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急増する精神科医療の「身体拘束」〜人権が守られる社会を作るために

2018年4月9日



長谷川利夫さん(杏林大学教授)

身体拘束とは何か?

 皆さんは、病院や施設などで、ベッドに身体を縛り付ける「身体拘束」をご存じだろうか?
 こちらの写真は、私が病院で使われているベッドに「身体拘束」されている写真だ。仰向けになった私の両手首、両手足には「拘束帯」と呼ばれる器具が装着されている。手足は固定され、仮に頭がかゆくてもかくこともできない。トイレに行きたくなっても、トイレにいくこともできない。通常は身体拘束をされると。オムツをさせられ排尿はそこでさせられることになる。カテーテルと言って尿道に管を通されることもまれではない。社会の中で「身体拘束」される人は、病院、高齢者の施設、様々な障害者が入所する施設などがあるが、全容は明らかになっていない。「身体拘束」はある種のタブーとなっていて、病院施設関係者もされる本人、家族も、なかなか忌憚なく話し合うということにはなっていないようである。家族も「病院や施設にお預けしている」という意識が働くことも多い。
 厚生労働省は、毎年6月30日に、全国の精神病床をもつ病院に調査を行っている。
 これを取りまとめたものが"精神保健福祉資料"である。これによると、近年、身体拘束を受ける人が急増しているのがわかる。
 図表を見て欲しい。

      隔離身体拘束増加表

 赤い線が身体拘束をされている人が身体拘束をされている人の数、青い線が隔離をされている人の数である。
 ここでいう「隔離」とは、自ら出ることのできない鍵のかかった部屋に本人を閉じ込めることである。精神科病院の場合だと、「隔離室」と呼ばれる隔離をするための特別の個室があり、そこに患者を閉じ込めるのが一般的である。「隔離室」は病院にもよるが、どんなに叩いてもびくともしない厚い鉄の扉にのぞき窓、狭い部屋の中に丸見えのトイレ、などという構造の所も少なくない。
 図で示したようにこの「隔離」をされる患者も増加している。しかし、身体拘束をされる人の方が急増していて隔離をされる人の数を近年追い抜いているのがわかるだろう。
 身体拘束や隔離は患者さんの人権を大幅に制限するもので「行動制限」とも呼ばれる。
 これらが急増してきていること自体、異常事態と言えるだろう。病院の人権状況が悪化してきているとも言える。
 これは何を意味するのだろうか?

 筆者は、このような「身体拘束」や「隔離」をできるだけ減らすことはできないかを研究し、先ずは社会にこの問題を知ってもらう必要があると考え、2013年に『精神科医療の隔離・身体拘束』(日本評論社)を上梓し、様々な場でこの問題を訴えてきた。国会では、2015年5月12日の参議院厚生労働委員会で川田龍平参議院議員が、身体拘束の急増問題を初めて問うた。
 同議員の「特に日本における精神科病院の身体拘束は、2003年と比べて1.89倍になっています。なぜ、大臣、ここまで増加してきていると考えているでしょうか?」という質問に対して、塩崎厚生労働大臣(当時)は、「急性期の入院患者が増えていることなどが関係しているものではないかというふうに考えております」、「都道府県が行う精神科病院の指導監査などを通じて、引き続き、患者に適切な医療が提供されるように全力を尽くしていかなければならない」と答弁している。
 翌2016年には読売新聞が全国紙で初めて精神科医療の身体拘束急増問題を取り上げた。昨年2017年の第193回国会では、本会議などで複数の議員がこの問題を取り上げるに至っている。
 2017年3月21日の共同通信配信記事で、日本精神科病院協会河崎副会長(当時)は、身体拘束増加について、「精神科救急の整備が進み、緊急性の高い時期の患者が増えているのではないか」とコメントしている。「精神科救急」を整備すると身体拘束が増加するというわけだ。しかし重度の精神疾患をもった人が近年、急に増え始めるなどということは有り得ないだろう。精神医療においては、SSRIといううつ病の「新薬」が開発されると、うつ病「患者」が増加するという「珍現象」も起きたが、この「病棟」や「システム」を作ると身体拘束が増えるという論理はそれと似ている。すなわち、「作られている」可能性がある。
 昨年2017年5月には、ニュージーランド国籍のケリー・サベジさんが、神奈川県にある精神病院に入院してすぐ身体拘束され、その7日後に心肺停止になり、その後転送先の病院で亡くなるという事態が発生し、7月に筆者は遺族らと「精神科医療の身体拘束を考える会」を立ち上げ、厚労省と外国特派員協会で記者会見を行った。国内外で広く報道されご記憶の方も多いかもしれない。その後、NHK、朝日新聞などメディアで身体拘束関連の番組や報道がなされ、ようやくこの問題についての社会の関心が高まってきている。

