法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
憲法をめぐる動向
イベント情報
憲法関連裁判情報
シネマ・DE・憲法
憲法関連書籍・論文
今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

今週の一言

 

科学技術と軍事

2018年7月9日



小沼通二さん(慶應義塾大学名誉教授)

非人道的な大量破壊兵器
 第1次世界大戦中の1915年4月22日、フランス軍と対峙していたベルギー西部の都市イープル周辺の激戦地で、ドイツ軍は初めて毒ガスを使用した。最初は塩素ガスだったが、続いてイペリットやホスゲンという致死性の高い毒ガスが開発され使用された。これに対してフランスも毒ガスの開発・使用をおこなった。(イペリットはイープルにちなんで名づけられた。)
 第2次世界大戦の末期の1945年8月6日と9日に米国は、広島と長崎に原爆攻撃をおこなった。その後冷戦激化の中で、核兵器開発競争が続き1954年3月1日のビキニ水爆実験では、指定された危険区域外で操業していた第5福竜丸など多数の漁船、近隣諸島の住民が被曝した。
 これらの化学兵器・核兵器は生物兵器(細菌兵器)と共に大量破壊兵器といわれている。破壊の対象は市民を含み無差別である。
 無差別都市攻撃は、両大戦の間のスペイン内戦で反政府のフランコ軍を支援したドイツ空軍が、1937年4月26日に北スペインの都市ゲルニカの建物を破壊し、住民を機銃掃射し、大量の焼夷弾で焼き尽くしたことから始まった。第2次世界大戦では、ドレスデンにも重慶にも日本の東京をはじめとする大中都市にも徹底的に無差別爆撃がおこなわれた。
 科学・技術の応用によって戦争の非人道性が極限に達したのだった。
 広島・長崎の被爆直後の8月10日に、日本政府は中立国のスイス政府を通して米国政府に「従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性残虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たな罪状なり」、「即時かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す」とする抗議文を送った。この内容は今日でもそのまま通用するのだが、今の政府には全くこのような考えがないのは残念である。

ラッセル・アインシュタイン宣言
 ビキニ水爆実験の規模と、激化する核兵器開発競争の現実を見据えて憂慮した英国のB. ラッセル、米国のA. アインシュタイン、日本の湯川秀樹たち11人の世界の指導的科学者が、1955年7月9日に、核兵器と戦争の廃絶を世界中に、特に科学者と各国政府に呼びかける宣言を発表した。この宣言では、核兵器を廃絶できずに世界戦争が起これば核兵器が使われ、拡散する放射能によって人類は絶滅する危険性がある、核兵器の廃絶ができても、紛争を戦争で解決することが続けば核兵器は作られて使われるだろう、思想・信条・宗教・民族などの違いを乗り超えて、Remember your humanity and forget the rest. (ヒューマニティを忘れることなく常に考え、その他のことは無視せよ)とよびかけたのだった。
 参加を求められた事情を質問した私に、湯川はビキニ事件の直後の3月30日に毎日新聞に「原子力と人類の転機」を寄稿し、それがすぐに翻訳されて世界に知られたためではなかったかと答えた。
 湯川は1945年の敗戦までは、海軍の原爆開発のF研究に参加し、国家のために貢献するのは当然であり、最も寄与できるのは基礎科学研究を進めることだと考え、原子核理論の研究に集中していた。戦争終結後2カ月間発言を控えて考え続けた結果、国家は、家族から全世界に至る様々な段階の社会の単位の一つにすぎず、判断を誤ることもあり、国民に真実を隠蔽し、情報操作をおこなうことがある、国家だけを絶対視したのが誤りだったと見抜いたのだった。

戦争廃絶に向かう100年前からの歩み
 今から100年前の1918年の第1次世界大戦の終結を受けて、国際連盟が1920年に発足した。1928年にはパリで不戦条約が成立した。それにもかかわらず戦争を防げなかったのは、自衛権を認めたためであり、拡大解釈されたのだった。1945年6月には日本の敗戦を前にして国際連合(国連)ができた。これらはどれも、いかなる紛争も戦争をせずに平和的に解決すべきことを求めていた。日本国憲法ができたのはこの国連発足の翌年1946年であり、前文と戦争放棄の内容は、それまでの流れの延長線上にある。改正して廃止すべき欠陥ではなく世界の最先端を行く誇るべき内容なのである。
 ラッセル・アインシュタイン宣言も、この流れに沿うものだった。理想論だといって無視してはいけない。これまでにも、予想していなかった変化が次々に起きているのだ。

現在の日本
 安倍政権は、日本国憲法を極限まで曲解・軽視・無視して、国の形を壊し続けている。その一つが科学・技術の軍事化である。軍産の協力に飽き足らず、大学・研究機関などが予算不足・削減に苦慮しているなかで、これらを対象にした安全保障技術研究推進制度を2015年度に発足させた。その機会に、日本学術会議は「安全保障と学術に関する検討委員会」を設置して、10か月にわたり熱心に検討を重ね、防衛装備庁を含めて委員外の説明も聞き、フォーラムも開催して2017年3月24日に、声明を発表した。そこでは、「軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究が、学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にあることを確認し」1950年の「戦争を目的とする科学研究は行わない」声明と1967年の「軍事目的のための科学研究を行なわない声明」を継承することを宣言した。日本学術会議は、大学・研究機関・学協会にそれぞれの状況に応じた取り組みを呼び掛けた。
 防衛省は、大学等の研究機関からの応募が減少しているなかで安全保障技術研究推進制度の大幅拡大を進め、3年目には大学の採択は無しにして、国立研究機関や企業の下で分担させるという大学隠しの糊塗をおこなっている。安倍政権と防衛省は、「抑止力及び対処力を高めていくためには、わが国が諸外国に対する技術的優越を確保することが重要」という基本方針を掲げている。そして武器輸出と、米国やイスラエルなど非人道的な武力行使を行っている国との兵器の共同開発に力を入れている。国内での失政を覆い隠すために、声高に外国からの脅威を言い続けている。米国からは古くなった兵器と高価な未完成の兵器を買わされている。これら一連の動きは、周辺諸国からも日本が軍拡を進めているとみなされる誤った道である。

国際環境の変化と日本の向かうべき道
 世界、特に東アジアの国際環境は急激に変わり始めている。変化は兆しが見えたときに捕まえるのが最も容易なのである。ところが日本だけが乗り遅れている。機会は捕まえなければ失われてしまう。
 よそで何度も述べたので繰り返さないが、避けられない少子高齢化、巨額な財政赤字、狭隘な国土の日本が軍事大国になることは不可能なのである。日本が軍備強化に依存せずに目指すべきは、敵を作らずに安全で安心して生活できる小国である。世界にはこのような国が実際に存在している。健全な科学技術の研究開発は、秘密と、非人道性を抱える路線と結びつかずに進める以外ない。
(ラッセル・アインシュタイン宣言63周年の日に)

◆小沼通二(こぬま みちじ)さんのプロフィール

1931年 東京生まれ
慶應義塾大学名誉教授 東京都市大学名誉教授 世界平和アピール七人委員会委員 日本パグウォッシュ会議運営委員など。
日本学術会議原子核特別委員会委員長 日本物理学会会長 アジア太平洋物理学会連合会長 パグウォッシュ会議評議員などを歴任。
『重大な岐路に立つ日本』(共著)、『言うべきときに 言うべきことを』(世界平和アピール七人委員会編著)ほか。





 
[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]