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安倍首相靖国参拝違憲訴訟の試み

2014年1月27日



澤藤統一郎さん(弁護士)


安倍首相の靖国参拝


2013年12年26日安倍晋三首相が、靖国神社に昇殿参拝をした。内閣総理大臣の肩書きを付しての記帳から、公的資格における参拝であることに疑問の余地はない。近隣諸国ばかりでなく、アメリカからも「失望した」と国外からの批判が大きいが、ことはなによりも憲法問題である。安倍首相の靖国参拝を憲法訴訟の提起で弾劾しようという各地の動きが耳にはいってくる。違憲は明らかといって良いだろう。が、問題は司法上違憲判断にたどりつくまでのハードルの高さである。これをどう克服するか、工夫が必要となっている。

首相の靖国参拝の違憲性

日本国憲法は、一面普遍的な人類の叡智の体系ではあるが、他面我が国に固有の歴史認識の所産でもある。固有の歴史認識とは、「大日本帝国」による侵略戦争と植民地支配の歴史を国家的な罪悪とする評価的認識をさす。現実に、アジア・太平洋戦争の惨禍についての痛恨の反省から日本国憲法は誕生した。憲法自身が前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と表現しているとおりである。

現行日本国憲法の制定過程は、この加害・被害の構造を検証し、再び同様の誤りを繰り返さぬための新たな国家構造の再構築であった。そのような作業において、究極の罪悪とされたものは、「天皇制」と「軍国主義」の両者であった。日本国憲法は、この両者の解体に最大の関心をもった。これが、国民主権原理の宣言(前文・第1条)と、平和主義・戦力不保持(9条1・2項)とに結実した。

さらに、憲法はその両者に関わる制度として、政教分離原則(20条1項後段・3項)を置いた。政教分離は、形の上では「政治権力」と「宗教一般」の分離をうたってはいるが、歴史認識の視点からは、国家神道という祭政一致体制の悪夢の復活をあってはならないとした条項と読まなければならない。

国家神道は、天皇を統治権の総覧者とする根拠を形つくっただけでなく、忠良なる臣民を侵略戦争に動員するための国民精神支配の道具でもあった。政教分離とは、その意味で「天皇」と「軍国主義」との支え合いを許さぬとする制度である。

その政教分離が最も関心を寄せる対象が、かつての別格官弊社靖国神社である。まさしく、靖国神社こそが、「天皇制」と「軍国主義」の両者を結節する存在であった。今、天皇を元首化する動きがあり、軍国主義復活の兆しもある。そのときに、「私を右翼の軍国主義者と呼びたければ呼べ」という首相が、靖国に参拝する意味は軽くない。けっして、憲法の許すところではない。

宗教法人靖国神社は、いまだに戦前の靖国史観をそのままに、歴史修正主義の拠点となっている。また、露骨に国家との象徴的な結びつきを求める姿勢を変えていない。「靖国史観」とは、侵略戦争を聖戦視する史観である。天皇への忠誠故に戦死した将兵を神として「英霊」なる美称を与えて顕彰し、戦争批判を「英霊への冒涜」として封じようとする史観でもある。日本国憲法の基本理念とはまったく正反対の立ち場にあって、「戦争」と「戦争の惨禍」を反省するという視点とは無縁である。

だから、靖国神社は、東京裁判で刑死した東条英樹以下14人のA級戦犯を合祀する場としてこそふさわしい。靖国神社への参拝者は、昭和殉難者として祀られている「平和への罪」の犯罪者に、尊崇の念を捧げることになる仕掛けになっている。首相や天皇の参拝は、このような仕掛けを容認し、靖国史観への親和性を公的に宣言することにほかならない。

安倍参拝違憲訴訟のハードル

これまでの靖国参拝違憲訴訟には、住民訴訟と違憲国賠訴訟の2類型がある。
前者が「岩手靖国参拝違憲訴訟」であり、後者が「中曽根参拝違憲訴訟」(3件)と「小泉参拝違憲訴訟」(7件)である。住民訴訟は客観訴訟として原告の権利侵害の有無にかかわらず、自治体の財務に関わる違憲違法を争うことができる。これに対して、国家賠償訴訟を提起するには、首相の参拝行為の違法と過失だけでなく、原告となる者の権利または法律上保護される利益侵害の存在が必要とされる。ここがネックだ。

岩手靖国違憲訴訟仙台高裁判決(19911年1月10日)は、憲法判断到達にさしたる困難なく、その「理由」において、最高裁判例とされる目的効果基準に拠りながら、首相と天皇の靖国公式参拝を違憲と明確に判断した。今のところ、この判決が靖国参拝に関する憲法判断のリーディングケースと言ってよい。また、国家賠償訴訟では憲法判断に到達することに苦労しながらも、中曽根公式参拝関西違憲訴訟 大阪高裁判決(1992年7月30日)などでは、これも「理由」中の「違憲の強い疑いがある」との判断を得ている。しかし、主文での勝訴判決はまだなく、最高裁の判断もない。

国家賠償請求における損害としては、宗教的人格権の侵害という構成が工夫されている。一般人ではなく宗教家であれば、あるいは戦争体験者であれば、また遺族であれば、韓国の合祀者遺族であれば、極めつけは誤って合祀された生存者であれば…、首相の参拝によって人格権を傷つけられたと言えるはずでないか。こういう工夫が積み重ねられているものの、裁判所はまだ消極的な姿勢を崩さない。平和的生存権の活用や、19条・13条論の併用も考えられる。「宗教的人格権」「平和的生存権」などという名称を付した権利の侵害ではなくても、少なくとも「法律上保護される利益の侵害」についての認定が必要なのだ。現在進行中の各地での提訴準備が活発化するなかで、このことの工夫がなされるだろう。それ自体が、反憲法的姿勢を隠そうともしない安倍政権への反撃であり、憲法擁護の運動でもある。

最高裁長官と靖国の関係

なお、法律を学ぶ方に次のことを知っておいていただきたい。毎年8月15日に靖国神社境内で、「戦没者追悼中央国民集会」が開催される。その実態は、「英霊顕彰集会」であって、「英霊にこたえる会」と「日本会議」の両団体が共催するもの。「英霊にこたえる会」の初代会長が石田和外元最高裁長官(故人)、そして「日本会議」の現会長が三好達元最高裁長官。天皇・愛国心大好き、戦後民主主義大嫌いのお二人である。最高裁とはそのような人物が権勢を振るうところ、靖国神社とはそのような形で、司法権の最高幹部の地位にあった者からの強い支持・支援を誇示しているところと心得ておかねばならない。

◆澤藤統一郎(さわふじ とういちろう)さんのプロフィール

1971年4月 弁護士登録
東京弁護士会消費者委員長、日弁連消費者委員長、日本民主法律家協会事務局長等を歴任。現在 公益財団法人第五福竜丸平和協会監事。
憲法・行政・教育・宗教・労働・消費者・医療・メデイアの各分野の訴訟に携わる。
関連著書 『岩手靖国違憲訴訟』(新日本新書)
近著(2013年12月刊行)『前夜―日本国憲法と自民党改憲案を読み解く』(現代書館)





 
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