法と運用
 身体拘束は法的にはどのように規定されているのであろうか?
 精神保健福祉法第37条は、「精神科病院の管理者は、入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる。」としている。これに基づき、「精神保健福祉法第 37 条第1項の規定に基づく厚生大臣が定める処遇の基準」(厚生労働省告示)が発出されており、そこでは、身体拘束について次のように定めている。
 「身体的拘束は、制限の程度が強く、また、二次的な身体的障害を生ぜしめる可能性もあるため、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限であり、できる限り早期に他の方法に切り替えるよう努めなければならないものとする。」
 ここにあるように、身体拘束は本当にやむを得ない時にだけ、しかも代替手段が見出されるまでの間にされることが、かろうじて許されるものであり、早期に他の方法に切り替えることが求められている。

 また、身体拘束についての「基本的考え」として次のように述べている。

 「身体的拘束の対象となる患者は、主として次のような場合に該当すると認められる患者であり、身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。」
 そして、身体拘束の「対象となる患者」として次の3要件が示される。
 ア.自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合
 イ.多動又は不穏が顕著である場合
 ウ. ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合

ニュージーランド国籍ケリーさんの死
 ところが現場は違うようだ。先に述べたニュージーランド国籍のケリー・サベジさんの場合の場合を見てみよう。
 ケリーさんは、横浜の兄宅にいた時にそう状態となったが、診察時には落ち着いていた。それにもかかわらず医師は本人にベッドに横になるように指示し、そのまま身体拘束をしている。一緒にいた兄は「何故落ち着いているのに身体拘束をするのか?」と心底驚いたそうである。また、ゴールデンウィークに入るので身体拘束を解除できない旨を病院側から伝えられている。ケリーさんは身体拘束を外すよう懇願しても聞き入れられず、命まで落としてしまった。診察場面で落ち着いていても身体拘束をされることはケリーさんだけでなく現場ではそう珍しくないようだ。厳密に適用されなければならない国の基準が守られていない状況が窺われる。病院によっては入院すると先ずは身体拘束からスタートする所もあるようである。身体拘束は人権を大幅に制限する重大な行為という意識が薄れ、あたかも「薬の処方」のように行われている実態が浮かび上がる。
 遺族は、ケリーさんの死後、病院に対しカルテ開示請求を行ったが、病院側が行ったのはカルテを病院職員のパソコン操作の下に1時間の時間制限の中で、院内で閲覧させるだけの「説明会」だった。その後、7月19日に記者会見を行っている最中に謄写(コピー)をすることを認める電話が入って、その後コピーを入手した。本来、カルテに記載されている個人情報は、本人、遺族のもののはずである。厚生労働省も「診療情報提供に関する指針」を定め、本人、遺族らへのカルテ開示を原則的に認めている。しかし、実態はこうなのだ。"精神科医療の身体拘束を考える会"には同様の話が寄せられている。
 それでは、ようやく開示された実際のカルテや記録にはどのように書かれていたかを見てみよう。

5月1日(診療録)カルテ
「左手の拘束を外して欲しい。」
(点滴抜かないようにしばらく続けること説明)
 水分の要求にて水をコップ数杯飲水する。
 こちらからの問いかけに的確な返答あり。
 食事中逸脱行為ないが、拘束を外して欲しいと何度か要求があり主治医へ伝えると説明する。
 拘束の訴えについては了解が悪い。

5月4日【看護記録】
 「昼薬時、覚醒あり『おはようございます』と返答 される。対応は穏やか」
 昼薬をすすめると「いらないです。大丈夫です」
 と頑なに拒否あり飲めず。

5月6日【看護記録】
 疎通良好
 声かけに「おはようございます」と返答あり、食事に関して「お腹空きました。ご飯食べたいです」と発語あり。
 水分も吸い飲みにて100ml程度飲める。その後も「もう少し水ください」と、追加で200mlほど飲まれる。むせ込みなし。
 雑談もでき、「日本語は完璧じゃないですけど、なんとか話せます」
 「兄が横浜に住んでて」などと会話できる。

5月7日【看護記録】
 声かけに容易に覚醒する。
 「これ(拘束)から抜けたいから・・お兄さんと、先生と・・打合せして欲しい。」
 帰宅希望も聞かれる。
 主治医も家族との面談を予定していることを伝える。
 「そうですか・・・わかりました。」

