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18歳選挙権導入に際しての提言

2015年3月2日



藤田昌士さん(元国立教育研究所研究室長・元立教大学教授)

 今国会で選挙権を18歳へ引き下げる法案が成立しようとしています。この18歳選挙権自体は、世界の趨勢であり、我々も考える必要があると思います。しかし、選挙権を行使する主権者になるための政治教育は十分とはいえません。
 ここで政治教育というのは、もともとは1947年に制定された教育基本法の第8条で、現行の教育基本法では第14条で、良識ある公民として必要な政治的教養は教育上尊重されなければならない、と謳ってきたものです。しかし実際のところ、日本の教育、広くは社会の風土というものを考えた場合に色々な問題があります。以下18歳選挙権の導入にあたり考慮すべき問題を指摘しておきたいと思います。

良心条項
 1つ目は日本の教育現場において良心条項が制度化されていない問題です。良心条項というのは、例えば、キリスト教を基盤とする宗教教育がなされてきたイギリスで、宗教教育を欲しない保護者が、自分の子どもに宗教教育を受けさせない権利を保障するものです。
 海外の教育の現場では、このような良心条項が認められており、それは国旗や国歌に対する問題でも認められています。
 1943年、エホバの証人であった生徒が、アメリカ国旗に対する敬礼を拒否したことに端を発したバーネット事件というのがありました。合衆国最高裁は、国旗に対する敬礼を拒否する権利は、合衆国憲法修正第1条が認めた権利であり、生徒は信仰の自由、世界観に基づいて国旗に対する敬礼を拒否することができるとしました。太平洋戦争の最中のことです。
 また、カナダのオンタリオ州では、学校における国歌斉唱が規則で義務付けられているのですが、18歳未満は両親が学校長に申し出れば、18歳以上は本人が申し出れば免除される、という良心条項があります。カナダでは国歌斉唱が強制されるようなことはないのです。
 日本ではどうかといえば、文部科学省の学習指導要領で学校儀式における国旗の掲揚や国歌斉唱が強制されており、良心条項は一切ありません。そもそも最高裁も含め、国歌斉唱の強制が信仰の自由や良心の自由を侵害することすら認めていないのです。
 良心条項がある社会では、良心の自由という権利があり、その権利は自他共に大切にしなければならないという意識が育ちますが、良心条項の無い社会では、上が決めたことには従わなければならないという意識が植え付けられてしまいます。
 1947年教育基本法では、教育は「平和的な国家及び社会の形成者」の育成を目的としたものとされ(第1条)、主権者教育が重要視されていました。現行法でも「平和で民主的な国家及び社会の形成者」という文言が用いられており(教育基本法1条)、日本国憲法に基づく主権者教育、という目的に違いはないはずです。ここにいう「形成者」とは、単なる構成員ではなく積極的に社会を形づくっていく者を意味します。このような主権者の育成を考えたとき、上述のような良心条項のある社会か否かは大きく影響します。これが保障されていない日本の社会、教育には大きな問題があると思います。

