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『60万回のトライ』を製作して

2014年3月17日



朴思柔さん(映画監督)

◆はじめに

『60万回のトライ』という、大阪の朝鮮高校のラグビー部の長編ドキュメンタリー映画を約4年かけて製作しました。この作品は、大阪朝高ラグビー部が、主将のケガや高校無償化の問題など幾多の困難にもめげず日本一を目指す姿を、ありのまま描こうとするものです。2010年から3年間撮影を続け、1年間の編集と公開準備を経て、3月15日から劇場公開が始まります。

大阪朝高ラグビー部に密着した3年間は、感動あり、笑いあり、涙ありの毎日でした。高校無償化からの排除や自治体の補助金カットなどの問題を10代で背負わされながらも、晴れやかに前へ進んでいく大阪朝高ラグビー部の選手たち。その姿に勇気とエネルギーをもらいました。

◆日本でニュースを制作

2005年頃、韓国の放送局の海外レポーターとして、日本でニュースを制作するようになっていた私は、取材活動を始めてまもなく在日朝鮮人の人々と出会い、日本社会において彼・彼女らが、現在も困難な状況に置かれていることを知り、日本の敗戦直後に陥った状況や法的地位などが、さほど変わっていないことに衝撃を受けました。

私も含めて、韓国では在日朝鮮人のことはほとんど知られておらず、韓国で在日同胞といえば、「ビジネスで成功した人」であるとか、「日本語なまりのおかしな韓国語を話す人」とかいったステレオタイプなイメージがまだ多く残っています。

私は自分自身への反省もこめて、その後、主に在日同胞のニュースを韓国へ伝えることになります。

◆ラグビー部と出会い

2007年のある日、「同胞の子どもたちの学校で、運動場が奪われようとしている」という話を聞かされました。

なんのことかもよくわからず、いわれるままに、東大阪市にある大阪朝高へ駆けつけると、学校では、グラウンドを半分に分けてラグビー部とサッカー部が練習をしていました。ちょうど雨上がりのグラウンドには水溜りが残り、学生たちはみな泥まみれでしたが、元気よく部活動に励んでいました。

先生に事情を訊いたところ、グラウンドの一部を所有する東大阪市が、学校にグラウンドを開け渡すよう提訴してきたとのことでした。学校はいわゆる「グラウンド裁判」の真っ只中だったのです。

ちょうど、その年の全国高校ラグビー大会・花園で大阪朝高ラグビー部はベスト16に進出。学校から約2キロの花園ラグビー場では、日本の市民たちが「子どもたちのグラウンドを奪わないで」という署名活動を行っていました。

私はラグビー部の主将にインタビューを行い、大阪朝高の現状と日本市民の支援の様子をニュースとして韓国へ伝えました。

「グラウンド裁判」は2009年に和解されることになりますが、その取材中に目した、グラウンドに向かって挨拶をするラグビー部の選手たちの礼儀正しさや、しっかりと相手を見据えるまなざしが強く印象に残りました。

ウトロから花園へ

翌年、私は乳がんの第三期という事実を知ることになり、ひとり異国の地での治療がはじまります。そんな状況の私に勇気と安息の場所を与えてくれたのは、在日同胞のオモニたちでした。

京都宇治市にある在日朝鮮人の集落、ウトロ。軍事飛行場建設に動員された在日朝鮮人たちがお互いに助け合いながら、長年暮らしてきました。

2005年、ウトロが強制代執行の危機に見舞われた時、緊急事態として韓国にニュースを伝えたことがきっかけとなり、住民の方々と親しくなっていった私は、ウトロに滞在しながら、がんの手術、抗がん剤治療を受けることになります。

1日3食、ウトロのオモニのつくる温かいご飯を頂きながら、手術、抗がん剤治療、放射線治療までを終え、人生で一番幸せだったと言ってもいい「ウトロライフ」が続いていた2009年の暮れ、1本の電話がかかってきました。

「大阪朝高のグラウンド裁判で取材した子どもたちがすごいことをやったぞ!はやく花園ラグビー場に来なさい」とのことでした。再発への恐怖や、抗がん剤の副作用による体力の衰えはありましたが、このとき、重い体がなぜか軽くなり、東大阪市の花園ラグビー場へ駆けつけることができました。

◆映画製作の決意

第89回全国高校ラグビー大会の準決勝。大阪朝高は神奈川の名門、桐蔭学院に惜しくも敗れてしまいましたが、場内には「チョーコー、チャレッタ~!」 (朝高よくやった!)という"ウリマル"(直訳すると「私たちの言葉」、朝鮮語を指す)の激励と歓声が、いつまでもこだましていました。

