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「毒まんじゅう」の働き方改革関連法案にNOを。高度プロフェッショナル制度は削除を。

2018年3月26日



上西充子さん(法政大学キャリアデザイン学部教授)

●「働き方改革」に疑いの目

 安倍政権が進めようとしている「働き方改革」に疑いの目が向けられてきている。朝日新聞の3月の世論調査(17日、18日実施)では、1月の世論調査(20日、21日実施)に比べ、安倍政権の「働き方改革」への期待度は急落した。

◆安倍政権は、働き過ぎを防ぐためなどとして、「働き方改革」をかかげています。あなたは、安倍政権の「働き方改革」に期待しますか。期待しませんか。

  期待する 28% (1月46%)
  期待しない 61%(1月44%)
  その他・答えない 11%(1月10%)

 「働き方改革」という言葉を安倍首相は「長時間労働の是正」と「同一労働同一賃金」という意味合いで流布させてきた。前者は時間外労働の上限規制として、後者は非正規の処遇改善として、働き方改革関連一括法案に盛り込まれている。
 しかし、働く者の期待に応える改革であるかのような表向きの顔の背後で、安倍政権は「柔軟な働き方」「柔軟な労働法制度」の名のもとに、労働基準法に大穴をあけ、残業時間に応じた残業代の支払いを不要とする働かせ方を拡大させようとしてきた。裁量労働制の拡大と高度プロフェッショナル制度の創設である。
 これらの規制緩和策は、気づかれないように慎重に隠されてきた。社会民主党の又市征治党首は、働き方改革関連一括法案を「毒まんじゅう法案」と評したが、まさにその通りで、「毒」は慎重に包み隠されてきたのだ。
 しかし「データ問題」の紛糾によって、裁量労働制の拡大という「毒」が露呈し、安倍首相が進める「働き方改革」に疑いの目が向けられるようになった。裁量労働制の拡大については法案からの削除が行われるに至ったが、より危険な高度プロフェッショナル制度については、安倍政権は法案に盛り込む姿勢を変えていない。

●「データ問題」とは何だったのか~裁量労働制の危険~

 「データ問題」とは、捏造されたデータに基づき安倍首相が1月29日の衆議院予算委員会で次のように答弁したことに端を発する問題だ。

  厚生労働省の調査によれば、裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均な、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもあるということは、ご紹介させていただきたいと思います。

 実際には厚生労働省の調査(平成25年度労働時間等総合実態調査)にそのような結果はなく、一般労働者については「最長」の1日の法定時間外労働に8時間を足し、裁量労働制の労働者については単に1日の労働時間を尋ねるという、およそ比較にならない比較を行った結果であった。
 そのことが判明したのは、国会での追及が始まってから2週間がたった2月19日のことだ。データを「精査」するとしてまともな説明を行わない、ないとした調査票が地下倉庫から見つかる。答弁は撤回するがデータは撤回しないと安倍首相が言い張るなど、様々な混乱状態の中で、裁量労働制の拡大を安倍政権が「働き方改革」一括法案の中で狙っていたことが、ようやく世の中に広く知られるようになった。
 事実がわかれば政府に対する不信を広げるだけのこのような捏造データによる比較が、答弁のために用意されたのは、野党の追及をかわすためだったのだろう。「みなし労働時間制」により、あらかじめみなした労働時間分以外の残業代の支払いが不要となる裁量労働制は、経営者にとっては「定額働かせ放題」というメリットがある。一方で、労働者にとっては、長時間労働に歯止めがかからず、過労死のリスクが高まる。
 にもかかわらず働く人の視点に立った「働き方改革」という装いの中で裁量労働制の拡大を実現させるためには、労働者にもメリットがある制度であるという理屈をたてる必要がある。それが、効率よく仕事を済ませれば早く帰れる、「だらだら残業」で残業代を稼ぐ人と比べて不公平感がなくなる、といった理屈であった。とはいえ、効率よく仕事を済ませても次の仕事を断れないなら、結局、長時間労働は解消されず、むしろ労働強化と長時間労働のダブルパンチとなるのではないか。そのような疑問に対しても、反論を用意しておきたい――そこで捏造データが用意されたと考えられる。
 1月29日の答弁に対して2月5日から国会では追及が始まり、2月14日に安倍首相は答弁撤回により混乱の収拾を図った。しかし野党の追及は、問題のあるデータを示しつつ行われた労働政策審議会の議論のプロセスの正当性の追及に及びはじめ、安倍政権は、裁量労働制の拡大を断念する代わりに高度プロフェッショナル制度の創設は実現させる判断を取り、3月1日、法案からの裁量労働制拡大の削除に至った。

