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今週の一言

 

「平和的生存権」を輝かせる夏に!

2015年8月10日



小田川 興さん(元朝日新聞編集委員・在韓被爆者問題市民会議代表)

 日米開戦から間もなく生まれた筆者にとって、敗戦の夏は「地獄」であった。疎開先の青森県の祖父宅で、「敵機来襲」とラジオが叫ぶたびに庭の防空壕に飛び込む日々。家族8人が直径1メールほどの穴のなかで息を殺す。怖い。暑い。おびただしい犠牲を生んだアジア太平洋戦争で、この体験は筆者を「非戦平和主義者」にした。3歳児の記憶は消えない。だから「最後の防空壕記憶世代」はいまこそ言う。「よい戦争などない」と。
 1985年夏、北朝鮮を取材したとき、40年前の記憶がよみがえった。首都平壌で同行のNHK記者Tさんとともに公園に行った。池のほとりで10人ほどの人民学校(小学校)の子供たちがトンボ釣りをしていた。日本では見かけなくなった子供の遊びに、Tさんは肩に担いだ大型テレビカメラのズームレンズを向けて近づいていった。7、8メールほども接近したところで、高学年の子が気づいて不審げにカメラを見た。次の瞬間、一斉に振り向いた子らの顔はひきつり、蜘蛛の子を散らすように逃げだした。一人の子は涸れた池のなかに飛び降り、コンクリート堤に両手を広げて張り付いた。目はレンズから離れない。Tさんがカメラを下ろすと、少年はすばやく池から這い上がり逃げ去った。予期せぬ展開に、二人で出した結論は「ズームレンズが銃口に見えたのだろう」。
 その後、北朝鮮では子供たちが絶対的指導者を「決死擁護」するため手榴弾を腰に巻いているとの報道もあった。南北朝鮮の分断と厳しい対峙が子供を戦時体制に巻き込む現実。その対決構造は冷戦終結後も基本的に変わっていない。
 8月6日と9日の広島、長崎への原爆投下、そして15日の敗戦。日本人の一人ひとりが過去を振り返り、平和について考える季節である。だが、日本が1910年から35年間、隣国を植民地化し、泥沼化したアジア侵略の末、敗戦によって隣人たちが南北に引き裂かれたことへの歴史的な責任について考える人は少ない。それどころか日本はこの夏、侵略の事実を消し去りたい勢力の声が高まる「逆流の時代」の渦中にある。
 日韓の政府レベルで最大の対立点である慰安婦問題について、93年の「河野談話」以降、新たな資料の発見で「慰安所は軍の施設」であることが公文書によって実証されるなど研究が進んでいる(7月2日付朝日新聞)。それでも、右派政治家たちの「現実に目を閉ざす」姿勢は続くだろう。 
 植民地下で強制連行や渡日を余儀なくされて広島、長崎で被爆した韓国・朝鮮人被爆者問題でも、日本政府は国内被爆者と同等の援護法適用でなく、恩恵的な制度で医療費に上限を設けるという内外格差を改めようとしない。
安倍首相は2013年広島・長崎の平和祈念式典で、外国人被爆者の存在を排除する発言をした。政権の排外的な姿勢は、対話による平和構築を置き去りにして「戦争への道」を走る「力」志向の政策につながる。それは在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチの土壌でもある。
 「逆流の時代」を示すもう一つの事態がある。「人間は核と共存できるのか」という根源的な問いかけが無視されるという危機である。
 2011年福島原発災害の教訓によって、私たちは核の「軍事利用=核兵器」と「平和利用=原発」は、核エネルギーというコインの裏表であることに気づかされた。ビキニ水爆実験(1954年)による第五福竜丸などの被害も含めて、日本は4度の核被害を被った。だが、日本政府はフクシマ核災害の原因究明もなおざりにしたまま原発再稼働・輸出を推進する。その先には「潜在的核保有国」への布石があると見なければならない。
 「デモクラシーの帝国」でもある米国から起きた核軍拡の渦がいまだに収まらないいま、人類史最初の被爆から70年の今年、被爆国の日本こそが「過去を未来の平和に活かす」ためのイニシアティブをとるべきである。しかし、4月下旬から1カ月間、ニューヨークの国連本部で開かれたNPT(核不拡散)再検討会議で、画期的な「核兵器禁止条約」成立に日本は主導的な役割を果たさなかった。日本は広島、長崎への各国指導者らの訪問も提案したが、中東の非核化問題が主因で最終文書が採択されなかったため不発に終わった。米国の「核の傘」に守られる日本は、被爆国として腰の引けた対応が指摘されてきた。
 そんな政府の態度をしり目に、同じ時期に首都ワシントンのアメリカン大学で始まった「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」では市民主導の非核の訴えが静かな波紋を広げた。 
 フクシマ核災害の教訓は、核利権をむさぼる政官財界や一部の学界とメディアが築き上げた巨大な「原子力帝国」といかに闘うか、そのための市民連帯の鎖こそが真の意味の積極的「平和主義」を獲得する原動力だということである。そのための学びと闘いはいま、この瞬間も続いている。日本と韓国、そして世界で。
 韓国の被爆者運動を担った辛泳洙さん(故人)、郭貴勲さんは「核兵器が地球上からなくならない限り、私たちは救われませんよ」という。それは支援の手がほとんど届かない韓国被爆2世にとってはより切実な言葉であろう。
核戦争の悪夢、そして核超大国の指導者さえ核テロの脅威に怯える21世紀。原発ごみの無害化に10万年もかかるほど、人間がコントロールできない核エネルギーの増殖は止まない。
だが、「核の暴君」を縛る法的拠りどころを日本国民は持っている。
 「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」(日本国憲法前文)。
 世界人権宣言や国連憲章に源泉を持つ「平和的生存権」。この市民の盾は「戦争への道」を断ち、「核なき世界」へ歩を進めるための羅針盤にほかならない。二度の大戦を経て人類が紡ぎだした叡智である「平和的生存権」の旗をいま一層、高々と掲げよう。

小田川興(おだがわ こう)さんのプロフィール 

朝日新聞ソウル支局長、編集委員を経て早稲田大学客員教授、聖学院大学特命教授などを務める。現在、早稲田大学日韓未来構築フォーラム主宰。在韓被爆者問題市民会議代表。日本記者クラブ会員。著書に『38度線・非武装地帯をあるく』、『被爆韓国人』(編訳)、『日韓 歴史問題をどう解くか』(共著)など。

 



 
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