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「公共」の可能性と課題

2018年4月2日



杉浦真理さん(立命館大学非常勤講師、立命館宇治中高校教諭)

2022年より実施される高等学校学習指導要領の改訂案では、新たに必修科目として「公共」が置かれている。今回は新科目「公共」を検証する。

1「公共」の前提になる視点—中央教育審議会(中教審)の生徒たちの現状認識
 このカリキュラムの現状認識は、16年12月の中教審答申(以下答申と略す)によると、知識基盤社会の進展から、人工知能を活用することを生徒たちに求めている。人を介する仕事の激減が言われ、その環境の中で生き抜くことが、この答申の中で説かれている(※1)。その現状認識の下に、各教育課程が置かれてゆく。また、単に、この認識は、産業戦士の育成だけでなく、不透明な非正規雇用の増える成熟社会において、どう「生きる力」を育成するかを命題にする。「自分の価値を認識するとともに、相手の価値を尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、よりよい人生とよりよい社会を築いていくために教育課程を通じて初等中等教育が果たすべき役割を示すこと」がこの答申の目的に語られているのである。このカリキュラムは、個人の人格の形成をめざすのか、国家社会の形成者(人材)の育成をめざすのかが明確ではない。
 また、社会貢献への意識の一定の高まりをデータで裏付け(※2)、変化してゆく社会に適応する子どもたちをどう育てるかの問題意識も散見される。国定の未来社会、生徒の成長すべき過程が語られるのは問題であるが、この新自由主義路線の社会適応主義的な教育課程が、未来を生徒たちが切り開いてゆく、市民を育てるうえでのスタートラインにおいて良いものであろうか。そして、さらに、教育課程がスキルベースに落とし込められてゆく。その流れで、無内容なスキルベースの「何ができるようになるか」という資質・能力論が展開される。

2−1 新科目「公共」とは
 22年からはじまる高校新学習指導要領に基づく公民科教育は、「公共」が議論を呼んでいる。「公共」の科目構成(16年6月27日配布)(※3)は、(1)「公共」の扉、(2)自立した主体として国家・社会に参画し、他者と協働するために、(3)持続可能な社会づくりの主体となるために、という大項目によって構成される予定である。
 「公共」という言葉に、シティズンシップ教育の取り扱う課題が想起されるが、人権教育の主体である市民社会を構成する市民の育成というより、国家や社会を形成する公民の育成という、権力者側からの社会統合の視点が感じられる。「公共」の内容は、「主体的に社会の形成に参画しようとする態度」「国家・社会の形成者として、必要な知識を基盤として形成し、それを使って主体的な選択・判断を行い、他者と協働しながら様々な課題を解決してゆくために必要な力」と文部科学省は打ち出している。また従来の「平和で民主的な国家及び社会の優位な形成者に必要な公民」の前の修飾語に、これは、社会科、地歴科、公民科に共通するが、「グローバル化する国際社会に主体的に生きる」(※1)という文言が登場している。
 発達段階を考えての学びの過程として、「小学校で問題解決的な学習の充実、中学校で適切な課題を設けての学習の充実」(※1)が言われている。中学、社会科の歴史的分野で「民主政治の来歴や人権思想の広がりなどの動きを取り上げる」ともあり、その発展上に、高校の「公共」がおかれる。またさらに、他教科との連携が語られている。
 10代の社会参加の課題として、「1積極的に社会参加する意欲が国際的に見て低い」「2現代社会の諸課題等についての理論や概念の理解、情報活用能力、自己の生き方等に結びつけて考えることに課題」、「3課題解決的な学習が十分に行われていない」、「4キャリア教育の中核となる時間の設定」という位置づけが検討されている。その分析の上で従来の教え込みから、アクティブ・ラーニングを入れて、課題解決学習に舵を切り社会参加へ個人を開いていこうというものである。
 評価すべき点は、第一に、「深い学び」に関わって、「用語・語句などを含めた個別の事実等に関する知識のみならず、主として社会的事象等の特色や意味、理論などを含めた社会の中で汎用的に使うことのできる概念に関わる知識の獲得」(※1)をめざすので、教科書が変われば、従来の知識詰め込み、センター型の学力からの転換する上で大事な視点である。第二に、シティズンシップ的な社会参加、地域社会の構成員というとらえ方、個人と社会的課題を結びつけること、課題解決型の学習へ道を付けたことは大事な転換点である。第三に、中学校社会科学習指導要領で、中学校歴史的分野で、人権、民主政治の歴史が充実する方向なので、高校「公共」の基本原理が教えやすくなる。一方、新学習指導要領では、中学校社会科を通じて、領土問題の記述が一方的なものになっている課題もある。第四に、後述するが、中学校社会地理的な分野においては、「世界の諸地域の学習」において地球規模の課題等を主題として取り上げた学習を充実」(※1)させ、その上に、「持続可能な社会づくりの観点」が示唆されていることである。
 また、道徳との関連の記述からは、自民党文教族の「公共」設定理由に配慮されており、社会科学などの学問に依拠せず、上からのシティズンシップ、心の支配を推し進める方向の危険性を感じる。また、キャリア教育は、公民科社会科の教科構造にあてはまらない社会適応主義の個人の自己実現論になりかねず、「国家・社会の形成者として、必要な知識を基盤として形成し、それを使って主体的な選択・判断を行い、他者と協働しながら様々な課題を解決してゆく」目的に合わないので、「公共」の中で取り扱うべき内容ではない。また、答申の社会科に関わる問題点である「伝統・文化等に関する様々理解を深める」「我が国固有の領土について地理的な側面や国際的な関係に着目」(※1)は、中学校社会科学習指導要領においてすべての分野に明記されたが、高校の「公共」の内容に反映されないこと期待したい。