 以上を読めばわかるように、ケリーさんは「疎通良好」であり、「雑談もでき」るような状態だった。先に示した身体拘束の実施が許される3つの要件には到底該当していないと考えられる。
 ところが驚くべきことに、看護記録には、次のような文が、入院当日4月30日(日)16時30分以降、急変した5月10日(水)まで毎日、8時30分、16時30分、23時30分の1日に3回ずつ、ほぼ定刻に記載されている。
 「精神運動興奮状態にあり、不穏、多動、爆発性が著しい。放置すれば患者が受傷するおそれが十分にある。」
 これは明らかにその他の記録と矛盾している。おそらく、患者さんの状態にかかわらず、この「定型文」を1日3回記入するようにしていたのだろう。母国語が英語のケリーさんは、不本意な形で身体拘束をされ、一所懸命に日本語で、「左手の拘束を外して欲しい。」「これ(拘束)から抜けたいから・・お兄さんと、先生と・・打合せして欲しい。」と訴えたが最後まで身体拘束を解除されることはなかった。そして、心肺停止、死を迎えた。
 しかし、これは氷山の一角だろう。"精神科医療の身体拘束を考える会"が発足してから会には、身体拘束後に死亡した例、訴訟例、これから提訴するものなどが次々と寄せられてきている。

今後に向けて
 まずもって強調したいことは、ケリーさんのように身体拘束をされて、その後亡くなってしまうことは決して少なくないということだ。精神科病院の中に一旦入ってしまえば、そこでの言動はすべて「症状」と見なされてしまう。どんなに真っ当な主張や言動であっても、それを「不穏」、「興奮」、「多動」など、いくらでも「精神症状」のせいにすることが可能なのだ。そのような中でおそらくは多くの方が泣き、命まで落とす人もいる。私たち市民、国民は、このような実態を先ずは知ることが必要だ。そして広く精神科病院の実態や情報を明らかにし、そのような中で市民、国民が精神科病院を「選べる」ようにしていくことが大切である。
 次に、実態をもとに議論を進めることである。先に述べたように我が国は「カルテ開示」すら心もとない状況である。「患者の権利法」、「医療法」など諸権利を定めた法制定をしていくことである。
 最後に、上記を進めていくためには、市民、国民を広範に巻き込んだ運動、そしてそれを国会に届け、より具体化していく必要がある。"精神科医療の身体拘束を考える会"では、ケリーさんの死について厚生労働省と話し合いを行ってきているが、厚労省の回答は「神奈川県から、精神保健福祉法上の問題点はなかったと報告を受けた。」であった。壁は厚いのである。
 明らかに行き過ぎた人権侵害が行われている身体拘束は社会の中で多く行われており、このようなことを止めさせることには、イデオロギーは関係がない。いわゆる従来のリベラル層だけでなく、保守層も含め、どれだけ国民的議論にできるかが勝負である。
 必要あれば下記まで連絡頂きたい。

■精神科医療の身体拘束を考える会
代表 長谷川利夫
 杏林大学保健学部 作業療法学科
〒181-8612 東京都三鷹市下連雀 5-4-1
TEL: 0422-47-8000 内線: 2512
携帯電話:090-4616-5521
E-mail : hasegawat@ks.kyorin-u.ac.jp

◆長谷川利夫(はせがわ としお)さんのプロフィール

昭和39年(1964年) 東京都生まれ
昭和62年(1987年) 國學院大學法学部法律学科政治学コース卒業(法学士)
平成19年(2007年) 新潟医療福祉大学医療技術学部作業療法学科 講師
平成22年(2010年) 新潟医療福祉大学医療福祉学研究科保健学専攻博士後期課程修了
平成21年度 博士学位請求論文『精神科病院における隔離・身拘
束に関する各専門職の意識の実態とその背景要因及び作業療法士の
役割に関する研究』(保健学博士)
平成23年(2011年)より 杏林大学保健学部作業療法学科 教授  

(著書)
「精神科医療の隔離・身体拘束」日本評論社、2013年(単著)
「病棟から出て地域で暮らしたい 精神科の『社会的入院』問題を検証する」やどかり出版、2014年(共著)
「私たちの津久井やまゆり園事件 障害者とともに〈共生社会〉明日へ」社会評論社、2017年(共著)

(役職等)
日本病院・地域精神医学会 理事
公益社団法人 全国精神保健福祉会連合会 政策委員
一般社団法人 日本作業療法士協会 福利厚生委員長
NPO法人にいがた温もりの会 理事
(2018年3月14日現在)





 
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