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ヘイトスピーチ解消法と今後の課題

2016年7月18日



郭辰雄さん(特定非営利活動法人コリアNGOセンター 代表理事)

 5月24日、衆院本会議において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下「解消法」)が可決され、成立した。これまでヘイトスピーチに反対の声をあげ、その規制を求めてきた当センターとしても解消法の成立は感慨深いものである。

■解消法成立の意義
 ヘイトスピーチをめぐっては、国内外からの規制を求める強い声がありながらも「表現の自由」という理由で放置・容認され、むしろそれに抗議の声をあげる人々が、警察から厳しい規制を受ける現状が続いてきた。今回成立した法律は、在日外国人に対する「差別的言動」が、被害者への「多大な苦痛」と「地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」という害悪を認め、その解消を「喫緊の課題」(第1条)であるとして「差別的言動は許されない」(前文)と、ヘイトスピーチを許さない基本姿勢を明確に宣言している。また国および地方自治体に、「不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する施策を実施する」責務があると明記し、行うべき具体的な施策として「相談体制の整備」、「教育の充実」、「啓発活動」などを定めている。
 また解消法は、これまで人種差別・民族差別を禁止・規制するための法律が日本には全く存在しなかったなかで、初めて関連する国内法が制定されたことは、ヘイトスピーチのみならず、人種差別・民族差別を禁止していくための歴史的な一歩であると評価できる。
 こうした成果は、ヘイトデモの現場におけるカウンター行動をはじめ、この間のヘイトスピーチに抗議・反対する当事者や支援者の運動が、国会の内外での粘り強い努力があって、この法律が実現できたといえる。

■いくつかの問題点
 しかしこうした評価の一方で、本法律には今後改善されるべき重大な問題がいくつかある。
 それは第一に、保護対象者を、本邦外出身者のなかでも「適法に居住するもの」に限定したことである。そもそもヘイトスピーチとは人種等に基づく属性を理由に行なわれる差別扇動であり、その被害当事者が居住国に「適法」に滞在しているかどうかはまったく別の問題である。しかしこうした定義が存在することで、「朝鮮人を叩き出せ」と主張する明らかなヘイトスピーチが、「不法滞在の朝鮮人を叩き出せ」とすることで、ヘイトスピーチとは見なされないという歪んだ解釈を与えかねない。したがってこの「適法に居住する」という定義は人種差別撤廃条約の理念に違反しており、必ず削除されなければならない。
 第二に、そもそも本法律は「本邦外出身者」だけを対象とした法律であり、被差別部落や沖縄、アイヌなど人種的・民族的マイノリティに対するヘイトスピーチが除外されてしまっている。これまで繰り広げられてきたヘイトスピーチはこうした人たちも明確にターゲットとされて繰り広げられてきた。こうした現状をふまえて、あらゆる人種的・民族的マイノリティがその保護対象とされるように法改正、あるいは別途法律の制定が求められる。
 第三に、今回の法律は、「差別的言動は許されない」と宣言しつつも、ヘイトスピーチが「違法」であると明確にはしておらず、「禁止規定」も設けられていないため、その実効性が十分に担保されているとはいいがたい。
 これらの問題点については本法律の審議過程でもヘイトスピーチの解消を望む人たちから厳しく批判されてきたところであり、それを受けて、最終的には与野党間での協議や国会審議を経て、本法律の附則に「法律の施行後も実態を勘案して必要に応じ検討を加える」という点が明記された。
 また法的拘束力がないとはいえ、附帯決議では、国や地方自治体に「憲法や人種差別撤廃条約の精神にかんがみ、適切に対処すること」を求め、また保護対象者についても、「(定義)以外のものであれば、差別的言動が許されるとの理解は誤りであり、許されないものがあることを踏まえる」と明記されることとなった。
 本法律自体にはさまざまな問題があるが、附則や附帯決議もふまえながら、私たちとしてもより効果的なヘイトスピーチの規制のためにこの法律がより良いものに進化・発展できるよう、継続して働きかけていく考えである。

■法律制定後の変化
 上記のように、法律にはさまざまな問題点があるとはいえ、その成立以降さまざまな変化が見られる。
 6月5日、在日コリアン集住地域である川崎市桜本周辺でヘイトデモが予告されていた。同地域ではこれまでも何度も深刻なヘイトデモが繰り返されていた地域であるが、今回は川崎市が公園使用を認めず、また裁判所も同地域の社会福祉法人施設から半径500メートル以内での街宣活動禁止の仮処分を決定したため、同地域でのデモは中止された。そして同日、川崎市内の別の場所でヘイトデモが行われようとしたが、数百人の市民の抗議によって中止を余儀なくされている。
 これに先立つ6月3日には警察庁が各都道府県警および関連機関に、「いわゆるヘイトスピーチといわれる言動やこれに伴う活動について違法行為を認知した際には厳正に対処するなどにより、不当な差別的言動の解消に向けた取組に寄与されたい」とする通達を出している。また6月20日には文部科学省が各都道府県教育委員会および関連機関に「本法について十分了知されるとともに、本法を踏まえた適切な対応について御留意願います」との通達を出しているなど、政府機関でも具体的な対応がはじまっている。
 一方、地方自治体でも大阪市のヘイトスピーチ条例が7月1日から全面施行され、市民団体がヘイトスピーチに該当する行動について大阪市に申し立てをおこなっており、今後の大阪市審査会での議論が注目されるところである。また京都や神戸など大阪市以外の自治体でもヘイトスピーチ対策の具体策を求める市民の取り組みが進み始めている。

ヘイトスピーチ根絶のために不可欠な市民の参加
 これまで私たちはヘイトスピーチの現場で、あるいはヘイトスピーチの規制を求めた地方自治体との交渉の過程で、「表現の自由」、「国の法律がない」ことを理由として、何ら効果的な対応をとることができない現実に数多く直面し、その壁を突破できないもどかしさを抱きつつ、ヘイトスピーチに対峙してきた。
 そうしたなかで解消法が成立し、私たちはようやく現状を変えていく大きな出発点に立つことができた。しかしヘイトスピーチを規制するために解消法や条例が実効性を持つためには、監視や抗議、行政機関への働きかけなど、ヘイトスピーチを許さない市民の取り組みが今後も不可欠である。
 同時に、ヘイトスピーチとはあくまで人種差別の一形態であり、その根絶のためには、人種差別全般を禁止するための「人種差別撤廃施策推進法案」などの包括的な基本法の制定が求められるところである。
 これからも私たちは当事者としてヘイトスピーチを断固許さず、また他の多様な当事者たちと連帯しながら、あらゆる人種差別・民族差別・マイノリティ差別を許さない社会の実現に向けて努力していきたい。

◆郭辰雄(カク・チヌン)さんのプロフィール

1966年、大阪生まれの在日コリアン三世。神戸学院大学卒業
1990年から在日韓国民主人権協議会での勤務を経て2004年にコリアNGOセンター設
立に参加。現在代表理事を務める。外国人の「人権」の視点から、差別のない民族共
生社会を実現に向けて事業に取り組んでいる。
編著に「日本における外国人・民族的マイノリティ人権白書2014」(2014年 外国人
人権法連絡会)、「知っていますか?在日コリアン一問一答」(2014年 解放出版
社)など



 



 
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