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「白鳥決定」40周年に際して

2015年10月19日



新倉修さん(青山学院大学教授)

 「白鳥決定」と言えば、「疑わしいときは被告人に有利に」という鉄則がただちに連想される。この鉄則が再審裁判においても遵守されるべきであることを宣言したものだということは、有名である。1975年5月20日に下された最高裁判所第一小法廷の決定は、40年前のものとは思えないほど、みずみずしい内容がある。しかし、決定文を詳しく読んでみると、最初の印象は裏切られるような感じもする。
 というのも、「白鳥決定」をなされた経緯をたずねると、いわゆる白鳥事件の再審請求を却下した札幌高裁決定(1969年6月13日)に対する異議申立があり、これに対する判断は慎重を極めたものの、結論的には異議申立を却下して再審請求を拒否した札幌高裁の決定(1971年7月26日)を結論において承認するという関係にあるからである。結局、白鳥事件そのものについて再審の扉は開かれなかった。とはいえ、白鳥事件の再審請求は、まさに国民運動として展開し、多くの知識人や作家が応援し、手塚治虫も、鉄腕アトムというイメージキャラクターを使って、再審の扉を押し開けようとするイラストを描いている。私自身も、ちょうど大学紛争さなかの早稲田大学法学部に在籍した時に、再審請求をしている村上国治宛に「正義は勝つ!」というメッセージを書いた葉書を出すように、友人から頼まれた経験がある。
 それから40年が経った。が、「白鳥決定」の価値は、その直ぐ後に、財田川、免田、松山、島田という死刑確定判決4件を破棄して再審無罪を導いた点にある。

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 「白鳥決定」には、2つの側面があると思われる。ひとつは、言うまでもないことだが、個別の刑事事件における誤判の救済という面である。もうひとつは、刑事裁判全般について、誤判えん罪が生じるのを防止するために必要な制度構築を図るという面である。これは、刑事裁判のもうひとつの重要な要請である迅速な裁判では、「遅れた裁判は裁判の拒否である」という法諺が大きな意味をもっていることと共通する。その意味では、誤判のない公正な裁判の実現という問題には、迅速な裁判の実現と相通じるものがあり、したがって、迅速な裁判の法理を研究された荒木伸怡博士にならって命名すれば、前者の個別の刑事事件における救済という面は、個別的アプローチといい、後者の刑事裁判全般における予防という面は、大量的アプローチということになる。この両者は、誤判という問題について異なるアプローチを示しているが、通底する刑事裁判の鉄則という点では、ともに、「疑わしいときは被告人に有利に」という法理が貫徹されると理解することができよう。

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 その上で、あらためて「白鳥決定」を読んでみよう。まず、個別的アプローチで問題になるのは、再審の理由となる訴訟法435条の第1号から第7号のうち、とくに第6号に定める「無罪……を言い渡し、……明らかな証拠をあらたに発見したとき」という無罪証拠の「新規性」と「明白性」に関わる。ここでいう「新規」とか「明白」という言葉は、ある意味では「程度概念」であって、その意味する内容には幅があるが、どの程度の、どのような水準の「新規かつ明白な証拠」が必要とされているのかは、法律の条文だけでは必ずしも明らかになっていない。ひとつの手がかりは、有罪判決を覆して無罪判決を導くという場合には、有罪判決そのものが、刑事訴訟法317条の証拠裁判主義に基づき、同318条の「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」という自由心証主義に則り、下されたものであるが、とはいえ、証拠の証明力の評価について、裁判官にフリーハンドを与えたものではなく、英米法で証明の水準に関する一般的な理解によれば「合理的な疑いを超えた証明」であることが必要とされ、あるいはドイツ法でいう「確実性に境を接する程度に確実な証明」であることが必要とされているという点である。そして、「白鳥決定」では、再審請求に際して提出される新証拠だけで「明白性」の有無の判断するのではなく、有罪判決の基礎となってすでに採用された旧証拠と相まって、総合的に判断して有罪性に合理的な疑いを生じさせる程度の明白な証拠であれば足りるとしている。しかも、有罪判決の確定力とか拘束力とかを過大に評価すれば、相当高い水準の明白性が想定されることになるが、「白鳥決定」の重要なポイントは、明白性の判断に当たっても、「疑わしいときは被告人に有利に」という刑事裁判の鉄則を適用すべきだとした点にある。

