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いまの日本における憲法教育の課題

2018年5月21日



青野 篤さん(大分大学経済学部准教授)

憲法教育が置かれている状況
 次代を担う若者、特に中高生に対する憲法教育はいかにあるべきか。ここで求められている憲法教育が単に憲法の条文やキーワード、裁判例などを暗記させる教育であってはならないことは、少なくとも憲法教育を受験教育としてではなく、自由で民主的な国家を支える個人を育てるための教育として捉えている人達の間では共通理解になっていると考えられる。しかし、その一方で、日本国憲法施行から71年が経過し、現在、憲法教育が置かれている状況は以前にも増して厳しいものになってきている。少子高齢化、情報化、国際環境の変化やそれにともなって顕在化してきているさまざまな問題が現行憲法と安易に結び付けられ、憲法教育の対象である「憲法」そのものや、これまでの憲法教育が前提としてきた「自由」「平等」「平和」「個人の尊重」といった「憲法的価値」自体が批判されたり、相対化されたりすることが目立つようになってきている。こうした動きは政治の世界に限られたものではなく、たとえば、2022年度から「現代社会」に代わって高等学校での必修科目となる「公共」の学習指導要領(2018年3月30日告示)では、教育の「内容」から「現代社会」の学習指導要領には明記されていた「基本的人権の保障」や「平和主義」、「議会制民主主義」、「権力分立」、「日本国憲法に定める政治の在り方」などがなくなってしまっている。このような教育行政も含めた憲法軽視の流れが進めば、憲法教育それ自体がその内容や手法のいかんにかかわらず、イデオロギー的・党派的な教育としてみなされかねなくなってしまうであろう。

憲法教育と政治的中立性
 憲法の基本原理やその価値に関する学習は、教育基本法14条1項において教育上尊重されるべきとされている「良識ある公民として必要な政治的教養」の中核をなすものである。現行憲法を改正すべきか否かも、現行憲法に対する理解なしには、判断できない問題である。確かに、特定の憲法解釈や政治的立場を絶対的に正しいものとして生徒に教えることは、生徒の自由な意見形成や思想形成を妨げることになり、憲法教育が本来育もうとしているはずの「自ら考え、判断し、行動できる」個人を育成することにはならず、憲法教育の自己否定ともいえる事態となろう。しかしながら、過去の戦争の反省に基づいて制定された日本国憲法の意義・精神やそこに謳われている原理・価値の重要性を教えることはもちろん、特定の憲法的・政治的争点に関して、教師が自らの立場を生徒に対してその発達・学習段階に配慮しながら理性的に説明することは、教育の政治的中立性に反するものではない。むしろ、それを生徒との対話につなげることができれば、生徒のより深い学びにつながりうるものである。しかしながら、2015年の文部科学省通知(「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」)は、高等学校等における政治的教養の教育において、「教員は個人的な主義主張を述べることは避け」るように求めている。学校での憲法教育において重要なのは、教科書に書かれたことだけではない。憲法問題・社会問題に主体的に向き合い、理性に基づいて、立場を異にする他者とも対話をしようとする教師の立ち振る舞いからも、生徒は、憲法教育が目指す自立した社会の形成者としての個人のあり方を学び取るはずである。

平和教育・人権教育・主権者教育
 憲法教育には、基本的人権の尊重、平和主義、国民主権という日本国憲法の基本原理に対応して、「人権教育」、「平和教育」、「主権者教育」の3つの柱があると考えられる。
 このうち、これまでの日本の憲法教育において特別な意味をもってきたのは「平和教育」であったといえるが、近年、平和主義の根幹に関わるような重大な政策変更や立法が相次ぐなかで、日本国憲法が求めている平和主義とは何かを考えさせる教育の重要性は、今後とも揺らぐことはないであろう。ただ、特に若い世代にとっては、戦争の理不尽さや非人道性を「経験」はもちろん、「感情」をもって理解することも、身近な戦争体験者の減少などにともなって、難しくなってきているのも確かである。それゆえ、これまでも教育現場で取り組まれてきたように、戦争の悲惨さを追体験できるような教育上の工夫が一層求められているし、さらには戦争や軍事的緊張に至る根本的な要因はどこにあるのか、その要因を除去し、平和的な解決を行う方法はないのかということも含めて、より広い視野から平和主義を探究できるような教育を進めていくことが重要であろう。
 人権教育については、これまで、いじめや部落差別のような私人間での人権侵害の問題に重点が置かれてきたといえる。「個人の尊重」や「平等」といった考え方を理解するうえで、このような教育は今後とも重要であるが、憲法教育としての人権教育においては、国家による人権侵害の問題を積極的に取り上げていくべきであろう。とりわけ、民主的な政治体制を支える、思想・良心の自由、知る権利を含む表現の自由、報道の自由に関する教育は、主権者教育の一環としても重要であろう。また、生徒の人権を過度に制限するような学校において、人権保障の重要性を説いたとしても、生徒はそれを単なる「建前」として受け止めてしまい、人権教育に大きな負の影響をもたらしてしまう。そのような人権教育上の観点からも学校の校則や指導による生徒の人権の制限が必要最小限度にとどまっているかを学校は不断に問う必要があろう。
 選挙権年齢の18歳への引き下げを受けて、注目を集めているのが主権者教育である。知識として、選挙や議会の仕組みを学んだり、模擬投票などを通じて、政治への関心をもち、政治参加の意欲を高めたりすることは重要であるが、憲法教育としての主権者教育においては、単に知識を得たり、選挙に参加するための教育にとどまってはならない。平和教育や人権教育の成果を活かして、憲法の視点から、個々の政策の当否を判断する能力を高めたり、現実の政治を見る眼を養うことが求められよう。そのためにも、模擬投票や生徒討論のテーマなどにおいても、憲法に関わる問題が積極的に取り上げられるべきである。

立憲主義教育の重要性
 以上のような教育を行っていく前提として重要となるのが、憲法に基づく政治がなぜ必要とされるのかを理解するための教育、すなわち立憲主義教育である。憲法の必要性やその特質を理解しないまま、憲法教育を進めても、生徒はなぜ憲法にこだわらなければならないのか、その意味を理解することはできないであろう。「国家権力は必要であるとしても、国家権力は常に濫用される危険性があり、私たちの人権を守るためには、憲法によって国家権力を縛る必要がある」。憲法教育においては、まずは、この立憲主義の基本コンセプトを歴史的事実を踏まえて理解してもらえるように努める必要がある。そうでなければ、いまの政治状況を踏まえた場合、せっかく憲法を学んだとしても、憲法は政治をコントロールするものではなく、せいぜい政治における考慮要素の一つにすぎず、しかも政策的都合を優先させていかようにでも解釈できるものとの誤解を与えかねないであろう。

◆青野 篤(あおの あつし)さんのプロフィール

大分大学経済学部准教授。専門は憲法学。共著に『アメリカ憲法と公教育』(成文堂、2017年)、『ロバーツコートの立憲主義』(成文堂、2017年)、『高校から大学への憲法(第2版)』(法律文化社、2016年)など。





 
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