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国民の営為が憲法13条に意味を吹き込む。原発訴訟の現場から

2016年1月18日



南雲芳夫さん(弁護士)

〇 憲法13条〔個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重〕  
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 この条文を読み上げても、抽象的な言葉として捉えている間は、そのもつ意味をつかむことは難しい。「個人として尊重される」とは、どういう意味か?「幸福追求の権利」とは、具体的にはどういうことをいっているのか?「国政の上で最大の尊重を必要とする」とは、どういうことなのか?
なかなか難しい。
 しかし、生の事実との関係、とりわけ人の生命・健康などを巡る厳しい対立をはらむ裁判においては、憲法13条の果たす役割は、重くかつ大きい。

〇 原発とどう向き合うか

原発を巡る裁判としては、実際に起きた福島原発事故による被害の救済を求める裁判と、これから被害をもたらしかねない原発稼働の差止を求める裁判がある。いずれの裁判でも厳しい議論が交わされることとなるが、住民側が最後の拠りどころとするのは憲法13条(個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重)である。

〇 「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟から

 福島原発事故から2年を経た2013年3月11日、原告約800名(追加提訴により現在は約4000名)が、福島地方裁判所に、東京電力と国を被告として、原状回復と精神的な慰謝料を請求する訴訟を提起した。この訴訟では、国と東京電力の法的責任を明らかにすることが大きな目的とされたが、それとともに、原発事故による被害の実相を明らかにすることも目的とされた。
被害をどうとらえるべきか。
訴状の冒頭においては、被害の実相を、民法や原賠法(原子力損害の賠償に関する法律)ではなく、憲法13条の観点からとらえるべきことが主張された。

〇 訴状冒頭の「被害の捉え方と憲法13条」について(引用) 

【失われたものの大きさ】

 2011(平成23)年3月11日発生の福島原発事故は、大量の放射性物質を飛散させ、その結果、人々を放射線による健康被害の恐怖に陥れ、豊かで平穏な生活や人間関係を破壊するという被害をもたらした。
 その被害の現れ方は、人々がそれまでどのような仕事や生活を送っていたか、また、事故後に被ばくによる健康影響への恐れから避難を選択したかどうか、などにより、さまざまな形で現れる。

 福島から約200キロメートル離れた埼玉県北部の田んぼの中

 廃校となった高校の校舎には、双葉町から多くの被害者が避難した。
 校長室が町長室となり、職員室が町の事務室となり、各教室が町民の寝泊まりする場所となった。まるで「ノアの箱船」のようである。冬、コンクリート造りの校舎は底冷えがした。

 仮設住宅

 田舎の広い住宅に住み慣れた人にとって、隣の生活音が筒抜けとなる狭い仮設住宅の生活は息が詰まる。地元では近所の古くからの知り合いどうし、冗談を交えての会話が弾んだが、知り合いが少ない仮設住宅では、家に閉じこもりがちとなる。高齢の人ほど、ふるさとへ戻りたいという気持ちは強く、帰る目途が立たないことによる喪失感は深い。

 港にて

 地震の直後、多くの漁師は、子どものように大事にしている漁船を沖合に避難させて津波から守った。しかし、その後の原発事故により漁に出られなくなって2年となる。高齢の漁師は「仕事をしていないから、手の皮がこんなに柔らかくなってしまった。賠償金なんかいらないから、とにかく漁をしたい。」と手をみせる。

 農家

 汚染された農地での作業は、直接の被ばくのおそれがある。自ら収穫した作物にどの程度の放射性物質が含まれているかという不安を常に抱えて、耕作を続けざるを得ない。出荷に際しては、消費者に安全な食べ物を提供したいという農家本来の願いと、風評被害によって作物の価格が低迷することによる営農上の懸念に翻弄される。こうしたストレスのなか、農業を続けるか、さらには子どもに農業を継がせるべきかと悩む。

