘されている(『週刊新社会』776号、2012年5月1日)。
 日本は、「唯一の被爆国」として、平和的生存権と9条を憲法にもち、非核・非戦の立場に立つ。だが戦時だけでなく、平時においても悲惨な核の被害を受けた国民として、原発を拒否する第三の生存権の獲得をつうじて「真の非核国」を──これら3つの国に学びながら──めざすべきではないだろうか。

◆中里見博(なかさとみ ひろし)さんのプロフィール

1966年生まれ。徳島大学総合科学部准教授。2012年3月まで福島大学に勤務。専門は憲法、ジェンダー法学。近著に、鎌仲ひとみ・中里見博編『鎌仲監督vs.福島大学1年生──3.11を学ぶ若者たちへ』(子どもの未来社、2012年)、単著に『ポルノグラフィと性暴力──新たな法規制を求めて』(明石書店、2007年)、『憲法24条+9条──なぜ男女平等がねらわれるのか』(かもがわ出版、2005年)。3.11以後の論考に、「福島大学における当局の動きと対抗運動」『科学・社会・人間』117号(2011年7月)、「原発・ポルノ・人権」『ポルノ被害と表現の自由』(ポルノ・買春問題研究会10周年記念パンフレット、2011年9月)、「原発に対抗する第三の生存権を」『法律時報』85巻6号(2012年6月)。




 
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