2−2 「公共」の科目構成について
(1)大項目 「公共」の扉
「公共」の扉では活動主義に陥らないために、学習内容が原理原則で押さえなくてはならない。それは、基礎的な知識とは何かについてのコメントが必要である。それを、「ウ公共的な空間における基本的原理」で置こうとしている。「公共的な空間における基本原理(民主主義、法の支配)」(※1)を前提にする。2単位であれば、現代社会の青年期・現代社会論のように、序論として十分に授業がされない危険性がある。また、「人間の尊厳」というキーワードもあるが、憲法原理や経済学的視野は十分に説明されず、「公共」というあいまいな個人と社会の関わりしか描かれていないのである。新科目は知識中心の従来の「現代社会」に変わって、生活に根ざした知を前提にしている。また情報収集力などに依拠している。しかし、生徒の社会認識は、憲法原理や経済学的視野を育てることが必要なのである。
 さらに、それぞれの親学問からの科学的な社会認識を獲得して行くアプローチが必要である。その他コミュニタリアン的、あるいは道徳的な公共心の育成につながる要素が入れ込まれて来る危険性は払拭すべきである。つまり、市民社会を前提に、個人が社会契約して、国家・市民社会を形成することをベースに、公共の議論、政治的リテラシーを重視すべきである。そのためには、社会経済の法・制度・システム理解の必要性である。それは、原理原則的な理解を授業の上で図るべきであり、現行の「現代社会」の授業実践の積み上げに学ぶ必要があるが、その議論は見られない。「現代社会」は知を学際的まとめ、総合的に市民社会を読み解く上で大事であった。さらに、上からの国家・社会への統合にならないことを危惧する。また、何よりの課題は、子どもの権利条約にもとづいて、権利実現を含む社会参加の方向に生徒の声を反映した社会づくりに扉を開く内容がないと、若者の社会的包摂がなく18歳を市民に育てられない。
 ベンサムの功利主義、カントの人格形成、ヘーゲルの悟性などからで、どのような近代人としての倫理的主体としての公共空間を作る私たちに語りかけることができるのか。そこには、マルクス、ハーバーマス、サルトルが入るかが現在見えて来ない。「公共空間」では、幸福と公正を天秤にかけながら、判断できるような生徒が、この指導要領めざす主体的な生徒であろうか。この構図から18歳成人時代の生徒の大人への発達の階梯に教育の果たす役割を示すべきであろう。
 また、「公共」の名称の問題が存在する。また、シティズンシップ教育は、21世紀に日本に入ってきた教育概念である。これは、多義的な内容を含んでいる。権利ベースのシティズンシップ教育は、憲法の人権規定や、立憲主義を前提に、社会契約的な国家・社会観を持っており当然個人の尊厳が基本になる。つまり、下から社会の形成を促す教育である。「現代社会」は、人類社会の一時代を理解し、その時代に住む主に日本人の社会認識を形成する科目である。「公共」となると、自民党文教族を起源(※4)としており、道徳的規範教育を出発点にしている。この内容は、社会への適用を促す、上からのシティズンシップを求めていると言える。したがって、いま議論中の「公共」は、本来の「現代社会」のリニューアルか、地理歴史科の動きに合わせて、「公民(社会)総合」の名称が望ましかった。

