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実務に役立つ憲法理論の構築をめざして
- 同性婚と難民申請者の裁判を受ける権利を例に

2018年5月7日



大野友也さん(鹿児島大学法文学部准教授)

はじめに
 「裁判実務に影響を与える憲法理論構築へ」というタイトルでこのコーナーに登場してから10年半の歳月が過ぎました。この間、鹿児島大学で憲法を教える傍ら、憲法学に関する研究を進めてきました。研究に際しては、このコーナーで10年半前に述べたように、実務と学説の乖離を埋めることを意識し、自身の論文を裁判で意見書として用いられることを願って、研究を進めてきました。
 自身の努力が実務家の方にも伝わったのか、ここ数年で実務家の方々から依頼されて原稿を書く機会もいただけるようになりました。今回はその研究について紹介したいと思います。

同性婚について
 まず2017年12月に発表した「日本国憲法と同性婚」という論文を紹介します。全国青年司法書士協議会の依頼で執筆し、月報全青司452号に掲載していただいたものです。この論文では、同性婚が憲法上の権利を主張できないかどうかを検討しました。同性婚を憲法上の権利と主張する際の手掛かりになりそうな条文は、13条(幸福追求権)、14条1項(平等)、24条1項(婚姻の自由)です。
 幸福追求権を定める13条は、いわゆる「新しい人権」を保障する根拠条文として用いられ、実際にプライバシー権や自己決定権などが13条によって保障されると解されています。そのことから、婚姻相手を選ぶことも自己決定権として主張できるという解釈が可能です。確かに、婚姻相手を選ぶことは自己決定権の行使と言えそうです。しかし、そうなると、近親婚や一夫多妻制などもその射程に入ってくる可能性があります。そこまで認めるならば、13条を根拠に同性婚を主張することは可能だと思います。ですが、同性婚は認めてもいいが近親婚や一夫多妻制は認められないという人も多いでしょう。そうなると、このような主張は世論から受け入れられにくいようにも思われます。
 では14条1項はどうでしょうか。14条1項は法の下の平等を定めています。そしてその中で、性別に基づく差別を禁止しています。同性婚を認めないことは、この性別に基づく差別になるのではないでしょうか。どういうことかというと、男性Aに求婚した女性Bと男性Cがいるとします。そしてBとCは、性別を除く他の条件(人種や年齢、収入など)はすべて同じとします。男性A自身が同意した場合に、その同意が認められるのは、現在のところ、女性Bに対してのものであり、同性婚が認められない以上、男性Cとの同意について認められないということになります。BとCの違いが性別だけだとすれば、これはまさに性別に基づいて婚姻を認めないということになるわけで、憲法14条1項に反するのではないでしょうか。このような解釈は、1993年のハワイ州最高裁の判決から得たアイデアです。
 最後に残る24条1項はどうでしょうか。24条については、実は問題があります。というのも、24条1項は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」するとあり、ここにいう「両性」は「男性と女性」である、という解釈が可能だからです。そのような解釈を取った場合、憲法24条1項は同性婚を禁止している、という解釈さえ可能です。この点については、「両性」というのは明治憲法・旧民法下の「家制度」のもとで戸主の同意がなければ結婚できなかった日本の旧制度を否定するためのものであって、本来は「両当事者」という意味である、という解釈が可能です。そのように解釈すれば、24条1項が同性婚を禁止しているとは言えないことになります。他方で、このような解釈では、24条1項が同性婚を禁止しているとはいえない、と主張するにとどまり、権利として保障している、という主張までは難しいようにも見えます。
 以上のことから、私自身としては、14条1項の禁止する性差別ではないか、という構成がもっとも筋が通る主張ではないだろうか、と結論しました。
 近い将来、同性婚を認めないという現在の実務が裁判で争われるかもしれません。私の論文が、その裁判に役立てばいいと思います。

難民申請者の裁判を受ける権利について
 もう1つは2018年3月に発表した「難民申請者に対する退去強制と裁判を受ける権利‐試論」という論文です。これは難民事件を多く手掛けておられる駒井知会弁護士から依頼を受け執筆したもので、鹿児島大学法学論集52巻2号に掲載されたものです。
 難民申請者が申請を却下され、それに対する異議申立を行い、それが棄却された直後に退去強制されるという事例が近年相次いでいます。異議申立が棄却されても、行政訴訟でその取消を求めることが可能です。しかし退去強制されてしまうと、それも不可能になってしまいます。それは、憲法32条が保障する「裁判を受ける権利」を侵害するのではないか、というのが論点です。
 この問題を考えるために、いくつかの問題との比較から検討をしました。まず1つ目が受刑者の出廷権との比較です。受刑者が刑務所収容中に訴訟を提起し、その訴訟のために裁判に出席することを求めた場合、現在の判例ではその要求は認められないということになっています。受刑者の場合、憲法31条で自由刑について規定されていますし、その他の憲法上の権利の制限も、刑務所内の秩序や安全の維持などを理由に認められており、出廷が認められないとしても、憲法32条の裁判を受ける権利が侵害されたとは言い難いかもしれません。他方、難民申請者の場合、受刑者ほどの制限の理由はないように見えます。そのことからすれば、退去強制によって裁判を受けることができなくなることは、やはり32条に反するように思われます。裁判所は、代理人による訴訟追行が可能だとして、退去強制によって本人が出廷できなくなっても32条違反はないとしています。しかし権利はあくまで本人が行使するものです。本人が直接に権利を行使できない以上、やはり権利侵害があると言えるのではないでしょうか(このように考えると、受刑者が出廷できないことも32条との関係では問題があるようにも思われます)。
 2点目は司法過疎の問題との比較です。司法過疎は私の住む鹿児島では離島が多いこともあり、まさに問題となっています。司法過疎の結果、裁判所へのアクセスが困難になり、裁判を受けることが事実上できない国民がいるわけで、これ自体が憲法32条に反するのではないかと思われます。退去強制された難民申請者も、国外からの裁判所へのアクセスということになり、国内からのアクセス以上に高いハードルがあります。これはやはり32条との関係で問題ではないでしょうか。
 さらに、「権利の実効的救済」という観点からも問題になります。憲法32条は実効的な救済を受ける権利だと言われています。ところが、退去強制された難民申請者については、日本国内にいないため、不認定処分が取り消されたとしても、救済ができません。そのため、最高裁は、退去強制を執行された難民申請者は「訴えの利益」がないとして、請求を斥ける判断をしています。難民不認定が仮に誤っていたとしても、国外にいる以上、救済し得ないというのは、事実としてはそうかもしれませんが、正義にかなう判断だと言えるでしょうか。せめて裁判所の判断がなされた後で退去強制を執行するべきではないでしょうか。
 以上のように、難民申請者の退去強制は、難民申請者の裁判を受ける権利を侵害しているように思われます。
 この論文は少々の体裁を整え、「意見書」として近々裁判所に提出される予定です。難民申請者の裁判を受ける権利を裁判所が認めてくれることを切に願います。
 10年半という年月の間に、十分とは言えませんが、少しずつ自身のやりたいことを実践できてきているように思います。本当は、こうした研究が不要となるような世の中になることが一番なのですが、実際はそうでないので、今後も実務家と協力して、実務に役立つ憲法理論の構築を進めていきたいと思います。

◆大野友也(おおの ともや)さんのプロフィール

1977年、岐阜県生まれ。2007年10月より鹿児島大学法文学部准教授。専攻は憲法学。おもな著作として『大学生のための憲法』(法律文化社、共著)、『アメリカ最高裁判所』(岩波書店、共訳)など。





 
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