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 次に、刑事裁判全般について、誤判えん罪の防止のために、「白鳥決定」から汲むべき教訓や方向性がうかがえるかという問題を考えてみよう。まず確実に言えることは、「疑わしいときは被告人に有利に」という刑事裁判の鉄則に従って、刑事裁判の運用を実現することである。これは、裁判官や裁判員など、刑事裁判にかかわるそれぞれの個人が心がけるべき「姿勢」の問題でもあり、「心構え」というレベルの問題でもある。
 たとえば、先ごろ惜しくも亡くなられた奥西勝さんのケースを考えてみよう。1961年に起こった名張毒ぶどう酒殺人事件で5人の女性が死亡し、他の多くの女性が入院するという事件があり、奥西さんが犯人とされ、「厳しい取調べ」の結果、犯行を自白したとされ、「お詫び会見」までさせられた。ところが、津地方裁判所は、自白は信用性がないとし、ぶどう酒が届けられたとされる時間にも認定の幅があり、被告人しか犯行の機会がないとは言えないとして、無罪判決を下した。これは刑事裁判の鉄則に照らして妥当な結論であった。しかし、検察官は控訴し、その間、あらたに証人を取り調べて証言を翻らせて、犯行の機会は被告人にしかないという想定のもとに、逆転有罪・死刑の判決を名古屋高等裁判所は下した。9次にわたる再審請求を通じて、有罪認定を支える証拠は証明力を失っている。

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 そこで、このようなえん罪事件の再発を防ぐために、われわれは何をするべきか、というのが、「白鳥決定」が指し示す大量的アプローチの問題である。捜査のあり方も問題となり(取調べの全過程の可視化)、被疑者段階からの国選弁護人の充実も課題となり、裁判員裁判では裁判員に対する説明のあり方も重要である。無罪判決に対する検察官上訴の制限ないし廃止も視野に入れておきたい。そして、全体を通じて、再審を求める権利を確認しつつ、さらに「疑わしいときは被告人の利益に」という鉄則が、確実に適用される環境や条件を整備することが肝要である。とすれば、とりわけ重大な事件については、再審請求についても国選弁護人を義務づけるなどの、手厚い「デュープロセス」の保障が、憲法上も要請されていると考える余地はあろう。
 11月7日に青山学院大学で開催される「白鳥決定」40周年シンポジウムは、そのような強い関心のある人たちに開かれた未来志向のフォーラムとして、位置づけることができる。 


『白鳥決定』40周年シンポジウムPDF

■「白鳥決定」40周年シンポジウム

11月7日(土)(開場13:00)13:30〜16:45

第1部 「白鳥事件と白鳥決定」
DVD「再審への道〜白鳥事件に学ぶ〜」

第2部 「白鳥決定を生かすために」
冤罪事件当事者の発言
パネラー:桜井昌司(布川事件当事者)、木谷明(弁護士・元裁判官)、古橋将(名張毒ぶどう酒事件弁護団)、戸館圭之(袴田事件弁護団)、豊崎七絵(九州大学准教授)

【会場】
会 場 青山学院大学 4号館2階 420号教室

〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25

http://www.aoyama.ac.jp/outline/campus/access.html
http://www.aoyama.ac.jp/outline/campus/aoyama.html
JR山手線、JR埼京線、東急線、京王井の頭線、東京メトロ副都心線 他「渋谷駅」より徒歩10分

東京メトロ(銀座線・千代田線・半蔵門線)「表参道駅」より徒歩5分
Facebook「白鳥決定」40周年シンポジウム

◆新倉修(にいくら・おさむ)さんのプロフィール

青山学院大学大学院法務研究科教授・弁護士(東京弁護士会)。1972年、早稲田大学法学部卒業、1978年同大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得退学、1978年に國學院大學法学部専任講師、助教授、教授を経て、現在に至る。再審えん罪事件全国連絡協議会代表委員、日本弁護士連合会死刑廃止検討委員会副委員長、日本国際法律家協会副会長、日本学術会議「グローバル化と法」分科会連携委員、人道的刑事政策を推進する国際社会防衛協会(SIDS)副会長、国際民主法律家協会(IADL)執行委員など。
 共著に『バージョンアップ法学入門』・『いま日本の法は』(日本評論社)、『刑法マテリアルズ・刑法総論』(柏書房)など多数。




 
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