(2)大項目 自立した主体として国家・社会の形成に参画し、他者と協働するために
 この大項目は、さらに、(ア)政治的主体(イ)経済的主体(ウ)法的主体(エ)情報発信の主体に、社会機能的にわけている。本来、この主体の中心に法の支配に関わる民主主義的な市民社会が想定されなければ民主国家とは言えない。この分析的命題は、大きな課題を抱えていると言える。                
 この内容は、「主体となる個人を支える家族、家庭や地域等にあるコミュニティを基盤に、自立した主体として社会に参画し」(※1)とある。つまり、個人を社会の主体として、構成員としてあるいは変革主体としてとらえて、生徒の成長をはかるシティズンシップ教育の行える可能性を示したともいえるが、上から(個人より地域、個人より家族)の個人の社会統合をする方向が散見、想像される。あくまでも、個人の尊厳から出発する憲法的価値観から出発し、個人の人生の社会的主体を形成し、憲法13条の幸福追求権をもつ主体として、総合的にとらえて成長を促す必要がある。
 評価点として、第一に、学習活動が例示され、シミュレーション(模擬投票、模擬裁判)、新聞を題材にした授業、インターシップ、体験活動が例示された。また第二に、他専門職との連携が打ち出されていることである。このように、活動的で、生徒の議論を協働して学ぶことによって、生徒たちは、社会的課題を主体的学習課題として引き受ける可能性がある。また、教員が、地域・日本・世界の課題をすべて引き受けることはできないので、他職種と連携することで、社会の課題を学校に提示してもらい、それを議論する機会を得ることができるのである。
 このような主体の例示の内容、例示の仕方は問題もはらんでいる。
 当初、15年段階では、家族や地域の主体である生活者、当事者の視点があったが、16年の上記資料からは見つけられない。「消費者・労働者・生産者」というカテゴリー別の当事者を考える課題が弱い。一方、「例えば、財政と税、消費者の権利と責任、多様な契約」(※1)というような権利主体として、生徒を捉えていくより、統治されやすい市民としての理解を深めてゆく可能性を「公共」は持っているといえよう。これが第一の問題である。他の機能的な主体、政治・法・経済は社会認識の上で問題はないのか、その親学問やその原理を、多元的多角的に生徒への提供なしに、事象のみ提示されるようになり、非学問的な課題提起になることは問題である。
 第二に、地域住民、地球市民的要素が不十分である。これは従来の「現代社会」の課題でもあったが、ローカル・ナショナル・グローバルな課題を大事にするシティズンシップ教育と違い、ナショナル、国家・社会の形成者である主権者教育にウエートが置かれすぎている。
 第三に、このような民主的人格の形成をめざし、若者権利をエンパワーメントすべき公民科教育は、社会機能に人間を分化してとらえる手法が有効か疑問である。社会科学的な社会の現状分析、それに対しての政策対応を考える枠組みでない、主体の列記だけは問題があろう。それは、社会科学(法律学、経済学、社会学等)による社会認識を育てる上で障害になるのではないか。
 第四に、自立した主体を市民社会の権利主体を成長させる視点ではなく、社会に統合してゆき、自己を社会の多数派にアジャスト(適応)してゆく方向の価値観を産む危険性があるといえる。とくに、すべての教育活動で、道徳教育との関連を説く文科省が「公共」を設定するところに、個人の尊厳から出発するのではなく、非人権的な社会統合(上からのシティズンシップ)、社会防衛的な発想が見え隠れするのである。
 第五に、さらに道徳と一体化をすれば、個人の公共空間での振る舞いが重視され、人権主体としての成長(権利主張する主体としての成長)が阻まれる。

