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"人間らしく生きたい!" 生存権裁判は生存権・人権保障を求める闘い

2016年2月22日



荒井純二さん(生存権裁判を支援する全国連絡会事務局次長)

生活保護制度はすべての人の生活基盤

 2015年10月28日、東京の日比谷野外音楽堂で「10・28生活保護アクションIN日比谷 25条大集会」が開かれ、4000人を超える人々が参加し集会後銀座パレードを行いました。その呼びかけ文には、「『解釈改憲』は憲法9条だけの問題ではありません。実は今、生存権保障をうたう憲法25条も骨抜きにされつつあります。自己責任を強調する社会保障制度改革推進法が2012年に成立して以来、医療、介護、年金等すべての分野で削減がおし進められているのです。その突破口とされた生活保護制度では、老齢加算の廃止、生活費や住宅費などの引き下げが相次いでいます。くらしの最低ラインである生活保護の引き下げは、すべての人の『健康で文化的な最低限度の生活』レベルの引き下げを意味します。このまま黙っているわけにはいきません。誰もが社会から排除されることなく、人間らしく生きることのできる社会保障制度を求めて、集い、つながり、そして声をあげましょう」とあります。
 この集会に参加し行動したのは、10年間たたかい続けてきた生存権裁判の原告や新たな生活保護基準引き下げに対して提訴した原告をはじめ、障がい者団体、低賃金労働者、非正規労働者、年金受給者など、多様な立場の人々でした。集会を通して、生活保護制度をまもることは、人間らしく生きることのできる社会保障制度を求めるすべての人の願いでもあることを参加者に確信させ、また、運動に自信をもたせる集会でもありました。

老齢加算廃止で裁判提起とその成果

 生存権裁判とは、生存権保障を謳う憲法25条にちなんで付けられた名称です。戦後、これまでに現行生活保護法の下での生活保護に関する訴訟は数多く提起され、最近でも原告側が勝訴した事件も多くあり生活保護行政の運用に影響を与えるなどの成果をあげてきました。そうした中で、現在まで全国9都府県でたたかわれている裁判が「生存権裁判」と呼ばれている所以は、1957年(昭和32年)に提訴された「朝日訴訟」と同様に、生活保護基準それ自体の違憲・違法性を正面から争っているということにあります。また、朝日訴訟は朝日茂さんという一人の原告でたたかわれましたが、生存権裁判は全国各地から同種の内容の裁判を100人以上の集団で提訴しているという点も特徴のひとつです。
 生存権裁判が提起された背景・経過についての詳細は省略しますが、背景としては自民党政権による「構造改革」路線の流れの中で、直接的には小泉内閣の「骨太の方針2003」による生活保護基準削減にあります。政府は国民の消費水準が下がっていることなどを口実に、生活保護基準を2003年度に0.9%、2004年度も0.2%引き下げました。このことは現行生活保護制度発足以来初めてのことでした。そして、これまで原則として70歳以上の高齢の利用者には高齢者特有の需要があるとして40年以上の間支給されていた老齢加算や一人親世帯の母子加算を段階的に引き下げ全廃してしまいました。そのうちの母子加算については、利用当事者の必死の訴えや支援運動によるたたかい、また子どもの貧困を助長するという国民世論の批判によって2009年12月から復活しました。
 一方、老齢加算を廃止された高齢利用者は、1ヶ月10万円にも満たない生活保護費から約2割も削減され、一挙に生活困難な状況に陥りました。3度の食事を2度に減らし、入浴も控え、衣類は買えず、外出する交通費もままならず閉じこもりがちになり、親戚、友人、近所の冠婚葬祭にも慶弔費が払えず欠席するなど憲法25条・生活保護法の「健康で文化的な最低限度の生活」からは、ほど遠い状況となりました。なかでも人間として重要なことは、社会的、文化的行動が狭められてしまったことです。
 こうして「人間らしいくらし」を求めて、生存権裁判が提訴されました。全国に先駆けて提訴したのは2005年に京都でした。以降、2010年の熊本まで全国9都府県で100人以上が提訴し、たたかわれています。これまでの各級裁判所の判決は20回以上に及びますが、2010年6月の福岡高裁判決は1960年の朝日訴訟第1審判決で朝日茂さんが勝訴して以来、基準問題で初めての原告勝利でした。また、兵庫、新潟、広島の裁判では、判決自体は不当でしたが、裁判所に国側が老齢加算削減の根拠としている資料の「文書提出命令」を出させたり、福岡、新潟では裁判官が原告宅を訪れて生活実態の事実上の検証を行ったり、青森の仙台高裁判決では高齢利用者の厳しい実態に触れるなど、原告・弁護団・支援する会の努力の成果も多くあります。また、昨年12月の兵庫生存権裁判における大阪高裁の原告敗訴判決では、原告側の主張にかなり踏み込んで判断している部分もあり、今後の上告審や同種訴訟で生かせるものとなっています。