●労働基準法に守られない働き方を強いる高度プロフェッショナル制度

 しかし高度プロフェッショナル制度は、裁量労働制よりもさらに危険な制度であることは明らかだ。労働基準法の労働時間規制をすべてはずしてしまう(適用除外する)高度プロフェッショナル制度では、労働時間は1日8時間以内という規定も関係なくなり、残業させるには三六協定を締結してその範囲内で、という規定も関係なくなり、残業には割増賃金を、という規定も関係なくなり、深夜割増や休日割増の規定も、休憩の規定も関係なくなる。それらの規定をすべて適用除外した上で、4週4日以上かつ年104日以上の休日を義務付け、選択制の健康確保措置を義務付けるのが高度プロフェッショナル制度だ。選択制の健康確保措置の中には健康診断の実施も含まれるので、規制はかなり緩い。法的には、月のはじめに4日間休ませて、残りの日は月末まで毎日24時間連続勤務させても違法にはならない。
 そのような働き方(働かせ方)は、なかなか想像がつかないが、自動車の運転にたとえてみよう。50キロで走っても問題ないような道路で40キロ制限を守らなければいけないのは面倒だし、誰もいないのに赤信号で止まらなければいけないのも時間の無駄だ――だったら、速度制限も、信号も、取り払ってしまおう。労働基準法の労働時間規制を適用除外するとは、そういう世界を現出させることだ。
 確かに制約なく走れて快適な面もあるだろう。けれども、制約がなくなれば、その道路を100キロで走る車も出てくる。規制が撤廃されている以上、そのような車を取り締まる方法もない。100キロで走る車にあわせて、自分も100キロで走らざるをえなくなる。信号で一息つくことは、もはや許されない――そういう世界だ。
 経営者と一体的な立場にある「管理監督者」に対してさえ、深夜割増の規定は適用される。にもかかわらず、高度プロフェッショナル制度では、深夜割増の規定も適用除外だ。年収要件を設け、1075万円以上の者とすることがみこまれているが、これも実績としての要件ではなく、新たに結ぶ労働契約においてその基準を上回ればよいとされている。有期労働契約の労働者も対象だ。対象業務は法制定後の省令で定めるとされており、どこまでが対象となるのか、はっきりしない。本人同意が必要というが、組織の力関係の中では、断ることは難しいだろう。交渉力のある労働者が対象というが、仕事量の調節の権限はない。嫌なら他に移ればいい、ということかもしれないが、他でも同様に高度プロフェッショナル制度が適用されていれば、逃げ場はなくなる。

●労働法制は穴をあけるべき岩盤規制か

 1月29日、安倍首相が問題となった「比較データ」に言及した直前には、立憲民主党の長妻昭議員とのこんなやり取りがあった。労働法制は、規制を強めるべきところは強めて、ゆとりある働き方ができるようにしてこそ、結果としての労働生産性も上がるのであって、労働法制を岩盤規制とみなしてドリルで穴をあけようという安倍首相の労働法制観は間違っていると長妻議員が指摘したのに対し、安倍首相はこう答弁したのだ。

 <その岩盤規制に穴をあけるにはですね、やはり内閣総理大臣が先頭に立たなければ、穴はあかないわけでありますから、その考え方を変えるつもりはありません。>

 ここには、労働法制を岩盤規制とみなし、岩盤規制には穴をあけなければいけないと考える、そのような凝り固まった信念以上のものを読み取ることはできない。
 言うまでもなく労働基準法は、最低基準の労働条件を定めたものだ。労働基準法は第1条「労働条件の原則」にこう規定している。

   第一条 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。
   (2)この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。

 その基準に無神経に穴をあけようとする、そのような法改正を許してはならない。高収入の一部の人だけが対象であり自分は関係ないとは、思わない方がいい。いずれ年収要件は下げられるし、対象業務も広げられる。そのように拡大する前であっても、例外が広がれば法を逸脱した濫用も広がる。そして濫用への対処は難しい。
 「働き方改革」を安倍政権に委ねることはできない。数の力だけで押し切られることは、防がなくてはいけない。そして、私たちが求める働き方の実現に向けて、地道に取り組んでいく必要がある。そのために何ができるか、それぞれに考え、対処したい。私たちの「不断の努力」が、問われている。

◆上西充子(うえにし みつこ)さんのプロフィール

1965年生まれ。日本労働研究機構(現在の労働政策研究・研修機構)研究員を経て、2003年に法政大学に着任。専門は労働問題。単著論文に「職業安定法改正による求人トラブルと今後の課題」(『季刊労働者の権利』322号、2018年1月)、共著に石田眞・浅倉むつ子・上西充子『大学生のためのアルバイト・就活トラブルQ&A』(旬報社、2017年)など。



 



 
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