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抱えない介護〜つどい場さくらちゃんの活動からみえること

2017年3月20日



丸尾多重子さん(NPO法人つどい場さくらちゃん 理事長)

こんにちは!
兵庫県西宮市で「つどい場さくらちゃん」を初めて14年目のまるちゃんです。
「つどい場」って何?という質問をよく受ける。
一人では生きてゆけないのが"ひと"——特に障害を抱えて生きるひと、高齢者には、
身近な家族・仕事で関わる人・地域の人たちのサポートが不可欠。
そこで、本人・介護者・介護職・医療者・行政・社協・議員・大学福祉関係者・学生・地域活動者・子供たち・子育て中のママ・・・・・誰でもが集える<場>・しゃべれる<場>・泣ける<場>・笑える<場>・食べる<場>・情報を得られる<場>・学べる<場>・電話で吐き出せる<場>・共に出かける<場>・生きる<場>・・・。それが<つどい場>。

何故、<つどい場>が生まれたのか?それは、自身の「介護体験」から。
家族の形態が「核家族」になる前までは大家族が一つ屋根の下での暮らしが当たり前・・・。
その中で子どもたちが高齢者の「老い」も「死」も体感していました。わが家も祖母(父の母)を介護する母の苦労と共に、老いた人も自分で「工夫」をして生きてました。
立てなく、歩けなくなったら、「這って」移動、ハシが使いにくくなると「手づかみ」でむしゃむしゃ食べてました。86歳で祖母が旅立ち、東京での15年間の生活ののち、帰阪した翌年から日常生活に大変不便な山の中での家族の「介護」が始まり、「阪神淡路大震災」をはさみ、10年間で母(肺癌術後転移)・兄(長年の躁鬱→自死)・父(脳梗塞認知症→誤嚥性肺炎)を在宅で看取りました。父の本格介護が始まって2年目で「介護」の「社会化」ということで、期待の中「介護保険」が始まりました。93歳の父親を「在宅」で看て、誤嚥性肺炎で入院中に<胃瘻>を増設し、退院の翌日に<旅立ち>を体験すると、放心状態が半年続き、一念発起「1級ヘルパー講座」へ通い、その中での「特別養護老人ホーム」での実習で運命的な出会いに遭遇・・・。

泣き叫ぶおばあちゃんがストレッチャー上で固定され、ホースでお湯をかけられる「機械浴」での入浴介助にキレ、<つどい場>を創らなアカン!翌日に不動産屋に飛び込み、条件を4つあげ、探してもらいました。
①駅から近いこと(いろんな方々が集まるつどい場だから)
②市役所が近いこと(介護保険は行政の方々も集ってほしいから)
③社会福祉協議会が近いこと(地域福祉は社協だから)
④家賃が安いこと(親が自分のために残したものは10年間の在宅介護でスッカラカン)
20件目で、見つかったマンションでの契約が2003年12月29日。正式には2004年3月1日から「つどい場さくらちゃん」をスタート。

「介護家族」としての体験から4つの柱を活動の骨子として、誕生から今日まで歩んできました。
☆「つどい場」  =立場を越えていろんな方々が、お昼ご飯を食べながら、感情の吐露と情報交換の<場>
☆「おでかけタイ」=「介護保険」が始まって、一番の変化は街から高齢者を消したこと・・・。からだやこころが不自由になってもサポートするものがいれば街に旅行に出かけよう!外食や旅行を諦めている本人も介護者も介護職も医療職も<まじくって>行く旅行——北海道9回、お伊勢さん、沖縄、台湾2回。こころが動けば、身体が動く・・・旅こそ、<リハビリ>
☆「学びタイ」  =「介護保険」が始まり16年間に有資格者は増大したが、仕事場で育てる人材がいない現場で、「介護」を仕事にしている人たちも悩み、傷ついている。「介護」の<かなめ>は「家族」。共に、介護技術・制度のこと・医療のこと・こころを学び合おうと「講座」を開き、そのあとは講師・参加者<まじくって>の「懇親会」
☆「見守りタイ」 =「介護保険」が始まり、ケアマネジャーは忙しい、ヘルパーは限られた時間の中の仕事量の多さ、認知症状の方の入院には家族がついてくれ、通院・散歩の希望が叶えられない…etc。あれダメこれダメの多い「介護保険」の中で、やはり「見守り=話を聴く・そばにひとがいる」がどれほど<介護予防>になっているか、今後超高齢者社会の中での重要ポイント。
 
