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憲法と民主主義の危機

2014年11月3日



山口二郎さん(法政大学教授)

 

1 現状をどう見るか
 政治には対立や戦いが付き物である。対立は必ずしも悪いものではない。意見の対立をくぐって人間の思考は鍛えられる。そうした建設的な対立は、歴史の中で人間が様々な愚行や失敗を重ねた結果、政治の対立を封じ込めるための知恵を獲得したおかげである。それは、対立や戦いを行う際の基本的な決まり、約束事を、立場を超えて承認し、その決まりに基づいて平和的な戦いをするという知恵である。憲法は、そのような知恵の体系である。
 500年程前であれば、人間は宗教、あるいは宗派が違えば、殺し合うのが当たり前であった。しかし、そのような殺し合いの愚かさを悟った人間は、寛容というルールを考え出した。互いの信じる者の違いを認めることで、世の中を平和に保つことができるようになった。人間が性別や出自や貧富の差に関係なく、全て個人として尊重され、平等な権利を持つというルールも、人間が差別と闘う中で到達した叡智である。そのようなルールや原理を共有したうえで争いごとをするなら、それは人間の尊厳や生命を破壊するような結果にはつながらない。少数者の側、負けた側にも納得がいく。自分たちが信念や政策を訴えることで、次の機会には勝って、世の中を変えることができるかもしれないからである。
 基本的なルールや原理は、立場を超えて承認し合えるものでなければならないので、通常の多数決よりも多い人々の合意が必要となる。ほとんどの国の憲法が硬性憲法であるのは、そのような理由に拠っている。
 ところが、今の日本では、とりわけ2012年末の第2次安倍政権の発足以降、約束事の上で戦うという知恵が消えつつある。少数者の人間の尊厳を否定したり、言葉に対して暴力で対抗したりするという、いわば人類の歴史への逆行現象が起こっている。在日コリアンに対するヘイトスピーチはそのもっとも悲惨な例である。また、従軍慰安婦に関する朝日新聞の「誤報」に端を発して、朝日新聞出身の大学教師を辞めさせろという脅迫が寄せられ、学問や表現の自由が脅かされている。これは、言葉によるテロである。
 この状況は、1950年代アメリカにおけるマッカーシズムを想起させる。このときアメリカでは、共産主義者、そのシンパを公的世界から追放する運動が燃え盛り、マッカーシーという政治家がその先頭に立っていた。この種の寛容や自由を破壊する運動は、メディアと大学に向かう。なぜなら、メディアは情報を伝え、大学の学者はものの見方を提示し、人々がものを考えるうえで大きな影響を及ぼすからである。人間の自由や多様性を否定したいと思う為政者、及びその取り巻きは、世の中を一色に塗りたくるために、情報や知識を生み出す組織や人を迫害する。そして、為政者に対する批判的な知力を根絶やしにしようとするのである。まさに、今の日本では21世紀のマッカーシズムが燃え盛っている。

2 なぜ危機に陥ったのか
 戦後日本は、日本国憲法の下で曲がりなりにも民主主義と平和を守ってきた。第2次安倍政権発足以後、世の中が急速に殺伐とし、多様性や権利の尊重がなおざりになったのはなぜだろうか。
 第1の要因は、1990年代に行われた政治制度改革の効果である。官僚や族議員が跋扈して、国全体に関わる大きな政策転換が進まないという現状認識をもとに、選挙制度や内閣制度の改革が行われ、「決められる政治」を目指した。小選挙区は巨大与党と党内での集権化をもたらした。また、内閣機能の強化によって首相の権力が強化された。首相が掲げる政策を実現するためのバリアフリー政治が出現したわけである。こうした制度変更は小泉政権時代に首相のリーダーシップ強化という結果をもたらした。今日、安倍首相は集権的仕組みを、憲法改正という目標のために使おうとしている。
 私も90年代には政治・行政の制度改革を推進した者の一人である。社会保障や人口問題などの課題を解決するためには強いリーダーが必要だと考えていた。民主主義や立憲主義の基本を破壊するリーダーが出現することは予想していなかった。民主主義と基本的人権を守るためには、権力に対してバリアを設けることが、今は必要である。
 第2の要因は、戦後70年の時の流れと戦争経験の忘却である。従軍慰安婦問題について、朝日新聞の誤報を契機に、右派的メディアでは慰安婦そのものが存在しなかったと言わんばかりのキャンペーンが展開されている。戦争を直接知っている人々にとっては、慰安婦の存在は自明のことであったが、戦争を知る世代がいなくなって、「ホロコーストはなかった」と同様の歴史の改ざんの動きが起こっている。
 戦争の悲惨を語り継ぐことは、難しい作業である。加えて、沖縄戦における集団自決の事例に表れたように、歴史教育においても日本国家の罪業や戦争の悲惨をなるべく教えないようにという圧力が強まっている。また、敗戦を屈辱や無念と捉える感覚は、世代を超えて継承されている。現在歴史修正主義の立場から日本の過去を正当化しようとしている政治家は、みな戦後生まれの世代である。これらの政治家が台頭してきた20年の間、屈辱感は空想、観念のレベルで受け継がれ、安倍政権の政治的エネルギー源となっている。
 日本が世界の中で生きていくためには、第2次世界大戦以前の日本と戦後の日本が違う国であることを常に確認しなければならない。そのためには、近代史に関する世界標準の理解を日本国内でも共有しなければならない。
 第3に、21世紀に入って日本の国力が衰弱し始めたことに、人々は苛立ち、悲観を持つようになったことがあげられる。人口は減少し始め、国内総生産は停滞している。もはや日本は世界第2位、アジア第1位の経済大国ではなくなった。先行きに希望を持てないことへの鬱憤を、近隣の国々に対する敵意や憎悪によって穴埋めするという発想法が広がっている。
 同じく第2次世界大戦の敗戦国である日本とドイツを比べてみると、日本の戦後はむしろドイツの第1次世界大戦後に近いことが分かる。戦争を反省して民主主義の国に生まれ変わるのではなく、敗戦を屈辱と考え、敗戦後にできた民主主義的な憲法を自ら破壊する動きに加わるという点で共通点がある。曲がりなりにも続いてきた戦後日本の民主政治の命脈を70年で終わらせるのかどうか、我々の決意が問われる状況である。