つづく制度改悪と新たなたたかいの広がり

 この拙文を執筆中の2月16日、最高裁第3小法廷は熊本の裁判について「上告棄却、上告不受理」という「門前払い」の不当決定を行いました。このことは国民の裁判を受ける権利さえも奪うものと言わざるをえません。生存権裁判は残すところ青森、兵庫の最高裁でのたたかいとなりましたが、2013年から2015年にかけての3回にわたる最大10%の生活保護基準引き下げに対し、全国の生活保護利用者が2万件を超える審査請求を行い26都道府県で850人を超える人が原告となって新たな「生活保護基準引き下げ違憲訴訟」を提起し次々と裁判が行われています。さらに、2015年度から同基準の住宅扶助、冬季加算の削減も強行されたために、今後、審査請求、裁判提訴へと展開されることになります。一方、生存権裁判と新たな訴訟を「支援する会」は、原告のいない県も含めて全国34都道府県に結成され、名称も様々ですが全都道府県に広がろうとしています。こうした運動は39都道府県で3800人の原告でたたかわれている「年金裁判」などの運動と合わせて、憲法25条を守り人々の生活に活かすための国民大運動につながっていくでしょう。
 憲法25条は拙文冒頭の集会での呼びかけにあるように、社会保障制度改革推進法で事実上解釈改憲されました。生活保護制度の改悪は、介護、医療、年金など社会保障切り下げの突破口とされていることは明白です。厚労省の社会保障審議会「生活保護基準部会」の部会長代理であった岩田正美氏(日本女子大学元教授・日本社会福祉学会会長)は、『いまはむしろ、「聖域」である生活保護から率先してカットすることで、「生活保護でさえ下げたんだから、介護保険も下げます、保険料は上げます」というふうな理屈を立てて、そこから社会保障全体の地盤を沈下させているよう見えます』(岩波書店『世界』2015年5月号)と発言しています。

憲法を「絵に描いた餅」にしてはならない

 当連絡会の井上英夫会長(金沢大学名誉教授)が繰り返し強調されていることの中に、憲法25条と合わせて、憲法97条についての発言があります。97条は、『「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって…」と言っている。「努力」は原文が「STRUGGLE・ストラッグル」であり「闘争」なのです』と。また、朝日訴訟原告の朝日茂さんが言い、その養子として承継し裁判をたたかい、生涯、社会保障充実のため尽くされた朝日健二さんも言っておられた「権利はたたかう者の手にあり」ということを想起すると、憲法は「絵に描いた餅」であってはならないということを教えていると思います。

◆荒井純二(あらい じゅんじ)さんのプロフィール

 1943年生まれ、山形大学卒、高校常勤講師などを経て1978年〜1998年「教科書検定訴訟を支援する全国連絡会(家永教科書裁判)」専従事務局、訴訟終結後、「子どもと教科書全国ネット21」設立に関与。1999年〜2008年「全国生活と健康を守る会連合会」事務局。2009年以降、現在に至る。




 
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