法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
憲法をめぐる動向
イベント情報
憲法関連裁判情報
シネマ・DE・憲法
憲法関連書籍・論文
今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

健康格差社会への処方箋

2017年2月13日



近藤克則さん(千葉大学 予防医学センター 社会予防医学研究部門 教授、国立長寿医療研究センター 老年学評価研究部 部長)

 「健康は自己責任」なのか.だったら「いのちの格差」も自業自得だから仕方ないのか.どの程度の「健康格差」が日本社会にあるのか.健康格差はどのようなプロセスでつくられるのか,健康格差への対策づくりや,その対策を取ることへの合意には何が必要なのだろうか.これらの点について考えてみたい.

健康は自己責任か
 がんや心血管疾患,糖尿病,医療費が嵩む血液透析などは,「本人の生活習慣が原因だから自己責任だ」と言う声がある.しかし,疾患や健康状態は,生活習慣だけで決まっているわけではない.本人の努力の及ばない遺伝子の影響もあるし,社会的な(環境)要因の影響も受けている.例えば,オランダにおける心血管疾患による死亡率は,戦時に食糧不足の年に生まれた人たちで高く,イギリスで64歳までの糖尿病発症率を調べた研究では出生時の体重が小さい人で5倍以上多かった(図1).母体内の胎児や貧困にさらされている子どもにまで自己責任は問えないだろう.健康は社会や環境の影響も受けているから,自己責任を問い,個人を責めるだけでは改善しない.だから社会や国として対応すべきだという智恵や合意が生まれた.それが憲法第二十五条「国は,すべての生活部面について,社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」である.

健康格差社会とは何か
 健康に社会や環境が影響していることは,地域間や集団間で健康状態が異なることからもわかる.地域で言えば,都道府県や市町村,小学校区などの地域間で比べると,平均課税所得の低い地域や社会参加する人が少ない地域で健康状態は悪い.集団で言えば,正規労働者に比べ非正規労働者や失業者,職業階層の低い者,教育を受ける機会を得られなかった人,低所得の人たちに不健康な人が多い.これを健康格差と呼ぶ.良くある誤解は,貧困層でのみ,その影響が見られるというものである.調べてみると,中位層も上位層よりは悪く,上位層も最上位層に比べると悪いという相対的なもので,多くの人に関わる問題である.
 憲法第二十五条「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と謳われているように,健康は,かけがえのない基本的人権である.そして「格差」とは,価値判断を加えない「較差」とは異なり,基本的人権に関わる「避けられるべき,望ましくない較差」という価値判断を含んでいる.だから健康格差が大きな「健康格差社会」は,社会として健康ではない.だから社会として健康格差の縮小をめざして対策を講じるべきだという政策目標が掲げられるようになった.それが世界保健機関(WHO)の第62回(2009年)世界保健総会の決議(PDF)であり,日本の厚生労働大臣告示(PDF)である.

対策(処方箋)に必要な3段階
 健康格差社会への対策(処方箋)には,1)現状の把握,2)生成プロセスの解明,3)有効な対策法(処方箋)の開発,の3段階がある.我々が取り組む日本老年学的評価研究(Japan Gerontological Evaluation Study,JAGES)プロジェクトでは,日本の高齢者3〜10万人超を対象とした実証研究で,地域間・社会階層間の健康格差の実態を明らかにし,プレスリリースで社会に還元してきた.

1.現状の把握
 食事の用意や買い物,電車バスを使った外出などの活動能力(IADL)が低下している人は認知症を発症しやすいリスクを抱えているとわかっている.このIADLが低下している人の割合を市区町村間で比べて見ると,前期高齢者に限定しても約3倍の差が見られる.つまり認知症になりやすいまちがある.そして,スポーツの会に参加している人の割合が多い市区町村でIADL低下者割合は低い傾向が見られる(図2).
このような社会参加など人々のつながり(ソーシャルキャピタル)が乏しい地域や貧困・低学歴など社会経済的に苦しい立場に置かれた人たちで,健康状態が悪いという健康格差が日本にもある.

