法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
憲法をめぐる動向
イベント情報
憲法関連裁判情報
シネマ・DE・憲法
憲法関連書籍・論文
今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

「生活保護、いま何が問題か」

2016年6月13日



小久保哲郎さん(弁護士 生活保護問題対策全国会議事務局長)

なぜ生活保護のイメージは悪いのか
 皆さんは、「生活保護」と聞くと、どんな印象を持たれるでしょうか?
 「明るい」「役に立つ」「ぜひ利用したい」というプラスイメージでしょうか?
 「暗い」「お荷物」「関わりたくない」というマイナスイメージでしょうか?
 おそらく一般には後者のイメージを持つ方の方が多いと思いますが、なぜでしょうか?
 2011年7月、生活保護利用者が現行制度史上最多の205万人を突破してから、「保護費が財政を圧迫している」「不正受給が横行している」というメディアを通じたキャンペーンが強まりました。特に、2012年4月に人気お笑いタレントの母親が生活保護を利用していること(これは不正受給でも何でもありません)についての週刊誌報道を契機に、片山さつき氏ら現職国会議員が主導して巻き起こした「生活保護バッシング」には凄まじいものがありました。
 しかし、総人口の中の日本の生活保護利用率は2%弱で、先進諸外国(ドイツ9.7%、イギリス9.3%、フランス5.7%等)に比べると大変低くなっています。日本の生活保護費の対GDP比は0.6%で、OECD平均(2%)のわずか4分の1です。日本は先進国の中では異常に生活保護が活用されていない国であって、「保護費が特に財政を圧迫している」事実はないのです。また、不正受給も、金額ベースでは全体の0.5%程度であり、件数ベースでは2%弱です。しかも、その中には生活保護世帯の高校生のアルバイト料の未申告など、不正受給として扱うことに疑問のあるものも相当数含まれています。
※ 詳しくは、日弁連パンフレット「誰が得する生活保護基準引き下げ」(PDF)をご参照
 「生活保護バッシング」は、ごくごく一部の病理現象をあたかも制度全体の問題であるかのように取り上げ、世間に「生活保護制度やその利用者はどのように扱っても構わない」という空気を醸成してしまいました。

生活保護バッシングが生み出した相次ぐ生活保護削減
 そして、この生活保護バッシングが冷めやらぬ2012年8月、あまり知られていませんが、消費増税法と一緒に社会保障制度改革推進法という法律が成立しました。
 この法律は、「自立を家族相互、国民相互の助け合いの仕組みを通じて支援していく」として自己責任を強調し、「社会保障給付の重点化・制度運営の効率化を通じて負担の増大を抑制」するとして、社会保障給付全体の抑制を志向しています。
 この法律の附則2条に、生活保護基準の引き下げ等の生活保護改革が明記され、生活保護費の削減は社会保障費全体の削減の突破口として位置づけられました。
 そして、2012年12月の総選挙で「生活保護基準1割カット」を選挙公約に掲げた自民党が政権を奪取するや、2013年8月から3回に分けて最大10%、平均6.5%の史上最大の生活扶助(生活保護の生活費部分)基準の引き下げが実施されました。例えば、都市部の夫婦と子2人の世帯では月2万円もの引き下げです(期末一時扶助の削減も合わせると総削減額は740億円)。また、2013年12月には、不正受給の厳罰化、扶養義務者に対する調査権限の強化等を内容とする史上最大の生活保護「改正」法も成立しました(2014年7月から本格施行)。
 さらに、2015年度には、住宅扶助基準と冬季加算が引き下げられました。住宅扶助(生活保護で支給される家賃)の上限は、例えば大阪府・都市部の2人世帯で5万5000円から4万7000円に月8000円も減額されました(単年度の総削減額は190億円)。冬季加算(暖房費等の加算)は、寒冷地であるT区(2級地の1)の3人世帯で3万4110円から2万8320円に月5790円も減らされました(単年度の総削減額は30億円)。
 「これでもか!」とばかりに次から次へと続く削減策に、生活保護利用者の生活は、真綿で首を締められるように絞り上げられています。

