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今週の一言

 

復興公営住宅から退去を求められる被災者
—今なお続く阪神・淡路大震災被災者への人権侵害—

2016年3月14日



觜本 郁さん(神戸公務員ボランティア)


明渡請求訴訟を提起された被災者が住む借上げ公営住宅キャナルタウンウエスト

市営住宅入居者への明け渡し請求訴訟提起
 神戸市は借上げ復興公営住宅である「キャナルタウン」(神戸市兵庫区駅南通)に住む3名の方に対して、2016年2月16日、明渡請求訴訟を提起した。それに続き、3月7日には、同じキャナルタウンの5世帯に退去通知を行った。
 明け渡しを求められている入居者は、阪神・淡路大震災の被災者で、約20年前に復興公営住宅である神戸市営住宅に入居し、家賃滞納もせず普通に暮らしてきた市民である。
 阪神・淡路大震災の被災者が入居する公営住宅から退去を求めることは、築き上げられた地域コミュニティを破壊することや、環境変化に対応が困難な入居者の存在など様々な問題が指摘されている。
 こんなことが許されるのか、阪神・淡路大震災から21年、被災者が終の棲家として暮らす公営住宅から退去を求められるというとは一体どういうことなのか。この問題を考えてみた。

阪神・淡路大震災被災者の住宅問題
 阪神・淡路大震災では、10万棟以上の住宅が全壊し、全半壊は25万棟以上とされている。多くの市民が住宅を失い、生活基盤を失った。その中で、復興公営住宅の建設がどれだけ、どこに建設されるのかは重要な課題であった。※1
 郊外に多くの復興公営住宅が建設される中、被災者の公営住宅入居のニーズに急いで応えるために借上げ住宅の制度が活用された。
 借上げ住宅は、震災翌年の1996(H8)年の公営住宅法改正により、それまでの直接建設方式に加えて、民間住宅ストックを活用した公営住宅の供給方式として導入されたものである。
 阪神・淡路大震災後、この制度を活用して兵庫県内では兵庫県、神戸市、西宮市、尼崎市、伊丹市、宝塚市で住宅・都市整備公団(現在の「独立行政法人都市再生機構」(UR))や民間マンションなどが借り上げられ、公営住宅として以下の通り供給された。
 兵庫県3120戸(UR)、神戸市3952戸(UR、市公社、民間)、西宮市447戸(UR)、尼崎市120戸(UR)、伊丹市42戸(民間)、宝塚市30戸(民間)。
 これらの住宅が次々と当初の借り上げ期間である20年を迎え、各自治体の対応が問われるようになってきた。現在、各自治体の借上げ住宅の入居状況は以下のとおりである。※2
〇兵庫県 @期限満了時に80歳以上、A要介護度3以上、B重度障害者のいずれかがいる世帯、C前記@〜Bに準じる人で「判定委員会」が認めた世帯は継続して居住を認める。
〇神戸市 @期限満了時に85歳、A要介護度3以上、C重度の障害者野いずれかがいる世帯は継続入居を認める。
〇西宮市 全世帯退去(重度障害、要介護3以上がいる世帯は車椅子住宅などの空家が出るまで最長5年間住替えを猶予)
〇尼崎市 対応は未定
〇伊丹市 全世帯継続入居
〇宝塚市 全世帯継続入居
 兵庫県の場合、昨年12月に第1回の判定委員会が開催され、対象135世帯(11月末時点)のうち87世帯が継続入居を申請し、85世帯が認められ、継続入居が「不可」とされたのは2世帯で、そのうち1世帯は再度継続入居申請を行っている。※3
 この対応の違いを見てもわかるように、法律上、制度上、20年を経過すれば借上げ住宅から退去せざるを得ないというわけではなく、各自治体が継続入居を認めると判断すれば20年経過後の居住も可能なのである。
 そもそも借上げ住宅が20年期限とされたのは、1996年の法改正時の民法第604条第1項の賃貸借契約の規定による制約によるものであったが、1999年の借地借家法第29条第2条の改正(民法第604条の規定は賃貸借には適用しない)により意味を持たなくなっている。※4
 補助金の問題が言われることがあるが、国は20年経過後も補助金は継続するとしている。財政的負担というのは公営住宅、被災者向け復興住宅という性格からして理由にはならないだろう。公営住宅法はその目的として「国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、又は転貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする。」(第1条)としており、憲法25条の生存権保障規定に則ったものであることを考えると、財政的負担があるというようなことを理由に挙げること自体、見識に欠けると言わざるをえない。
 借上げ住宅問題の解決は難しいことではない。要するに借上げを継続しますと自治体が判断すればいいだけのことなのである。