2.プロセスの解明
 ただし,このようなある一時点での2要因の相関分析だけでは,不健康な人たちほど社会参加が難しかったり,所得が下がったりするという「逆の因果関係」を含んでいる.逆の因果関係を排除するには,追跡調査をして,健康であった人だけを分析対象にする必要がある.そこで追跡調査をして逆の因果関係を排除しても,社会経済的要因が先にあって,それらで低位にある人たちから不健康が多く生じていることを確認した.
 健康格差が生まれるプロセスとして,子ども期に社会経済状況が低かった人たちで高齢期になってからのうつ症状新規発生確率が1.3倍多いこと,公園の近くに住んでいる人たちで運動頻度が2割多いこと,スポーツや趣味の会などに参加する人が多い地域では高齢期に歯を失う人の割合が低いことなどを明らかにしてきた.つまり,ライフコースや社会環境要因などが複雑に絡み合い健康格差を生み出している.

3.有効な対策法(処方箋)の開発と効果検証
 低所得や低学歴の人ほど,社会参加が少ない傾向がある.果たして,社会参加を増やすことはできるのか,ある地域で「サロン」と呼ばれる社会的交流の場を増やす介入研究を行ってみた.その結果,低所得や低学歴の人においてもサロンに参加する人を増やすことはできること,社会参加している人たちで要介護認定を半減できることなどを明らかにした(図3).
国レベルの対策としては,「見える化」システムの開発に取り組んできた.地域間の健康格差の現状が見えることによって,健康格差対策への社会的合意形成,地域づくりによる介護予防政策への転換やその効果評価など,政策マネジメントに使えるシステムの開発と位置づけている.

健康格差社会への処方箋
 多くの要因が複雑に絡んでいる故に,健康格差対策(処方箋)も総合的である必要がある.1)ミクロレベルでは,子どもの貧困や肥満,自尊心を含む能力などを開発する教育支援,2)メゾレベルでは,社会参加を促し,心理社会的ストレスを緩和し,より健康的な行動を促すようなソーシャルキャピタルや建造環境(Built Environment)などに着目した地域・職域・学校における対策,3)マクロレベルでは,受診格差を抑制するような医療資源の配置や非正規雇用対策,社会(保障)政策による社会経済格差の縮小など,多様で広範な対策が考えられる(表).その担い手には,保健医療専門職だけでなく,教育,都市,地域,労働などの社会政策担当者や企業,NPOなど多くの部門や人々も含まれる.

 「重要性はわかるが,格差縮小の実現は困難ではないか」という声もある.しかし,人権意識の高いヨーロッパ諸国を筆頭に,息の長い取り組みは広がりを見せている.しかも,平均寿命の格差において,英国における地域間格差や米国における人種間格差の縮小がすでに確認されている.つまり,健康格差の縮小は実現可能である.
 憲法第二十五条「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という基本的人権に関わる「避けられるべき,望ましくない健康格差」が日本には存在する.加えて,その原因となっている社会経済的格差の拡大は,少子化や経済成長の鈍化をも,もたらしている.そのことを踏まえると,健康格差と関連指標を「見える化」し,格差の小さい社会をつくっていくことは,日本社会に取って優先度が高い課題である.
 拙著『健康格差社会へ処方箋』(医学書院,2017)で詳しく論じたように,憲法二十五条「国は,すべての生活部面について,社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」という理念の深い理解と,その実現への合意,そして具体的な政策群の導入・強化が必要である.

◆近藤克則(こんどう かつのり)さんのプロフィール

2000年に「要介護高齢者は低所得者層になぜ多いか−介護予防政策への示唆」を発表してから一貫として健康格差研究とその対策の必要性について発信してきた.日本の高齢者10万人超を対象とする大規模縦断研究JAGES(Japan Gerontological Evaluation Study,日本老年学的評価研究)プロジェクト代表.現在,千葉大学 予防医学センター 社会予防医学研究部門 教授,国立長寿医療研究センター 老年学評価研究部 部長を併任.新刊に『健康格差社会への処方箋』(医学書院,2017)



 



 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]