 避難

 中通りから、関東そして遠く沖縄まで避難した人の数は知れない。「自主的避難」といわれているが、展望もなく、家族が引き裂かれる生活を、誰が「自主的」に求めようか。
 親は、子どもの被ばくを避けることを最優先して避難を決意することが多い。被ばくは避けられても、子どもたちには、友だちとの別れや生活環境の激変という負担が避けられない。
 家族の一部が避難する場合には、家族の別離が伴い、避難した家族にも、残された家族にも精神的な喪失感が生じる。家族内で避難をすることについて意見の対立が生じ、感情的な行き違いから家庭不和に発展するおそれもある。避難生活に伴い、仕事を失うことも多く、生活自体が脅かされる。家族の一部が故郷に残っている場合には、往復の交通費も大きな負担となる。

 福島市の駅前

 若い女性も子どもも歩いているし、表面的には、普通の地方都市のように賑やかである。しかし、測定されている線量をみると、濃淡はあるが、福島市内でも1時間あたり1マイクロシーベルトを超える地点がある。これは放射線管理区域の基準(3ヶ月間で1.3ミリシーベルトを超えるおそれのある区域)を超える線量である。
 こうした数字を反芻しながら普通に生活することは難しいのだろうが、これから妊娠を控える女性や、子どもを持つ親の心の中は、想像するしかない。

 しかし、放射線による健康影響を危惧することなく心安らかに生活することが、なぜ妨げられなければならないのか。そうした恐れや不安を、なぜ人々が我慢しなければならないのであろうか?

【導きの糸は、日本国憲法13条】

 今回の福島原発事故による被害の深さと広がりを目の当たりにすると、被害者はもとより、一人の国民として、また、一法律家としても、立ちすくんでしまいかねない。しかし、こうした被害の一つひとつから目を背けることは、同時代を生きる者には、許されない。 
 この深刻な被害にどう向き合うべきか。
 この点を考える時、導きの糸は、日本国憲法の示す「個人の尊重」の理念に求められるべきであろう。

 憲法13条〔個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重〕  
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

 裁判所においても、この憲法の示す理念に基づき、福島県民の受けた被害の深さと広がりに真摯に向き合い、司法に期待される役割を果たすことを期待したい。

 こうして始められた裁判も、もうじき提訴後3年となる。これまでに専門家証人5名の尋問が終了し、昨年11月から原告本人尋問に入り、3月の現場検証、その後の本人尋問を経て、今年結審を迎える予定である。
 原告団としては、原発事故の現場において憲法13条を血肉化する判決を是非実現したいと考えている。

〇 原発を差し止めた根拠は憲法13条

 2014年5月21日、福井地方裁判所(裁判長樋口英明、裁判官石田明彦、同三宅由子)は、大飯原子力発電所3,4号機について、運転差止を求める住民の請求を認める判決を下した。
 その根拠とされたのは、原子炉等規制法でも、電気事業法でもなく、憲法13条などによって保障されている人格権である。
 同判決は次のとおり、判示する。
 「人の生命,身体,精神及び生活に関する利益は,各人の人格に本質的なものであって,その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条,25条),また人の生命を基礎とするものであるがゆえに,我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって,この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは,その侵害の理由,根拠,侵害者の過失の有無や差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく,人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。」

〇 国民一人一人の営為が憲法に「意味」を吹き込むこと

 憲法の規定は、抽象的な言葉として紙に刷り込まれている限りは、その役割を果たすことはない。社会における現実に当てはめ、その持っている意味を、現実の被害の救済や、将来の被害を回避する権利の実現に生かして初めて「血の通った」ものとなる。憲法13条を本当に意味のあるものとするのは、これを生かしていこうとする、一人ひとりの国民の営為にほかならない。

◆南雲芳夫(なぐも よしお)さんのプロフィール

1959年 埼玉県生まれ。
1986年 弁護士登録(横浜弁護士会)
1995年 埼玉弁護士会に登録替え(けやき総合法律事務所)
川崎大気汚染公害裁判、東京大気汚染公害裁判、東京電力思想差別裁判などを担当。現在は、首都圏建設アスベスト訴訟、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟事件(弁護団幹事長)などを担当。




 
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