熱い涙を流しながらも誇らしい笑顔で、応援してくれた人々に「気をつけ、ありがとうございます!」と並んで一礼する大阪朝高ラグビー部の選手たち。

グラウンド裁判の取材の際に目にした光景がよみがえりました。

そして、在日同胞たちのこのように堂々とした生きる力、姿勢を世界に伝えたいと、そのとき強く思ったのです。

ウトロでの療養を通じて私の命を救ってくれた同胞社会に、命あるかぎり、なんらかの形でも恩返しをしたいという素朴な願いが叶うような気がして、ワクワクしたことをよく憶えています。

こうして、カメラを担いで京都から大阪まで片道2時間の、大阪朝高への「通学」が始まったのです。その後、大阪へと移り住み、文字通りの「密着取材」となったのでした。

◆堂々とした朝鮮学校の学生たち

いま、日本社会が目に見えて寛容さをなくし、自らのちっぽけなプライドに固執しているような気がして、胸騒ぎがします。

しかし、朝鮮学校に通う在日の子どもたちは、そうした社会の逆風を受けながらも、堂々としているように思います。毎週、日本中の至るところで、権利を訴え、笑顔で理解を求める朝鮮学校の学生たちを見ることができます。

ヘイトスピーチが蔓延し、まるで娯楽のように排外的な言説も弄ぶマスメディアに囲まれながらも、そうしたことができるのは、朝鮮学校が、言葉や文化だけでなく、在日朝鮮人として自らの依って立つ歴史的根拠や社会意識を学び取る場でもあるからだと思います。

◆映画から社会へ

『60万回のトライ』は、在日同胞の方々からだけでなく、多くの日本市民の方々からの数え切れないくらいの協力と支援、励ましがあって、ようやく完成されました。

その事実も含めて、いま、『60万回のトライ』という映画をご覧頂くことが、単なる映画鑑賞を超えて、なにか社会を底辺から変化させるきっかけになればと願っています。

【映画情報】
監督:朴思柔(ぱく・さゆ)、朴敦史(ぱく・とんさ)
上映スケジュール:オーディトリウム渋谷他にて3月15日(土)より順次上映中
詳しくは下記ページ
http://www.komapress.net/
http://a-shibuya.jp:80/archives/9164

◆朴思柔(ぱく・さゆ)さんのプロフィール

ソウル生まれ、ソウル育ち。映画雑誌の記者の仕事など。
2002年来日。韓国のニュース専門放送局の海外レポーターとして、在日同胞に関するニュースを制作。
05年、京都ウトロ地区や東京朝鮮第二初級学校を取材したことから、記録者としての歴史的使命に目覚め、同胞の置かれた状況や生き様などを取材し韓国に発信し続けている。
震災直後、日本のメディアからは被災同胞の安否情報が確認できない中、学校を中心にしてお互い助け合う同胞らの様子を私信メール[コマプレス]として発信、被災地同胞への支援を呼びかける。
<参考>コマプレス/KOMAPRESS/꼬마프레스
2010年、「小さな声、低い視線」をモットーに設立。「コマ」 は朝鮮語で子どもを意味し、小さきものを意味する。 巨大なメディアに対してあえて「小さく」、「低く」あることで、声なき声、不可視の葛藤、抵抗とはみなされない抵抗を伝えていくことを使命とする。在日コミュニティや民族教育の現場を取材。
同年、一年間に渡り大阪朝鮮高級学校ラグビー部に密着。民族教育の現場から、大阪府の助成金問題、無償化「除外」問題などを取材。
東日本震災に際しては、地震発生3日目に仙台の東北朝鮮学校へ向かう。記録映像『東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20』(2011)の制作・上映活動、続編『アフタースクール』制作(2011~編集中)。
〈コマプレス宣言 草案〉
わたしたちコマプレスは……
1."小さな声 低い視線"をモットーに、声なき声、不可視の葛藤、抵抗とみなされない抵抗を明るみに出し、世界に伝えていきます。
2.大阪の在日朝鮮人コミュニティに定位し、その生活、感性、歴史をありのままに記録していきます。
3.多様な言語環境を尊重し、多様なウリマル(朝鮮語で「わたしたちの言葉」)を尊重します。言語に固有の領域を開いていく実践として、ウリマルと日本語を共に使用します。
4.ドキュメンタリー映画制作、上映活動、翻訳・出版、インターネットTVの発信、パブリック・アクセスの拠点提供などの事業を行っていきます。
5.世界は変革することが可能であると信じています。





 
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