生活保護を「最初の生け贄」に進む社会保障全体の削減
 先に述べた社会保障制度改革推進法は、社会保障制度全体を削減していくという法律ですが、生活保護が、その「最初の生贄」として利用されました。それは、生活保護利用者が、高齢者、障害・傷病者、母子家庭等、さまざまハンディを持ち孤立しがちで、政治的・社会的に声を上げにくい、弱い立場に置かれているからです。また、生活保護制度が、生存権保障の岩盤(ナショナル・ミニマム)となる制度であり、ここを切り崩せば、その上にある諸制度も崩しやすくなるからです。
 実際、この法律に基づき、生活保護の削減のあとを追う形で、@70〜74歳の医療費窓口負担割合の増加、A介護保険の利用者負担の増加、B介護度の軽い者の保険対象からの除外などが決められたことは、ご存知の方も多いでしょう。さらに年金支給開始年齢の引き上げや医療費抑制策などが検討されています。
 憲法25条が保障する生存権は、既にこの法律によって骨抜きにされかかっていると言っても過言ではありません。

憲法裁判に立ち上がる当事者と自民党改憲草案
 上記のように前代未聞の生活保護基準の削減に対して、現在、全国27都道府県で900名を超える生活保護利用当事者が原告となり、違憲訴訟を提起して争っています。
 一般に生活保護基準をめぐる裁判は、「行政裁量論」(行政には幅広い裁量があって、裁量権の逸脱濫用がある場合に限り違法になるという考え方)から原告側に厳しい判断になりがちです。ただ、今回ばかりは、違法判断が出る可能性も十分あると考られます。
 なぜなら、国は、これまで生活保護基準を下げる際には、一応、学識経験者の専門委員会の検討を踏まえていたのに、今回は、専門委員会(社会保障審議会・生活保護基準部会)の検証を全く経ずに「物価下落」を考慮して引き下げ総額の8割近くを削減したのです。しかも、そこでは総務省が通常利用している消費者物価指数(CPI)の方式(ラスパイレス指数)を使わず、学説上も実務上も全く前例のない「生活扶助相当CPI」という、物価下落のバイアスが大きくかかる独自の方式が使用されています。2012年12月の自民党への政権交代からわずか1ヶ月後の2013年1月に選挙公約(生活保護基準1割カット)の結論を導くために相当無理のあることが行われたとしか考えられません。
※ 詳しくは、白井康彦?「生活保護削減のための物価偽装を糾す! ここまでするのか!厚労省」(あけび書房)や当会(生活保護問題対策全国会議)HPに掲載させていただいている池田和彦氏(筑紫女学園大学教授)の論稿をご参照ください。
http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-99.html
 余談になるかもしれませんが、自民党・憲法改正草案の生存権規定はあまり変わっていないからといって油断してはなりません。同草案は、「家族は互いに助け合わなければならない」という22条1項を新設しています。本来、国家権力を縛るための憲法になぜこのように不似合いな条項が入れられているのか。そこには、生存権を保障する国家の責任を放棄しようとする姿勢が隠されています。「生存の保障を国に頼るな。家族や地域で助け合え」という国づくりが目指されているのであり、人気お笑いタレントに対するバッシングにはそうしたメッセージが込められていたのです。
 「世間」が総動員された生活保護バッシングは、今、ブーメランのように国民全体に跳ね返って来ています。

◆小久保哲郎(こくぼ てつろう)さんのプロフィール

1965年生まれ。京都大学法学部卒業。1995年大阪弁護士会登録。野宿生活者や生活保護利用者の法律相談や裁判に取り組んできた。現在、日弁連・貧困問題対策本部事務局次長、大阪弁護士会・貧困・生活再建問題対策本部事務局長、生活保護問題対策全国会議事務局長。
編著に「すぐそこにある貧困・かき消される野宿者の尊厳」(法律文化社、2010年)、「間違いだらけの生活保護バッシング」(明石書店、2012年)、「間違いだらけの生活保護『改革』」(明石書店、2013年)、「Q&A生活保護利用者をめぐる法律相談」(新日本法規、2014年)などがある。



<法学館憲法研究所事務局から>

生活保護関連の今週の一言(肩書は当時)

小川政亮さん(日本社会事業大学名誉教授)2007年8月27日

藤藪貴治さん(北九州市立大学講師・当時)2008年1月14日

和久井みちるさん(生活保護問題対策全国会議幹事・当時)2013年5月13日

荒井純二さん(生存権裁判を支援する全国連絡会事務局次長)2016年2月22日



 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]