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僕の9条への道

2013年11月18日



三浦恒紀さん(商社九条の会・東京世話人)


 1970年、組合の役員を降りた僕にジャカルタへの赴任辞令が出された。入社後5年で組合活動ばかりで仕事も碌にできない僕を海外に放り出す意図は、僕を組合活動から遠ざけるためだった。赴任先は、海老をジャワ近海の港町から買い付け、10数隻の底引き船を西イリアン海域で操業し、海老を日本に輸出する合弁会社であった。劣悪な環境下で海老の選別工、日本人船員、インドネシア人船員などの管理をイ国社員と一緒にする中で現地の人から訴え、教えられた日本が戦争中この国で行ったことやその後にグアムで経験したことを書いてみたい。これらのことが僕の9条への道のスタートだと思っている。

ポンチャナック事件

 中国系女性職員ヘッテイの父が心筋梗塞で急逝した。彼女はジャカルタに下宿していたのだが、彼女の実家はジャカルタの南にあるボゴールだった。葬儀に出席するため、ヘッティの家に着いたとき家から彼女が慌てて出てきて、下手な英語で言った。「三浦さん、ここに来ちゃダメ、中国人がいっぱい葬儀に集まってるわ。その中には親族をポンチャナックで日本軍に殺された人もいるのよ。ここで三浦さんが日本人と分ると何をされるか知れないのよ」。僕は残念ながら、ポンチャナック事件のことなど知らなかった。事件は、1943年、日本の海軍特別警察隊がポンチャナックのサルタン(王族)や中国系インドネシア人を反乱の疑いありとして約12000人を殺したと言う。当時ジャカルタに働いていた経理関係の日本人なら誰もがご存知の1960年賠償留学生として一橋大学に留学、僕の勤めていた会社(東棉)で実習を積んで、帰国後、ジャカルタ高等税務官となったサイフール・ハミド氏もお父さんとお爺さんを殺されていたことが後日、判明した。

紙くずになった郵便貯金

 兵補、ロームシャはもうインドネシア語になっている。兵補(Assistant to Japanese Soldier)を叔父にもつ経理担当のハキム氏からの話。
 戦時中、陣地構築や道路建設はては泰麺鉄道まで強制連行されたインドネシア人が居たのだ。そして祖国防衛義勇軍(3万人)の創設、これは連合国との戦争で前線へ兵力の投入を余儀なくされた日本軍が、イ国の防衛の一端をイ国人に任せようとしたものだった。彼らの給料は、一部は軍票で支払われたほか、大日本郵便貯金通帳に円を記帳したものだが、これを引き出したものは、殆どいない。見せて頂いた預金通帳には日本語で元本と利息は保証すると書いてあった。日本政府は、1958年1月の日イ平和条約と同時に結ばれた賠償協定でイ国のすべての請求権は消滅したと主張する。今尚、韓国人や中国人から日本や日本企業が訴えを受けている問題は、両国だけの問題ではなさそうだ。政府間では解決したと思われる戦争の傷跡は、民衆の中では消え果ることなく、日本と言う国に対する不信が深い水脈を作って流れ続けている現状を僕たちはどのように考えればいいのだろうか?

グァムの米軍基地

 時は流れた。永遠に続くと思われたバブルが弾け、商社の多くが経営不振に喘ぐ時代が1990年の半ばにやってきた。最近、新聞紙上を賑わせている「待機部屋」など商社ではとっくの昔に出来ていた。よき時代に世界を股にかけて活躍した企業戦士をXX別館などと言うビルの一角に押し込め自発的?な退職に追い込む非人道的な時代がやってきたのだ。僕はこのとき会社を去った。3人の子供はまだ独立には数年を要していた。おりからのアジア通貨危機で海外の仕事も激減していた。そんな時、僕に声をかけてくれた先輩のおかげで、グアムのゴルフ・ホテルリゾートの仕事を得ることが出来た。当時、グアムが太平洋のどこにあるかも知らなかった。グアムは1944年7月米軍の上陸作戦で8月には玉砕の島となり、東条内閣の唱える絶対的国防圏の一角が崩壊した島である。現在、日本から年70万人の観光客を集めているグアムの観光が光の部分とすれば、米軍基地は陰の部分である。沖縄の基地が、島の30%を占めているのと同じくここも同じだ。米国の準州として扱われている島は、沖縄のような基地反対運動も殆ど見られず、米国の言いなりだ。B-52が展開する北部の広大なアンダーセン空軍基地とポラリス原潜基地である中部のアプラ港にある海軍基地には、公然と核保有が表明されていて、米国軍人のホテル滞在費の集金時、自動機銃で警護する米兵の厳重なチェックを受けたことは忘れられない。日本では基地のグアム移転を与野党で考えているようだが、ここに基地問題で苦しんでいるチャモロの人が居ることをどう考えているのだろう?

商社九条の会

 グアムから帰国して数年たったとき、友人から商社九条の会・東京の活動を教えられ2007年世話人の一人に加えていただいた。商社は商いの基礎が平和と言う意見もあるが、戦争でも防衛装備でも原発でも儲けるのが商社の体質だ。しかし商社九条の会に集う世話人たちは、そんなことを充分知った商社の良心を持った人の集まりだ。僕の会社勤めを始めた頃は、戦争のことも知らず、コンセッション取得のための汚いお金のやり取りもそれが正義と疑わなかった馬鹿者の9条への道だった。

◆三浦恒紀(みうら つねのり)さんのプロフィール

1941年生まれ。1961年大阪市立大学法学部。1965年商社潟gーメン入社。1996年同退社。以降、インドネシア土地開発、グアムホテル、大阪町工場、東京工事会社勤務。2010年年金生活者。





 
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