3 これからどう立て直すか
 民主政治を守るために、具体的に何をすればよいのか。安倍政権を早く退陣させ、自民党を権力の座から追い払うことが、最も有効な方策である。しかし、安倍政権打倒と叫ぶのは簡単でも、その後にどのような政権をつくるかを考えると、政権打倒を実現することは簡単ではない。民主党は政権を担う主体として国民から認知されていない。また野党の歩調もそろっていない。代わりがいないという諦めの感覚が、安倍政権への高い支持率の背景に存在する。
 政権再交代は、結果であって、まず先に国民の多くが憲法と民主主義の危機を認識するという意識の変化が必要である。特定秘密保護法、集団的自衛権行使、原発再稼働などに反対して、街頭で声を出している人はまだ少数派である。運動を起こすのは常に少数派であり、国民の多数は、常に運動に加わるほどはっきりした意識や態度を持っていない。少数派の運動が多数派の共感を得る時、世論ができる。いまは、排外主義や民族差別の運動について共感する人が、以前よりは増えているという状況なのであろう。
 メディアにおけるマッカーシズム状況を見ると、国民の意識を変えることには悲観的になる。しかし、民主主義をあきらめるという発言は、自己実現的予言となる。我々が諦めに浸ることによって、民主主義は本当に終わるからである。1960年、安倍晋三の祖父、岸信介が憲法改正の野望の下に日米安保条約の改定を進めた時、多くの市民が街頭に出て安保反対を叫んだ。それは単に安保条約に反対するのではなく、太平洋戦争の責任者でもあった岸首相に好きなようにさせないという怒りの表現であった。そして、この運動は多くの国民の共感を呼んで、岸は退陣に追い込まれた。その後も自民党が政権を担ったが、以後の権力者は憲法改正を棚上げにして、憲法9条の枠内で安全保障政策を考えた。国民の決意や覚悟は、形がなくても、為政者の方針を変えさせる力を持つ。
 それから50年余りたち、岸の孫、安倍晋三が憲法の枠を外して、日本を戦争のできる国にしようとしている。我々は、人間の尊厳、平和と民主主義の価値を守るという決意を明らかにし、国民の共感を集めるための努力を払わなければならない。50年前にできたことが、今できないはずはない。

◆山口二郎(やまぐち じろう)さんのプロフィール

北海道大学大学院法学研究科教授等を経て、2014年から法政大学法学部教授。専門は、政治学、行政学。
これまで、日本政治学会理事長(2008年10月−2010年10月)、パリ国立政治学院客員教授(2009年5−6月)、などを歴任。現在、「立憲デモクラシーの会」共同代表も務めている。
『若者のための政治マニュアル』(講談社現代新書、2008年)、『政治のしくみがわかる本』(岩波書店、2009年)、『政権交代論』(岩波書店、2009年)、『いまを生きるための政治学』(岩波書店、2013年)、『集団的自衛権の何が問題か』(共編著、岩波書店、2014年)など著書多数。





 
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