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待機児童対策と子どもの権利

2017年1月23日



普光院 亜紀さん(保育園を考える親の会代表・保育ジャーナリスト)

はじめに
 2016年は、「保育園落ちた日本死ね」という匿名ブログの書き込みが国会でも取り上げられ、保育所(認可保育園)の待機児童問題が、今までになくクローズアップされた1年間でした。実際に、働く親にとって、現在の保育所等の不足は、非常に深刻なものとなっています。
 私が主宰する「保育園を考える親の会」は、1983年、母親が子どもを産んでも仕事を続けるために必要な保育園の情報がまったくないことを問題にし、『保育園110番』という本を発行したことがきっかけで始まりました。以来、30余年間、男も女も仕事も子育ても普通にできる社会を望み、交流し、支え合い、意見を発信する活動を継続してきました。
 現在の状況は、まさに働く親たちのピンチです。一刻も早く待機児童問題を解消してほしいとみんなが願っていますが、一方で、今のようなやり方で本当にいいのかというジレンマも多くの親たちが感じています。

保育の構造的な特質
 保育所等の保育を、親が利用する「託児サービス」だと考えている人は多いと思います。しかし、保育は子どもの人権に関わる営みです。保育施設は毎日8時間から10時間、あるいはそれ以上の時間、子どもが生活する環境となり、子どもの生命や発達、生活の質を保障する場となります。
 通常、私たちが売り買いするサービスは、選択しお金を払う人がその品質を確かめますが、保育される子どもたちは、自ら保育を選択できず、質の悪い保育を受けても訴えることができません。これは、介護や障害者支援とも通ずるところのある構造的な特質です。
 たとえば、朝、親が子どもを連れてきたときは保育者がにこやかに子どもを抱き取るけれども、親が去れば最低限のケアしかせず、放置して泣かせっぱなしにたり、言うことをきかないと乱暴に扱ったりする、夕方親が迎えにくる時間には、おもちゃを出して、楽しく遊んでいたかのように取り繕うというようなことが、保育施設では容易にできてしまいます。そこまで悪質な施設は少ないはずですが、内部告発や死亡事故が起こった施設の調査で、このような実態が明らかになることがあります。
 保育の質を見抜くことは親にとって困難なことです。経済学的には、これは「情報の非対称性」による市場の失敗(競争による質の淘汰が起こらない)の例とされます。人権の視点から言えば、質の低い保育は、子どもの命が守られる権利、発達する権利、教育を受ける権利(就学前教育=主体的な遊びにより興味・関心を広げ心身の発達を促される)、意見を表明する(欲求を受けとめてもらう)権利の侵害にほかなりません。
 保育がこのような特質をもつからこそ、基準や指針が定められ、それを満たすために必要な費用の一部が国や自治体から支出され、それに付随して指導監査が行われるという認可保育所のしくみがつくられました。しかし、都市部の深刻な保育所等の不足は今、これらのしくみを根底から揺さぶっているように見えます。

保育室は狭くなっている
 都市部では、待機児童問題を解消するため、より多くの子どもを受け入れることができるように保育室の面積基準の緩和が実施されています。
 保育所の保育室の面積は、現行の国基準で1人当たり2歳未満児3.3平方メートル、2歳以上児1.98平方メートル(+屋外遊技場3.3平方メートル)です。この面積基準は、先進諸国と比較しても狭く、2009年に建築の専門家らが保育に必要な面積を実測して調べた調査研究でも不十分とされています。(図参照)

 

(2009「機能面に着目した保育所の環境・空間に係る研究事業」全国社会福祉協議会 より)


<「機能面に着目した保育所の環境・空間に係る研究事業」による最低限必要な1人当たり保育室面積>
 2歳未満児4.11平方メートル
 2歳以上児2.43平方メートル

 (注)食事の動作空間と午睡の動作空間に配膳などのための最低限の面積を積算して算出。生活時間が個々に異なる2歳未満児は、同時に両方の面積が必要。遊びのために必要な面積は含まれていない。