(3)大項目 持続可能な社会づくりの主体となるために
 この内容は、ア地域の創造への主体的参画、イよりよい国家・社会への主体的参画、ウ国際社会への主体的参画と構成されている。それは、「諸課題の解決に向けて構想する力、合意形成や社会参画を視野に入れながら、構想したことの妥当性や効果、実現可能性などを議論する力」「主権者教育において重要な役割を担う」(※1)として、公民科の共通必履修科目として養うことを目指している。
 前回の指導要領から登場し、21世紀の教育課題として、文部科学省が設定した課題が、「持続可能な社会づくり」である。「持続可能な開発」については、80年代、国連のブルトンラント委員会が、開発の原理として、現世代が次世代の幸福をなくさないように、自然と向き合い、現世代の満足も実現するために、環境破壊を経済成長の犠牲にしないことを強調したのである。持続可能性を強調した地球環境問題での問題提起である。そこから派生して、持続可能が一人歩きし、持続可能な財政、コンパクトシティ、持続可能なふるさと創生など行政が使い始めた(※5)。
 エコロジー的視点、自然との調和が、利潤(経済)中心の文明への批判的視点を盛り込むことが必要である。このような視点は、ワーキングでも残念ながら議論された形跡はない。SDGs(※6)が国連で採択され今日、大事な視点といえる。さらに、探究学習の要素を入れてゆくことは、答えの決まった内容ではないので重要である。PBL(課題解決型の学習)が大きな成果を上げると考えられる。
 また、合意形成の学習を入れてゆくことが大切で、ディべートは、多数決を前提に議論が深まるが、多くの多様な意見を熟議することはできない。そこで、一つのタスクを達成するための多様な道、例えば、2030年の日本の第一次エネルギーの構成を考える(※7)、産業革命時より、気温上昇2度(できれば、1.5度)のCO2削減の具体的な方法を、グループワークで、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)のデータを使い、議論するようなことができなければならない。このような方法論と内容が提起されておらず、必修でない政治経済に先送りされている。
 本来の「持続可能な開発」やSDGsに基づく、人類の生存を未来への視座を持った豊かさを考える視点で、その形成者として、生徒に考察を与え、議論し、未来社会をつくって行く主体として、成長させる授業が求められている。
 そのためには、ローカル・ナショナル・リージョナル・グローバルな視点(※8)で、市民性を見つける課題設定や、グループワークをともなったアクティブ・ラーニングが求められていると言えよう。

(※1)中教審、「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(答申)(2016.12.21)参考資料 
(※2)答申注12「内閣府が実施した「平成25年小学生・中学生の意識調査」によれば、「人の役に立つ人間になりたい」という項目について、「そう思う」が75.6%、「どちらかというとそう思う」が21.9%となっている。平成18年の前回調査に比べて増加傾向にあり、特に「そう思う」の割合は約20ポイント増加している。」
(※3)文部科学省教育課程部会、高等学校社会・地理歴史・公民科目の在り方に関する特別チーム(16.5.27)参考資料
(※4)自民党文部科学省部会の提言(13.5)(読売新聞デジタル2013.6.18)
(※5)久保田貢「新学習指導要領における『持続可能』概念についての研究」(10)『唯物論研究年誌』第15号久保田貢「学習指導要領改訂と安倍教育「改革」(16)『前衛』16年12月号が詳しい。
(※6)SDGsとは、2015年国連で決めた持続可能な社会に向けての社会経済、人権、環境をつないだ2050年への目標である。
(※7)拙著「日本の近未来のエネルギー」『社会科教育』16年7月号 
(※8) 拙著『シティズンシップ教育のすすめ』(法律文化社)2013

◆杉浦真理(すぎうら しんり)さんのプロフィール

立命館宇治中高校教諭。立命館大学非常勤講師。全国民主主義教育研究会機関誌編集長。

















 
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