法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
憲法をめぐる動向
イベント情報
憲法関連裁判情報
シネマ・DE・憲法
憲法関連書籍・論文
今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

「官製土壌ロンダリング」豊洲新市場・都の行った汚染地の偽装

2016年12月26日



水谷和子さん(一級建築士)

 築地再整備は鈴木都知事時代の'91年に着手されましたが、400億円の工事費を投入したものの、'96年に計画の見直しが図られました。それから現在まで、市場の移転計画は20年の歳月を経ています。地下水に満たされた地下空間が発覚したのは、小池新都知事が移転延期を宣言して間もない9月でした。それまで都が行っていた杜撰な汚染対策が、20年目にして一気に世間の注目を浴びることになりました。
 移転計画は大きく前半部分の'96〜06年と後半部分の'07〜16に分ける事ができます。前半は東京ガス工場跡地の市場用地交渉から用地取得まで(一部は'11年購入)と後半は汚染調査、対策工事、施設工事、そして移転の中断と続きます。
 用地交渉が進められていた'99年石原都知事が初当選します。'06年に用地取得の目途をつけ、PFIの事業者が決まれば施設工事、市場移転、築地市場内環状2号線工事と2016年オリンピック開催に向けて計画は着々と進められる筈でした。
 ところが計画半ばの'07年に大きな番狂わせが生じます。オリンピック招致に意欲を燃やした石原氏にとっては、3選目を賭けた都知事選挙でした。当時仲卸を中心に、移転反対運動は最高潮に達していたこともあり、都知事は専門家による汚染の検証を約束したのです。再選を果たした都知事は専門家会議を開き、その調査で、ベンゼン43000倍、シアン化合物860倍(後に930倍)などの汚染が見つかりました。汚染問題の早期決着を図った石原都知事ですが、かえって移転を困難にしてしまいました。
 私がこの問題に関わったのは、汚染調査が佳境に入った'08年です。友人に誘われ、たまたま築地の見学会に参加しました。案内してくれたマグロ屋さんから後日、専門家会議の傍聴に誘われる様になりました。当時議論になっていたのは、汚染の深度方向の調査範囲です。土壌汚染対策法(土対法)は10mまでの調査を求めていますが、都の主張は、それよりも浅いところの難透水層までで調査を止めるというものです。それに疑問を持ち(人生で初めて)情報開公開度で土質調査報告書を開示請求しました。その中に、都の虚偽報告の証拠があったのです。
 都は専門家会議に「難透水層」の地質データ「透水係数」を一桁安全側に書き換えて報告していました。これが私の見つけた都の第一の偽装ですが「都はこんなところで嘘付くのだ」と衝撃を受け、私なりの「監視」を開始するきっかけとなりました。
 都が削減を図った汚染対策費は全体の3,4割程度に達するのではないかと思います。偽装の背景には一つに工期、'16年オリンピック開催に間に合わせる必要があること、もう一つは追加の汚染対策問題があります。東京ガスの行った汚染対策工事は100億円程度ですが、その後東京都が行った追加工事は約850億円にもおよびます。(表1PDF)
 '06年の用地取得に際し、東京ガスには大量の汚染の残置を認めながら、都は財産価格審議会に対し「既に条例に基づく適切な処理対策が実施され、その作業は完了しており、現在汚染物質は存在しない」('06年11月10日)などの嘘の議案書を提出、また「汚染土壌処理基準以下になるように処理を行っております」('06年12月12日経済港湾委員会)など都議会でも虚偽答弁を繰り返していました。(表2PDF
 この様に汚染処理について、二枚舌を使って用地取得したため、専門家会議で大量の残置汚染が発覚すること自体、都にとっては都合の悪い事でしたし、追加の対策は誰の負担で行うかの問題も生じてしまうのです。
 第二の偽装は'11年、形質変更時要届出区域の指定の申請(土対法14条1項)に添付された「状況調査報告書」にあります。ベンゼンの汚染区域305区画を汚染区域から除外、報告書を偽装しました。このベンゼンの帯水層底面未調査(規則8-2-1-二)問題は、都の資料を読み込んで分かった事です。状況調査報告書は環境大臣の認可を受けた「指定調査機関」応用地質(株)が行っていますが、発注した都の仕様書では、最初から一部の汚染区域外しを指示しています。
 指定調査機関が施主の違法な指示に従ってしまえば土対法は骨抜きになります。この構図、以前問題になった姉歯耐震偽装の時の指定確認審査機関の関係と良く似ています。
 こちらの指摘に対し都環境局は、未調査の事実を認めたものの、審査は「自治事務」であるとして逃げ切るつもりです。しかし都民だけがベンゼン吸い放題では、国が全国一律の調査方法を省令で定める意味が無くなってしまいます。今回の様に汚染調査の施主も審査者も同じ自治体ですから、指定調査機関さえ巻き込めば、汚染の隠ぺいは容易です。それは公共事業で民間の汚染地を購入する場合、不正な利益供与が容易ということでもあります。まさに「官製土壌ロンダリング」です。