適正な手続きを無視して進められる借上げ住宅からの退去
 今回の借上げ住宅退去問題は、被災者支援の在り方、公営住宅のコミュニティなどからも問題があることは明らかであるが、その適正な手続きを欠いていることも特徴である。
 今回、明渡請求訴訟を起こされた入居者は入居時に20年で退去しなければならないという説明は一切聞いていないし、入居許可書にもそのことは書いていないのである。※5
 そのような入居者に明渡請求訴訟を起こすことができるのかという根本的疑問は払拭できない。
また、公営住宅法第25条第2項では「事業主体の長は、借上げに係る公営住宅の入居者を決定したときは、当該入居者に対し、当該公営住宅の借上げの期間の満了時に当該公営住宅を明け渡さなければならない旨を通知しなければならない。」とされるが、そのような通知はなされていない。※6
 また、自治体が訴訟を提起するときは議会の承認が必要である(地方自治法第96条第1項第12号)。しかし、「議会の権限に属する軽易な事項」で「その議決により特に指定したもの」は市長の専決処分ができることとされており(地方自治法第180条)、神戸市では「市長専決処分事項指定の件」(昭和48年2月18日市会議決)で、市長専決処分で可能な事項を定めており、その中に「不動産(賃借その他の権原に係るものを含む。)の管理上必要な訴えの提起」という内容がある。市営住宅の家賃滞納者に対する明渡請求訴訟などは、この規定に基づいて提起されているのだが。専決処分した時は後で議会に報告をする必要がある。
そうとすると、この提訴は震災復興や被災者支援、特に復興住宅から退去を求めるということなど「軽易な事項」と神戸市が理解しているということになるのである。しかし、阪神・淡路大震災の復興施策をめぐる最大の課題であると言っても過言ではないこの問題が「軽易な事項」であるはずがない。この点、市議会も当局も何の疑問も持たずに明渡請求訴訟を推進あるいは容認しており、その役割や任務に疑問を感じるのは私だけではないだろう。
 ところで、「応訴事件に係る和解のすべてを専決処分とすることは、本条第一項に違反する無効なものとする」判例(東京高裁平成13年8月27日、平成13年(行コ)第74号、判例時報1764号56頁、判例タイムス1088号140頁)があり、今回のような公営住宅からの明け渡し請求全てを専決処分とすること、すなわち、復興借上げ住宅の明け渡し請求訴訟の提起までも市長の専決処分で行うことができるということは法律の趣旨を逸脱したものと言わざるを得ない。※7
 また、公営住宅の入居許可は行政処分であり、その取消は不利益処分(行政手続法第2条)にあたる。決められた家賃を支払い、許可条件には反した行為をしていない入居者の入居許可を取り消して明渡を求めるのは不利益処分の典型である。そうであるなら、行政手続法第13条の規定に基づいて聴聞手続きを行う必要があり、それを欠いた決定(行政処分)は違法である。
 このような基本的なことさえ行わないまま、被災者を公営住宅から退去させようとすることにどれだけの正当性があるのか、大きな疑問を感じざるを得ないのである。

阪神・淡路から東日本へ
 震災直後しばらくして避難所を解消することが行政の至上命令となり、避難所から仮設住宅への転居が相当強引な方法も含めて行われたが、避難所解消後は、仮設住宅解消が至上命令となり、復興公営住宅への転居が強力に進められた。その中で、被災者と希望と募集された復興公営住宅の立地には大きなミスマッチが存在した。それを解決する有効な手段であったのが借上げ公営住宅であることは間違いない。
 阪神・淡路大震災当時、私も市職員として多くの被災者の相談を受け、その中には公営住宅入居申込みに関するものも相当数あった。20年の借り上げ期間のある市営住宅、県営住宅について「20年後はどうなるのでしょう」という質問を受けたことがあるが。「20年後に追い出されるということはありえないですよ」と答えた。退去を求めるなどということは当時考えも及ばなかった。そんなことができるはずがないというのが、被災者の相談にのっていた多くの職員の正直な感覚である。もし、20年後には退去を求められるということなら「この借上げ住宅はやめておいた方が良いですよ」とアドバイスしていた。なので、神戸市が「第2次市営住宅マネジメント計画」(2010年6月)で財政的な問題を挙げながら「借上げ公営住宅入居者への退去を求める」という方針を明らかにしたときは、本当に驚き、そんなことが許されるはずがない、行政の被災者支援のスタンスがここまで劣化してしまったのかと憤りを感じるとともに、被災者支援の原点に戻って取り組みを続けていくことが何より重要なのだと認識させられたのである。今回の問題は東日本大震災でのみなし仮設問題とも共通する問題でもある。借り上げ住宅問題を被災者の人権という立場で解決することは、阪神・淡路だけでなく、東日本大震災の被災者支援にも通じていくのである。

※1 公営住宅の入居者としては対象外である若年単身者の入居をどうするのかも重要な課題であっったが、被災して住居を失った若年単身者も入居対象とされた。
※2 もちろん転居に応じた世帯には別の公営住宅のあっせんがあり一定の費用の助成もあるが、希望の地域や住宅が紹介されるわけではない。
※3 兵庫県は判定基準について「画一的な基準でもって判定するのではなく、心身の状態、医療・介護・福祉サービスの利用状況、地域コミュニティへの依存度や関係性など、 入居者の実情等も十分に勘案して、総合的、弾力的に判定する」としている(2015年12月22日記者発表資料)
※4 出口俊一「高齢の被災者の健康や安心、そして幸福を脅かす「借上公営住宅」問題」(『大震災20年と復興災害』クリエイツかもがわ)p20
※5 20年の期限というのは建物の所有者(UR等)と自治体の関係であり、入居者と自治体との関係で退去期限は存在せず、借り上げ期間満了時の転居条件だけが存在すると される。(吉田維一「『借上公営住宅』の現状と課題」(2015/10/11シンポジウム「借上げ公営住宅の強制退去を考える」資料)
※6 期限の記載がある入居許可書と期限がない入居許可証が混在する。
※7 この判例の訴訟は金額的な問題から軽易な問題でないという判断をしているが、専決処分に委任できる軽易な問題かどうかということが基本的問題である。
(参考)地方自治研究機構HP「市町村長の専決事項について」

觜本 郁(はしもと かおる)さんのプロフィール

元神戸市職員。阪神・淡路大震災後、ホームレス支援やニューカマー外国人を支援するNGOの活動に関わるとともに、市民の活動に学ぶ行政の在り方を求め神戸公務員ボランティアを結成。










 
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