 2007年4月にNPO法人となる。
 2008年11月に現在の一軒家の借家に引っ越す。

多くのボランティアさんたちに支えられながら潰れずに存在し、介護保険事業をいっさいせず14年目を突っ走ってます。

これまでも、これからも<星になった家族たちへの、詫び状>です。

誰も、自分の「人生設計」の中に「介護」をする、「介護」を受けることは入っていないのでは?
ボケてゆくこと、脳卒中、ガン、交通事故・・・、どういうかたちでも"ひとり"でいきてゆくことができなくなったとき、サポートしてくれる"ひと"がいる。ネット社会の中でマニュアル化できない「個別性」が「介護」「医療」であり、それは<待つ>ことを一番要求される世界だと思うが「介護保険」がビジネスといわれるように「福祉」を変貌させ、「地域」「家族関係」を断ち切り、本人がもっと不安に、家族もオロオロし、こころある介護職をつぶす「介護保険」は誰を幸せにしたのでしょうか?逃げないで「介護」と付き合うと深い・・<人生>そのものなのに。
   
「つどい場さくらちゃん」には、煮詰まった介護者(家族)が多く来られていたのが、最近は介護職の方が多く、「自分がやりたい介護と違う・・・」と泣きに来られます。「介護保険」が始まりいっぱい建物はできました。そこに、"ひと"がいっぱいいるのに、<つながり>がない。

この、「西宮市」は人口48万7千数百人、数年前から、市役所と社協が「つどい場づくり推進」を働きかけ、今14か所の「つどい場」が誕生。その中でも、「まちcafeなごみ」は20代、30代の若者たちが前面に出て、地域のひとたち、こどもたちの「居場所=つどい場」になっている。若者たちを地域の人たちが支えながら、働く人たちの人件費がでている。国が言ってる「これからは、地域でボランティアが支える」では若者たちが入ってこない・・・・。それなりの給料が出ないと。「若者たち」の後ろに地域のおじちゃん、おばちゃんたち、そしてその後ろを守っているのが、行政・社協。
希薄になった、いえ、壊れた<地域>を再生でなく新しい形を創ることこそ<つどい場>創り、それも若者たちの智恵と行動力で創る<つどい場>。

人間の平等は「老いる」ことと「死ぬ」こと。親の将来、自分の将来のために<つどい場>をつくること・そこへ労働力を提供すること・ヒトを繋げること・お金(寄付)の提供。さあ、自分のできることは何でしょうか?

「抱えない介護」とは、「介護」を誰かにお任せにすることでなく、"ひと"と繋がることで心の負担を軽くしながら、ちっちゃな勇気と"想い"をもって、社会や制度を良くしてゆこうとすること。それが自分が介護される立場になった時に役立つ。

年とれば老いる姿、ボケゆく姿、死に行く姿を子供や孫たちに見せないと・・・。子供たちに迷惑かけたくないは無責任。 若者たちを巻き込みネットワークをつくり、「きょういく」(今日いくとこがある)「きょうよう」(今日ひつようとされる)を意識する高齢者を増やす。これが「地域づくり」だと思う。

いろんなひとたちがつどう、<つどい場>はおもしろい。

つどい場さくらちゃん

◆丸尾多重子(まるお たえこ)さんのプロフィール

愛称「まるちゃん」。
大阪市生まれ。高校卒業後、4年間の商社勤務の後、調理師免許取得。
10代の頃より、脳軟化症を患い自宅で這い廻る祖母(父の母)を介護する母をサポート。
その後、東京にて15年間「食」関係のあらゆる仕事に従事。
帰阪した翌年から家族の介護がはじまり、「阪神淡路大震災」をはさみ10年間で、母(肺がん術後、転移)・兄(長年の躁鬱→自死)・父(認知症→誤嚥性肺炎)を在宅で看取る。
半年後に「1級ヘルパー講座」での実習先の特養の入浴介助にキレ、翌日から不動産屋を廻り、20件目でみつけたマンションを借り、2003年12月から準備をし、
2004年3月1日「つどい場さくらちゃん」をスタート。
2007年4月に個人の借金限界にきて、NPO法人となる。
2008年11月に一軒家の借家に引っ越し。
2011年3月「まじくる介護・つどい場さくらちゃん」監修(雲母書房より刊行)
2014年2月「ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!」長尾和宏医師
  との共著(ブックマン社より刊行)
2015年11月「心がすっと軽くなる ボケた家族の愛し方」著 (高橋書店より刊行)

多くのボランティアさん達に支えられながら潰れずに存在し(介護保険事業を一切せず)
14年目を突っ走ってます。
これまでも、これからも、<星になった家族たちへの、詫び状>です。



 



 
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