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高校学習指導要領2018の問題点

2018年2月26日



杉浦 真理さん(立命館大学非常勤講師、立命館宇治中高校教諭)

 既に新聞各社の報道等でも紹介されたが、文部科学省は高等学校学習指導要領の改訂案を公表し、パブリック・コメント(意見募集)も始めている。憲法をより重視するような意見を上げないとこのまま実施されてしまう。意見募集の期間は3月15日なので、この論考を参考に声を上げられたい。

 高校学習指導要領は10年に一度改訂され、今回の改訂案は2022年から実施されるものである。私たち市民は学習指導要領を大綱的な位置づけでとらえてきたが、文科省の下達を受ける各段階の教育委員会は、法的基準としてとらえている。

第1款 高等学校教育の基本と教育課程の役割
 小中学習指導要領と同じように、分量が増えた。新しい分野に挑戦する良い面もあるが、現場の指導方法、学校組織としてのマネージメントの強化がかなり進み、教育分野の自主的取り組みの入る余地が減っているともいえる。
 「主体的・対話的で深い学び」(第1款2)の実現に向けての準備を現場に促している。多くの生徒主体の授業を行ってきた教員にとっては、教育手法として難しい問題ではない。しかし、先進国並みの25人学級程度への移行無くして、丁寧で成功するアクティブ・ラーニングは難しい。さらに、いつもこの文部科学省の文書に特徴的なことであるが財政的裏付けもない。
 1947年公布・施行の教育基本法に基づいた学習指導要領では、その教育課程は、教師のみによってつくられるものとは考えられておらず、本来、教師と児童・生徒によって作られるとされていた。さらに教育研究者、保護者や地域社会の人々に直接間接に援助されて、学校における実際的な教育課程をつくらなければならないという出発点があった。とすれば学習指導要領は大綱的なものである。
 今次改訂の「社会に開かれた教育課程」(前文5)とは何かが鍵になってくる。ここで言う「社会」とは、私たちが考える学校が立地している地域社会、市民社会、国際社会のことではなく、知識基盤社会型産業への移行を求める、包括的な意味での社会のことと考えられる。それは全ての子どもたちに対して発せられたメッセージとは考えられない。これに対抗して、シティズンシップ教育(主権者教育)、教育の福祉的機能や憲法25条の生存権にかかわる教育が、すべての生徒に向けて実施されなくてはならない。それは、高校教育において、社会学的な意味でケアのあるカリキュラムである。また、複線的な高校教育体制も職能教育と結びつきをつよめ、ドイツの職能学校のデュアル・システムのような労働現場と学校の関係をどう結びつけるかも課題である。専門学科の生徒、普通教育を行うことが困難な学校の対応を促せるキャリア教育が進む今次改訂の「社会に開かれた教育課程」が求められている。

第2款 教育課程の編成
 「現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力を,教科等横断的な視点で育成していくことができるよう,各学校の特色を生かした教育課程の編成を図るものとする。」(2款2(2))というカリキュラム・マネージメントを指摘することは、大事である。学際的、クロスカリキュラムが、教科横断で求められる時代であるからだ。しかし、学校で具体化されてゆく過程で、どれくらいカリキュラムづくりに活かせるかは疑問である。
 今回の改訂で変化の激しい国語科(第2章第1節)は、より分科し、機能主義的な科目構成になっており、アートとしての文学を扱うものから、PISA※1型やコンピテンシー型へ、国際競争力強化へ舵が切られ続けている。
 社会科(公民科地歴科)(第2章第2節・第3節)も変化が激しい。共通して「多面的・多角的」な「見方・考え方」が強調されるが、領土問題については、政府見解が押し付けられている。公民科の「公共」(第2章第3節第2款第1)では、18歳選挙、成人への対応、新自由主義的競争社会で崩れてゆく協働性をもった社会の再構築をはかる「主権者教育」が行われる。「現代の諸課題」(第3節第1款)という語句が入ったのは大進歩であるが、これは現実の政策論争を意味しているものではなく、農業や中小企業、労働問題など今まで一応教科書にも書いてあったことを改めて言っただけである。
 「歴史総合」の世界史優位からの日本史復権、知識注入でない学びの提起は大切であるが、私大入試は変わるのだろうか。また明治150年を機に輝かしい日本の近代化と描き、現在を国際貢献の日本と描く危険性はないか。「地理総合」の復権は明確になっているが、「公共」と「歴史総合」と比して、認知心理学的なキー概念の操作の学びが提起されておらず、そのことは、生徒の社会認識形成にとって良いことになっているのではと考える。
 総合的な探究の時間は、2時間でも良くなり、さらに内容が薄くなった。探究という文言が入ったことは評価できるが、「主体的・対話的で深い学び」が推奨される中で、教科科目名で探究が入ったのは、日本史探究、世界史探究、理数探究に留まった。学際、クロスカリキュラムへの道のりは遠い。
 新設「現行の中学校学習指導要領を踏まえ,中学校教育までの学習の成果が高等学校教育に円滑に接続され,高等学校教育段階の終わりまでに育成すること」(第2款4(1))が入ったことは当たり前と言え、生徒の実態を踏まえ大事な指摘である。
 新設「大学や専門学校等における教育や社会的・職業的自立,生涯にわたる学習」(第2款4(3))は、職業教育、非正規を出さない、職業ミスマッチを起こさないレベルでの問題だけでなく、企業連携だけでなく、生徒の進路保障的な発想で行われてゆくことが望まれる。