 最近、地質汚染調査の研究者、実務者のセミナーで、上記の報告をする機会がありました。参加者から「全国的にもありがちな問題」との発言がありました。今回の事をきっかけに、土壌ロンダリングの実態が全国からも報告されることを期待します。
 汚染の実態がどうであるのか、専門家会議が指示した都の調査データから分布図を作成しました。(図1PDF)
 工場のプラント群が密集していた5街区はベンゼンの汚染が特に多く、廃棄物を処理していた6.7街区はシアン化合物が突出していることが分かります。また地下水で汚染が出ていても、土壌汚染処理の対象となっていない箇所が数多く存在する事も分かりました。土対法の汚染調査は10mメッシュを単位に、中心に7cmの管を差し込んで試料採取をして行います。そのサンプリングでたまたま見つかった汚染がその区画を代表する汚染となるのですが、豊洲市場の場合汚染のタール溜りはクラスター爆弾の様に散らばっているため、汚染を見落とす確率の方がはるかに高いと考えられます。
 表層(AP2〜4m)(Arakawa Peil の略。荒川基準水面。AP=0は、ほぼ干潮時の水面に近い数字)は土壌処理を行っていますが、AP2mより下は汚染処理をしていない区画も多数あります。地下空間に露出していた砕石層の直ぐ下です。(図2PDF)
 地下空間は汚染が露出しているのに近い状態ですから、危険で無い訳がありません。最近の調査で、空気中の水銀が換気後も国の指針を超えてしまう事が分かりましたが、地下水由来の汚染と公表されています。調査で見逃された汚染源が地下水を汚染し続けている証拠です。揮発性の汚染物質は他にもベンゼンやシアン化合物などがありますが、最近の調査で何れも地下水から汚染が検出されていることが分かりました。これらも汚染源が残っている証拠です。中枢神経毒、発がん性、催奇形性毒など、環境に放出してはならない毒性です。
 都は地下空間の換気をすれば大丈夫との結論を出そうとしていますが、永遠に換気を続ければならない市場とは一体何なのでしょうか。これには仲卸さん達も怒り「(工場由来の)汚染は全部除去すると、ずっと言っていたじゃないですか!」と抗議をしています。
 そもそも問題になっている盛土はなぜ必要だったのか、専門家会議の提言は次の様なものでした。"汚染の全部除去は不可能,地下水も汚染され続けるので、地下水の水位をAP2m以下に保ち、4.5mの健全土をバリヤーとし、地表面に上がる汚染ガス濃度をコントロールする。"しかしこれまでの地下水位はほぼAP2.5m〜4.5mです。目標値からは程遠く、地下水コントロールシステムは破たんしておりかつ、大気に放出する汚染も建物内外問わずコントロール不能に陥っている状態と言えます。
 市場としては不可能な汚染地、これが新市場の実態です。しかしなぜ豊洲が候補に上がったのか、長らく疑問でした。汚染原因者である東京ガスと東京都との用地取得交渉経緯は開示請求をかけた6年前からずっと黒塗りのままでしたが、11月末、小池都知事の方針により、ほぼ全開示となりました。開示された日「信じられない事が起こっている。まるで民主主義の壮大な実験場だ」と知り合いのジャーナリストは興奮気味でした。
 開示資料では、市場の立地上の最大の問題である、汚染問題と2本の幹線道路による市場の分断について、解決の見通しが立たないまま交渉が進んでいます。少なくても市場のための移転でなかった事が良く分かります。結局移転の最終目的は築地跡地の開発狙いにあったと見られますが、現在(首謀者の)目的が完結していない以上、関係者からの移転圧力は働き続けると思います。油断はならないのです。
 6000億円もかけた移転事業は現在、PT会議や専門家会議での検証が続いています。結果は不明ですが、他にも環境アセスの行政手続きに1〜2年を要しますし、このような状況では農水大臣の開場認可が下るかどうかも不明なのです。一方新市場は、大手の流通にも生産者にも見放されつつあります。汚染問題で消費者の理解が得られなければ、商売が成り立たず、荷も集まらないからです。築地の仲卸さんたちにとっては「行きたくてもいけないでしょう!」という状況です。豊洲新市場は限りなく「まぼろしの市場」となりつつあります。
 移転反対運動は、一旦は仲卸さんたちの運動の消滅で低迷し続けました。しかしここまで持ちこたえる事が出来たのは、移転問題関連の裁判のお陰です。裁判開始の7年前、梓澤和幸弁護団長は「裁判が運動の最後の砦になる」と話されました。「その通りになった」と今、感慨深く思います。

◆水谷和子(みずのや かずこ)さんのプロフィール

1952年生れ。一級建築士。8年前より移転問題に関わり、コアサンプル廃棄差し止め訴訟を経(現在)汚染地購入問題・石原慎太郎氏に公金の返還を求める裁判の原告メンバー。大月書店より共著「築地移転の闇をひらく」12月26日出版。



 



 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]