子どもの意見表明権
 2つ目は子どもの意見表明権の問題です。国連の子どもの権利条約12条1項は、「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。」と規定しており、「その児童に影響を及ぼすすべての事項」には、校則やカリキュラムも含まれるとされています。そうであれば、学校の規則やカリキュラムは子どもの意見を尊重して決定される仕組みにすべきですし、子どもの意見表明権は社会の様々な場面で尊重されてしかるべきです。
 イギリスにシティズンシップ教育というのがあります。この教育では、学校のカリキュラム(Curriculum)の中で、また、学校の運営や風土(Culture)の中で、地域社会(Community)の中で、子どもの意見表明権が尊重されています。3つのCと呼ばれていますが、このように意見表明権が保障される中で、子どもたちは、信頼する教師の援助をも求めながら、互いの権利の大切さや権利を行使する能力を身に付けていくのです。
 日本でも神奈川県でシティズンシップ教育が取り入れられました。しかし、私の印象として、模擬裁判や模擬投票ということはやっていても、肝心の学校生活の中で子どもたちの意見表明を保障するということが欠落しているように感じています。
 1988年、国民教育研究所が中・高生を対象に行った調査で、人間として大切にされているということはどういうことかという問いに対しもっとも多かったのは「成績で差別されない」「言い分をきちんと聞いてもらえる」という回答でした(それぞれ40%台から50%台)。つまり、自分の意見が尊重されず、試験による競争を強いられ、上から言われたことに従うしかないという状況では、人間としても大切にされていないと感じてしまうということです。
 国連・子どもの権利委員会は、くりかえし日本政府に対して「子どもの意見の尊重」の勧告を行っていますが、とにかく日本政府は消極的で勧告を無視し続けています。文部科学省が道徳教育用教材として作成した『私たちの道徳』というものがありますが、これのどこをみても子どもの権利条約には一言も触れていません。1994年、日本政府も批准しながら、これは異常なことです。このような状況で選挙権だけ18歳以下に引き下げるということは問題だと思います。

歴史教育
 3つ目は歴史教育の問題です。2013年、自民党など一部の埼玉県会議員が高校の日本史教科書の採択に関し、実教出版を槍玉に挙げて、自虐史観の押し付けであると非難しました。例えば、南京大虐殺は無かったと主張し、実教出版の教科書にクレームをつけたのです。しかし、南京大虐殺については、実教出版の教科書に限らず、他社の教科書にも記されています。これらの教科書の記述は、著者たちが学問的良心に従い、子どもたちの歴史的思考力を培い、国際社会において主体的に生きる日本国民としての自覚と資質を養うために必要かつ重要な歴史的事実であると考えたものであり、文部科学省が同意した結果です。しかし、県会議員らの圧力により、一昨年は8校が実教出版を採択しましたが、昨年は1校も採択しないという事態になっています。
 本来、教育行政は教育内容に立ち入らず、教育の内容は教育の専門家が決めるというのが民主主義教育の原則です。ところが日本では、以前は参考に過ぎなかった学習指導要領が法規として義務付けられるようになり、教科書採択でも、「教育委員会の権限と責任」の名の下に、教育内容を含む非専門家支配(レーマンコントロール)がすすんでいます。
 1985年に西ドイツ(当時)のヴァイツゼッカー大統領は、敗戦40周年の記念式典で、「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目になる」と演説しました。私たちは、日本の子どもたちが、アジアをはじめ広く世界に平和の共同体を築き上げる担い手に育って欲しいと願っています。そのためには、過去に目を閉ざしてはいけないということだと思います。自虐史観というのは過去に目を閉ざすということです。そういう歴史教育であってはならないと思います。
 日本人は戦争での被害の問題と共に、日本の他国への加害の歴史についてきちっと向き合わなければなりません。そして同時に、日本の中にある民主的・平和的伝統を掘り起こして共に学ぶ必要があると私は思っています。日韓「併合」のときの石川啄木のうた。遡って日露戦争のときには、与謝野晶子が「君死にたまふことなかれ」と詠いました。日本の加害の歴史だけでなく、こうしたことも併せて学ぶことが民主主義教育、主権者教育として重要だと思います。
 日本の教育現場には良心条項もない、子どもの意見表明権も保障されていない、歴史教育にも重大な問題がある、というのが現状です。私は選挙権の18歳への引き下げに際しては、こうした状況を根本的に改めるべきことを、教育研究者として強く提言したいと思います。

◆藤田昌士(ふじた しょうじ)さんのプロフィール

1934年生まれ。東大経済学部卒。同大学院教育学研究科博士課程中退。中学校教諭、東大助手、国立教育研究所員、福島大学教授、立教大学教授などを歴任。主な著書に「道徳教育 その歴史・現状・課題」「生活の指導と懲戒・体罰」「学校教育と愛国心」など。


<法学館憲法研究所事務局から>
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