とりわけ公民科「公共」の問題性
 「公共」の扉(第2章第3節第2款第1 公共2A)では活動主義に陥らないために、学習内容が原理原則で押さえなくてはならない。それは、基礎的な知識とは何かについてのコメントが必要である。それを、「公共的な空間における基本的原理」で置こうとしている。「公共的な空間における基本原理(民主主義、法の支配)」を前提にする。2単位であれば、現代社会の青年期・現代社会論のように、序論として十分に授業がされない危険性がある。
 また、「人間の尊厳」というキーワードもあるが、憲法原理や経済学的視野は十分に説明されず、「公共」というあいまいな個人と社会の関わりしか描かれていないのである。なにより、従来の「現代社会」「政治経済」の5分の1くらいは占め、メインストームに置かれていた憲法に関わる説明の記述が大幅に後退することが大問題である。具体的にいうと、旧来の「現代社会」の中の「現代の民主政治と政治参加」の中で、「基本的人権の保障、国民主権、平和主義と我が国の安全について理解を深めさせ(中略)日本国憲法に定める政治のあり方について国民生活とのかかわりから認識を深めさせ」という文言が消えていることは、憲法教育軽視である。さらに、法的主体で書かれない立憲主義は、高校生、市民にこの言葉を浸透させない意図を感じる。
 つまり、新科目は知識中心の従来の「現代社会」に変わって、生活に根ざした知を前提にしている。また情報収集力などに依拠している。しかし、生徒の社会認識には、憲法原理や経済学的視野を育てることが必要なのである。
 さらに、それぞれの親学問からの科学的な社会認識を獲得して行くアプローチが必要である。その他コミュニタリアン的、あるいは道徳的な公共心の育成につながる要素が入れ込まれて来る危険性は払拭すべきである。つまり、市民社会を前提に、個人が社会契約して、国家・市民社会を形成することをベースに、公共の議論、政治的リテラシーを重視すべきである。そのためには、社会経済の法・制度・システム理解の必要性である。それは、原理原則的な理解を授業の上で図るべきであり、現行の「現代社会」の授業実践の積み上げに学ぶ必要があるが、その議論は見られない。「現代社会」は知を学際的にまとめ、総合的に市民社会を読み解く上で大事であった。さらに、上からの国家・社会への統合にならないか危惧する。また、何よりの課題は、子どもの権利条約にもとづいて、権利実現を含む社会参加の方向に生徒の声を反映した社会づくりに扉を開く内容がないと、若者の社会的包摂がなく18歳を市民に育てられない。

第3款 教育課程の実施と学習評価
 以下、羅列的であるが、新設のものを中心にコメントする。
 言語能力の育成を図る科目として、「国語科を要としつつ」(第3款1(2))としたことにより、言語表現活動が、他の教科での後退が懸念される。
 新設の「生徒が生命の有限性や自然の大切さ,主体的に挑戦してみることや多様な
他者と協働することの重要性などを実感しながら理解することができるよう,各教科・科目等の特質に応じた体験活動を重視し,家庭や地域社会と連携しつつ体系的・継続的に実施できるよう工夫すること。」(第3款1(5))は、道徳とつなげず、持続可能な社会をどう考えるかの科学的な知見として展開されることを期待する。
 新設の「学校図書館を計画的に利用しその機能の活用を図りまた,地域の図書館や博物館,美術館,劇場,音楽堂等の施設の活用を積極的に図り,資料を活用した情報の収集や鑑賞等の学習活動を充実すること。」(第3款1(6))は、具体的な学校図書館に限らない社会的施設との連携は大事であり良いが、一方、学校文化の中で、図書館の果たす役割の強化、情報教育との連携、図書館司書の必置などの検討も必要になろう。

