法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
憲法をめぐる動向
イベント情報
憲法関連裁判情報
シネマ・DE・憲法
憲法関連書籍・論文
今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

ブラック企業の入り口「求人詐欺」への対策を

2016年2月8日



川岸卓哉さん(弁護士・川崎合同法律事務所) 

1 未来ある若者の突然の死

 2014年4月24日午前9時頃、24歳だった渡辺航太さんが、徹夜勤務から原付バイクで帰宅途中、川崎市の路上で電柱に衝突して死亡しました。株式会社グリーンディスプレイ社の正社員として採用されてから1か月しか経っていませんでした。
 一周忌であった2015年4月24日、横浜地方裁判所川崎支部へ、株式会社グリーンディスプレイを被告として、安全配慮義務違反があったとして提訴しました。

2 求人票と全くことなる就労実態の末の過労事故死

 2013年10月から、航太さんは、被告会社グリーンディスプレイで、百貨店などに観葉植物を飾り付ける仕事を、アルバイトとして始めました。きっかけは、航太さんが大学卒業後も、就職難で就職先がなかなか決まらない中、ハローワークで見つけた正社員の求人票に応募したことでした。求人票の記載には雇用形態「正社員」、試用期間「無し」就業時間「8時50分〜17時50分」、残業時間は「月平均20時間」との記載されていました。
 しかしながら、航太さんの従事した労働実態は求人票の記載とは全く異なるものでした。募集内容は試用期間無しの正社員でしたが、会社は、航太さんに対して、試用期間と位置付けアルバイトとして働くことを求めました。航太さんは、正社員として採用してもらうために、会社に言われるままに働きました。残業時間も、求人では月平均20時間とされていましたが、厚労省の過労死認定基準である1か月100時間を超える月もあり、平均60時間以上に及んでいました。さらに、就業時間は8時50分〜17時50分とされていたにもかかわらず、顧客店舗営業時間外に植物を装飾するため、徹夜で長時間作業することは避けられない業態であり、深夜不規則労働は、航太さんの疲労をさらに蓄積させました。そして、半年間アルバイトとして働いた末、ようやく正社員として採用された1か月後、航太さんは、22時間連続の徹夜勤務後に原付バイクで帰宅途中、極度の疲労状態から、今回の事故死に至たりました。

3 ブラック企業へ若者を送り込む「求人詐欺」問題

 若者の就職難、正社員を餌に若者を使い捨てる企業、実際の就労実態とは全く異なるハローワークの虚偽求人票を放置する労働行政という構造の中で、航太さんは犠牲になったのであり、現代を生きる若者が誰でも直面するいわゆる「ブラック企業」被害の極限であるといえます。
 とりわけ、就労実態と求人の募集内容が全く異なる「求人詐欺」問題は、深刻です。ハローワークの求人票が実際の労働条件と違うという相談が全国の労働局に相次いでおり、厚労省の集計では、2014年度には1万2000件に上っています。うち、3割の4千件以上で、実際に食い違いが確認されています。このような状況を放置すれば、ブラック企業へ労働者を送り込むことにもなりかねません。

4 虚偽求人に対する罰則規定の死文化

 職業安定法には、虚偽の条件を呈示しての職業紹介、労働者の募集に対しては、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金が定められています。しかしながら、これまでこの罰則が適用され処罰されたことはなく、完全に死文化しています。国は、虚偽求人問題に対して対策を怠ってきたと言わざるをえません。
 国が対策を怠ってきた背景には、求人情報はあくまで会社側の「広告」であり、実際の労働条件を正確に示す必要はなく、若者が求人票と実際の就労実態の違いに気付いたならば、その時に仕事を辞めれば構わないとの問題を軽視する考えがあったといえます。
 ブラック企業は、規制の甘さを利用し、好条件をエサに社会経験の少ない若者をだまし、過酷な仕事を押し付けてきました。若者にとっては、どこがブラック企業か働くまでわかりません。若者は、虚偽の求人だと気づいても、短期間で仕事を辞めればキャリアに傷がつき、次の就職先も望めないため、簡単に辞めることはできません。結果、ようやく得た「正社員」の地位を守るため、会社に言われるがままに過酷な労働に従事させられ、心身の健康を害し、時に命までも奪われます。
 ブラック企業対策は、入り口の求人段階での対策が重要なのです。

5 ブラック企業被害対策弁護団の活動

 ブラック企業対策プロジェクト・ブラック企業被害対策弁護団では、これまで、虚偽求人問題について、2015年7月には厚生労働省に対しての申し入れを行っています。また、本年1月には、渡辺航太さんの事件について虚偽求人があったとして、警視庁に対してグリーンディスプレイ社を刑事告発しました。さらに、2月25日には、ブラック企業被害対策弁護団と日本労働弁護団の共催で、「約束と違うぞ!詐欺求人相談ホットライン」を全国で開催する予定です。
 これに対して、ようやく政府も動きはじめ、塩崎厚労相は、虚偽求人に対する対策の必要性について言及するようになりました。厚生労働省においても、死文化した職業安定法の虚偽求人に対する罰則規定を実効化させるための法改正の検討をはじめました。

6 青少年雇用促進法の限界

 虚偽求人問題の対策として重要なのは、ブラック企業問題の高まりを受け、昨年10月より順次施行されている青少年雇用促進法、いわゆるブラック企業対策法です。
 これまで、ハローワークでの求人は、原則、企業が出したものはすべて受け付けなければなりませんでした。青少年雇用促進法に基づく新制度では、労働基準監督署から是正指導された企業の求人については、ハローワークで受け付けないことができるようになりました。また、同法は、企業が新卒者を募集する場合には、「過去3年間の採用者数と離職者数」「残業時間」「有給休暇の実績」といった情報を提供する等の制度も導入しました。
 しかし、ハローワーク求人不受理となるのは年に2回以上労働基準監督署から是正指導される企業とされ、実際には想定しがたい厳しい条件であること、企業側からの情報提供も努力義務であることなどから、実際には、青少年雇用促進法に基づく対策は実効性に乏しいものとなっており、対策として不十分です。
 ブラック企業問題の入り口である求人詐欺問題をより社会的に問題提起し、抜本的な対策となる制度作りが求められます。 

◆川岸卓哉(かわぎし たくや)さんのプロフィール

2011年 弁護士登録
2012年 川崎合同法律事務所入所
ブラック企業被害対策弁護団の活動をはじめ、人々の命と暮らしを守るための活動や、市民・働く人の自由と民主主義の支えとなっている日本国憲法を守り前進させるための活動を行っている。




 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]