法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

裁判員制度がもたらした変化

2012年9月24日



伊藤和子さん(弁護士)

 2009年から「裁判員制度」が導入され、市民が職業裁判官とともに、有罪無罪・量刑の判断にあたっている。
この制度が導入された背景には、官僚的で市民の願いに応えない司法、そのなかでも「絶望的」と言われて久しい刑事裁判に対する国民的な批判があった。
日本では、一握りのエリートである裁判官が、世間から隔絶された官僚システムのなかで養成され、人事統制の影響も受けて、市民感覚から乖離し、国民の切実な要求を救済しない司法判断を常態化させてきた。
特に、刑事裁判においては、「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則が完全に形骸化し、99.9%にものぼる有罪率のもと、「絶望的」な状況であった。
私自身、とにかく有罪ありきの裁判官の姿勢、結論の決まったワンサイドゲームのような刑事裁判のあり方に深い失望を感じてきた。
例えば、私が長年担当しているえん罪事件・名張毒ぶどう酒事件では、ひとたび密室で自白を強要された罪もない男性が、一審無罪とされながら逆転死刑判決を受け、以後40年以上にわたって死刑の恐怖におびえながら無実を叫び続けている。そうした命がけの訴えを、裁判所は常に冷酷に切り捨て、矛盾や変遷だらけの自白調書を真摯な検討もせずに有罪の根拠として重視し、死刑判決を維持し続けてきた。世間から隔絶された刑事裁判の現場で、職業裁判官の姿勢には、被告人に対して「もしもこの人が無罪だったら」という慎重な態度のかけらもみられないことをしばしば経験した。
こうして、構造的にえん罪を作り出される日本の刑事司法を変えるためには、一般市民が司法に直接参加することによって制度に風穴を開けるしかない、というところから、国民の司法参加の議論は始まった。市民の目を通して、原則が逆転した今の刑事裁判を見つめ、市民の良識を反映した公正な判断を実現し、刑事司法に変化をもたらしてほしい、という期待が、この制度にはこめられている。

 長年にわたる司法改革の議論の末に誕生した裁判員制度は、米国の陪審制などと異なり3人の裁判官が関与するなど、市民参加として徹底した制度ではないが、それでも市民の司法参加の第一歩として、積極的な意味を持つと思う。
現に裁判員制度施行後、刑事裁判には緊張感が生まれ、市民の良識を反映したと評価できる判決もみられ、無罪判決も増えている。以前はほとんどフリーパスであった自白についても慎重な判断がなされるようになり、弁護側への証拠開示制度も一定の前進をみた。
裁判員制度導入と前後して、足利事件、布川事件、最近では東電OL事件が再審無罪となり、無実の人が誤った有罪判決を受けて人生を奪われてきたことが明らかになった。志布志事件、厚労省事件等、捜査機関が強引にえん罪を作り出す実態も明らかになった。こうした相次ぐえん罪の発覚を受けて、多くの市民が、捜査に依存し、職業裁判官だけによって行われてきた刑事司法に懐疑的な視線を向け始めている。裁判員裁判では、こうした市民の意識が、裁判員を通じて個々の裁判に反映し、慎重で適正な事実認定につながっていくことが期待できる。

  同時に、裁判員制度の弊害や不十分さも明らかになりつつあり、今後の制度見直しは不可欠である。
特に裁判員制度の問題点として深刻なのは量刑プロセスである。
そもそも、「疑わしきは被告人の利益に」という大原則がある事実認定と異なり、量刑については確立された基準がない。そして、刑を決定するためには、死刑制度の現実や問題点、現状の処遇のあり方、刑事処遇政策、発達障害・精神疾患とこれに対応する社会資源など、様々な問題に関する専門的理解を必要とし、人権についての理解も必要である。ところが、そうした理解やトレーニング、説示等もないまま、確立された基準もない量刑判断を市民にゆだねるのは無責任である。
特に、現行制度下では、死刑制度の人権上の問題について裁判員に十分な情報が提供されないまま、多数決で死刑判決が出され、市民参加の名の下に死刑判決が増加している。
さらに、死刑以外でも量刑のあり方に対する理解に欠ける厳罰化傾向がみられる。今年7月には被告人がアスペルガー症候群であることが厳罰化の理由とされ、検察官の求刑をはるかに上回る懲役20年という判決が出された。判決では、「社会内で被告人のアスペルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、その見込みもない」ことなどが理由とされた。
社会防衛のために厳罰化が促進され、被告人に過酷な判決となる危険性は今後も憂慮される。裁判員が量刑判断をするのは適切ではなく、死刑を含む量刑判断は裁判員制度の対象範囲外とすべきだと考える。
一方で、無罪を争い、被告人が希望する事件全てについて事実認定に裁判員制度を拡大することが必要だと考える。

 また、裁判員が適正な判断をするための制度改革も必要である。
事実認定の判断、特に無罪推定原則に関して、米国で実施されているように、適切な説示を公開法廷で行うことが必要である。これは裁判員による適切な事実認定を確保するだけでなく、評議における裁判官の発言をも縛ることとなるであろう。
また、事実認定が原則として単純多数決という状況は、全員一致をとる米国の陪審制、特別多数決を取るヨーロッパの参審制と比べても問題がある。半数近い合議体メンバーが有罪判決に疑問を呈している事案が、「合理的な疑いを容れない程度」に有罪立証されているとは到底いえないはずであり、評決方法は見直されるべきである。
最後になるが、密室で強要される自白や証拠隠し等、近年次々と問題となった重大なえん罪事件における誤判原因は未だに解消されていない。
誤った証拠や、証拠隠しによって市民が判断を誤ることがないよう、えん罪を生み出す根源である捜査構造を改革し、取調べを全面可視化するとともに、証拠の全面開示制度を実現することが急務である。

◆伊藤和子(いとう かずこ)さんのプロフィール

弁護士、1994年弁護士登録。ミモザの森法律事務所代表。弁護士として、女性・子どもの権利、冤罪事件、公害事件などに取り組み、裁判員制度、刑事裁判のあり方などについて問題提起。主な取扱い事件に、名張毒ぶどう酒事件、横田基地公害訴訟、イラク邦人人質事件など。ニユーヨーク大学客員研究員を経て、2006年、日本発の国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」を設立、以後、事務局長として、深刻な人権侵害や女性に対する暴力の解決を求めて、国境を越えて活動中。主著に『誤判を生まない裁判員制度への課題』(現代人文社)、訳書として『なぜ無実の人が自白するのか』(スティーヴン・A・ドリズィン+リチャード・A・レオ著、日本評論社)など。日弁連両性の平等に関する委員会副委員長、同人権擁護委員会特別委嘱委員等。

<法学館憲法研究所事務局から>
 法学館憲法研究所は10月8日(月・祝)に「裁判と憲法 −裁判員制度・死刑制度を考える」を開催します。村井敏邦教授が講演し、その後浦部法穂・法学館憲法研究所顧問(=神戸大学名誉教授)と対談します。詳細はこちらからご確認ください。
 刑事法と憲法の基本理念から裁判員制度と死刑制度を学び考える機会になります。多くの方々のご参加をお待ちしています。



 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]