(第4款は略)

第5款 生徒の発達の支援
 生徒の発達への支援は、充実へ向かっているといえる。
 「主に集団の場面で必要な指導や援助を行うガイダンスと,個々の生徒の多様な実態を踏まえ,一人一人が抱える課題に個別に対応した指導を行うカウンセリングの双方により,生徒の発達を支援すること。」(第5款1(1))は大事な指摘であり、「生徒が,自己の存在感を実感しながら」学びと成長ができる場としての学校が提起される可能性が出てきた。
 「学習内容の習熟の程度に応じた学習」「関心等に応じた課題学習,補充的な学習や発展的な学習などの学習活動」(第5款1(5))は、生徒の実態に合わせて行われることが妥当であるが、学力格差を前提として学力格差の固定につながるものであってはならない。
 「障害に応じた特別の指導」(第5款2(1)イ)は、通級による指導が始まり、教育のユニバーサルデザイン化の上で、また、障害者の権利の上で大切な新設である。しかし、これも、実態として学校現場の負担は高まるので、予算、教員定数の増加を担保せず、この指導の実施を高校に丸投げしてもうまくいかないのではないか。
 「不登校生徒への配慮」(第5款2(3))の新設も遅きに失したとはいえ必要であり、単位認定の壁である授業出席数や成績の達成度の評価などへの対応など、学力保障と共に語られるべきである。

第6款 学校運営上の留意事項
 「教育課程の改善と学校評価,教育課程外の活動との連携等」(第6款1)は、「各学校においては,校長の方針の下に,校務分掌に基づき教職員が適切に役割を分担しつつ,相互に連携しながら,各学校の特色を生かしたカリキュラム・マネジメントを行うよう努めるものとする。また,各学校が行う学校評価については,教育課程の編成,実施,改善が教育活動や学校運営の中核となることを踏まえ,カリキュラム・マネジメントと関連付けながら実施するよう留意するものとする。」とあり、人員増とともに、うまく実施されることが望まれる。とりわけ、「いじめの防止等のための対策に関する基本的な方針など,各分野における学校の全体計画等」(第6款1イ)「高齢者や異年齢の子供など,地域における世代を越えた交流の機会を設けること」(第6款2ア)に期待したい。

第7款 道徳教育に関する配慮事項 
 「道徳教育や体験活動,多様な表現や鑑賞の活動等を通して,豊かな心や創造性の涵養を目指した教育の充実に努めること。」「主体的な判断の下に行動し,自立した人間として他者と共により良く生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とすること。」(第1款2(2)) 「中学校までの特別の教科である道徳の学習等を通じて深めた,主として自分自身,人との関わり,集団や社会との関わり,生命や自然,崇高なものとの関わりに関する道徳的諸価値についての理解を基にしながら,様々な体験や思索の機会等を通して,人間としての在り方生き方についての考えを深めるよう留意すること。」(第7款2)とされ、小中とのつながりを持たせた。
 「伝統と文化を尊重し,それらを育んできた我が国と郷土を愛するとともに,他国を尊重すること,国際社会に生きる日本人としての自覚を身に付けることに関する指導が適切に行われるよう配慮すること。」(第7款2)など、小中学習指導要領の道徳の繰り返しになっている。また、その内容を授業では、公民科「公共」「倫理」に期待していることは問題である。社会科学・人文科学的な生徒の社会認識、人間認識を阻害することになりかねない。
 一方、それを実現するカリキュラムの時間の明示はなく、ホームルーム活動や、学校行事等に活かされることが期待されているが、その内容が実施されることは、一部の推進校でしか、行われないのではないか。また、その役割が、「公共」「倫理」という科学的な枠組みが語られるはずの公民科の科目に入れられているのは、違和感がある。また、小中学習指導要領にあるように道徳の記載で、道徳教育推進教師が、高校でも設置されるので、生徒の内心の自由を侵す可能性のある道徳教育は、高校では、進められないことを希望したい。

※1 経済協力開発機構(OECD)の生徒の学習到達度調査

◆杉浦真理(すぎうら しんり)さんのプロフィール

立命館宇治中高校教諭。立命館大学非常勤講師。全国民主主義教育研究会機関誌編集長。












 



 
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