 ところが現在、2012年に施行された地方分権一括法により、待機児童の多い自治体は条例により国基準を下回る面積基準を定めてもよいという時限措置(2020年3月31日までの間)がとられています。
 詰め込みすぎれば子どもの安全が脅かされることは明らかで、基礎自治体レベルでこの緩和を導入しているところは大阪市くらいしか聞きません。
 面積基準は子どもを守るガードレールのようなものです。狭いスペースでの保育は子どものストレスが大きくなり、ケガがふえる、遊びが制限される、障害児の保育ができないなどの問題が起こってきます。子どものために環境を保障しようと考える施設は、面積基準よりもゆとりをもった定員設定をしてきました。しかし、今は、そんな施設も定員を超えて面積基準の許す限り子どもを受け入れるよう自治体から要請されるようになっています。施設の経営者や自治体の担当者の考え方がどうであれ、これ以下になってはならないという歯止めをかけるのが基準です。これを大人たちがいろいろな事情を並べて引き下げることは、子どもの権利の侵害にほかならないと思います。

園庭がない保育所が圧倒的多数の地域も
 3歳以上の子どもの教育機関である幼稚園には、園庭が必ずあります。基準で必ず必要と定められているからです。ところが、保育所等の場合は、近くの公園を代替してもよいという「但し書き」があります。
 それでも、つい最近までは、認可の保育所には園庭があるのが常識でした。ところが、待機児童対策が進み、保育所が急激にふえ始めてから、園庭のない施設が急増しています。
 もちろん園庭がなくても、周囲の環境を上手に利用して、子どもの戸外遊びを確保している施設もありますので、園庭だけで保育の質を語ることはできません。とはいえ、周囲の環境にもよりますが、3歳以上の子どもの保育で、専用の園庭がない、保育室も狭いというのは、保育者にとっても子どもにとっても負担が大きくなりがちです。都心部では、児童公園で複数の保育所のお散歩がかちあってしまうことも発生しています。
 親ももちろん「園庭はあったほうがいい」と考えていますが、「それでは保育所をふやせませんよ」と言われたら、「しかたないか」となってしまうでしょう。でも、それでいいのでしょうか。整備する立場の自治体は安易に「なくてもいい」と考えるのではなく、子どものために良好な環境を保障するように努力する責任があると思います。実際、努力している自治体とそうではない自治体の間には格差が生まれています。(図参照)

値が0となっている自治体は、非回答。
大田区は、調査結果発表後に数値が変更になった。
(2016「100都市保育力充実度チェック」保育園を考える親の会より)

 

保育士配置の緩和
 保育の質の最も重要な部分をなすのは、「保育者の質」です。保育所は、子どもの人数に対して決められた基準どおりの有資格者(保育士)を配置しなければなりません。しかし今、たいへんな保育士不足になっています。保育士の処遇が低いために、せっかく資格をとってもほかの仕事についてしまう保育士がふえているためです。保育士不足が待機児童対策のネックとなると同時に、全体の資質低下にもつながっています。
 国や自治体は現在、保育士の処遇改善に取り組んでおり、まもなく成果が上がってくるものと思われます。しかし同時に、従来は有資格者でなくてはならないかった部分を、無資格者や別の資格をもつ者でもいいようにする規制緩和も進められています。
 保育所保育指針は、子どもの主体的な遊びや活動の重要性を説いています。それが、最もバランスよく子どもの心身の発達を促すことがわかっているからです。しかし、一人ひとりの子どもあるいは集団の発達を見て、その主体性が発揮されるように遊びの環境や活動の内容を考えるには、保育者の専門性とそれを発揮できるゆとりが必要です。保育士の配置を減らすような施策は、保育現場のゆとりを奪い、保育の質を低下させ、子どもの発達する権利を脅かすのです。

誰が子どもの立場から考えるか
 親はもちろん、子どもに質の高い保育を受けさせたいと思っていますが、保育所が見つからず働けないのは困ります。子育てのための経済的基盤が脅かされてしまうからです。
 国や自治体は、待機児童ゼロを目標に掲げて頑張ろうとしています。しかし「迅速に」「効率的に」が優先して、質を犠牲にした拙速な整備も見られます。
 こうして大人たちは「しかたないねえ」と合意しているわけですが、その保育を受ける当事者である子どもは、ものが言えません。
 昨年5月に改正された児童福祉法は、健やかに養育されることを子どもの権利として明記しました。国・自治体・親も含めた国民全体がその責任を負っていることを忘れてはならないと思います。


◆普光院 亜紀(ふこういん あき)さんのプロフィール

保育園を考える親の会代表。保育ジャーナリスト。
上越教育大学・横浜創英大学 非常勤講師。
『共働き子育て入門』(集英社)、『共働き子育てを成功させる5つの鉄則』(集英社)、『変わる保育園』(岩波書店)、『よくわかる保育所保育指針』(共著、ひかりのくに)、『保育園のちから』(PHP)、『「保育」の大切さを考える』(新読書社)、ほか著書多数。



 



 
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