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津久井やまゆり園殺傷事件から問われる障害のある人の人権保障

2018年9月24日



鈴木 靜さん(愛媛大学教授)

はじめに
 あの津久井やまゆり園殺傷事件から、2年が経過した。福祉施設に入居する知的障害のある人々を殺傷することを目的に元福祉職員が侵入し、19名の死亡、27名が負傷した惨事であった。さらに衝撃を与えたのは、被告人男性が、犯行前から重度障害のある人たちを社会で不要な者として捉え、殺害を肯定する発言を繰り返したことである。そして現在も、その主張を変えていない※1。それにもかかわらず、憲法学をはじめとする法律学、社会福祉、社会保障、労働、精神医学等において、この事件の真相解明や再発防止について活発な議論がなされないまま現在に至る。私たちは、被告人男性が日本社会に突き付けた問題に、真正面から立ち向かわないわけにはいかないのではないか。

事件が社会保障法学に問いかけるもの
 私たちは、事件の真相究明と再発防止を目的に、調査研究を続けている※2。これまで被告人男性との面談のほか、被害者家族や津久井やまゆり園、神奈川県担当者等に、事件当時や現在に至るまでの経緯や意見や葛藤をお聞きし、研究成果の一部を2018年5月に日本社会保障法学会第73回大会ミニシンポジウムにて「障害のある人の人権と家族・にない手の人権」として報告した※3。以下は、私の報告の一部である。

津久井やまゆり園における被告人男性の働き方
 報告は、福祉施設における働き方とケア保障のあり方をテーマにした。今回の事件は、被告人男性が津久井やまゆり園で3年間、勤務してきた点に着目したものである。津久井やまゆり園は、障害のある人を対象にした県立の入所施設であり、地域ではケアの質が高いと言われてきた。障害支援区分の高い障害のある成人が多く入所しており、また強度行動障害に対応できる地域の専門的拠点でもある。職員の給与や夜勤等の労働条件も悪くない。被告人男性が殺害を計画した契機は、劣悪な福祉、労働環境に耐えかねて行ったのではないことが特徴である。そして、それゆえにこの事件は深刻な問題をはらんでいるといえよう。なぜ、元職員であった被告人男性が、利用者に対して殺害を計画するに至ったのか。この点につき、公表されている手記、インタビューを通じて、働き方や人権や福祉等に関する意識を探った。
 被告人男性は、知的障害のある人を名前、住所、年齢を自ら言えない人たちを「心失者」と自ら定義し、人間ではないと主張する。「心失者」は家族や社会の迷惑であり、安楽死させるべきだと続ける。まさに能力主義や優生思想につながる意識が、色濃く読み取れる。被告人男性がこうした考えを元々もっていたとしても、殺害を実行するまでに助長したのは、どのような要因だったのか。津久井やまゆり園勤務経験が、どのように影響したのかが問われなければならない。具体的に被告人男性は、どのような働き方をしていたのか。
 被告人男性は、津久井やまゆり園での仕事を「楽だった」と話し、労働条件や待遇に全く不満はなかったという。津久井やまゆり園は、障害者施設のなかでは働きやすいところだとして、楽な仕事のたとえとして「見守り」について話している。それは利用者への「見守り」を「ただ見ているだけ」と捉え、「暴れたら押さえつけるだけ」だという。本来、「見守り」は利用者の意思やペース、自主性を尊重し、自傷他害を防ぐ目的に行われるもので、高度な専門性を求められる。しかし、被告人男性は「ただ見ているだけ」にすぎなかった。専門性のかけらもない働き方がみてとれる。被告人男性が、曲がりなりにも仕事ができていた津久井やまゆり園のケアには、問題があったと言わざるをえない。

全国の福祉施設で起こりうる可能性
 しかし、これは津久井やまゆり園だけの問題ではない。全国の福祉施設でも同様な状況にある。聞取りに応じてくれた津久井やまゆり園の利用者家族(男性・50代)は、「びっくりしたけど、やっぱりそういうことが起きたな」と言った。意味を尋ねると、どこの施設でも起こりうるとして、利用者が以前入所していた施設の現状を話してくれた。
 利用者のなかには行動障害があり、言葉が出にくい人もいる。入所施設では、日常的には家族の目は届かない。職員が少ない中で、利用者の行動を抑制するために、暴力によることもある。多くの家族は、利用者が暴力を受けたことを認識しても、施設から不利益を受けることを危惧して、口をつぐまざるをえない。
 私たちは、この問題の背景には、福祉施設における人員配置に問題があると考えている。すなわち、利用者一人一人に対応できる人員配置になっていないため、利用者「全体」を、少数の職員で「見ている」だけで手いっぱいの現状がある。本来であれば、重度な障害のある人ほど、マンツーマンかそれに近い人員配置で、見守る必要がある。しかし、現実はそうなっていない。そうだとすれば、「見守り」ができないことを、職員個人の問題に収れんさせてはならない。ましてや津久井やまゆり園の個別の問題ではなく、日本の福祉施設全般の問題である。これまでの日本では、福祉施設で不十分な人員配置が常態化しており、福祉等の専門家ほど、やむを得ないことと諦めてきたのではないか。本当にやむを得ないことなのかを、改めて問わなければならない。

障害のある人の人権保障と日本の障害福祉法制の課題
 ここで、障害のある人の人権保障の国際的展開を確認しよう。国際連合は、世界人権宣言から普遍的な人権保障を開始した。しかし現実には、障害のある人、子ども、女性等、人権が侵害されやすい人々や領域があることが認識され、普遍的な人権保障だけでは十分ではないと認識され、固有の人権保障も重視することになる。障害のある人の権利保障の開始は、1971年の知的障害のある人の権利宣言からであり、これは固有の人権の保障を目指すものである。
 留意すべきは、国際連合は知的障害のある人ほど、人権侵害を受けやすいことや意見表明の困難さを認識し、その知的障害分野から固有の人権保障が開始されたことである。その後、国際連合は、障害分野でもその後に対象範囲を拡大し、現在ではすべての障害におよんでいる。重要なことは、障害のある人の人権保障は、まさに「能力主義の否定」を出発点としていることである。さらに、国際連合は普遍的な人権保障と固有の人権の保障の双方が重要であると認識し、固有の人権が保障されるからこそ、普遍的人権も保障されると考えている点も重要である 。
 日本の場合は、どうであろうか。障害福祉法制は、1949年の身体障害者福祉法から開始されており、身体障害のうちでも「更生可能な者」を対象にしていた。まさに能力主義に基づく発想であったことを指摘せざるをえない。その後、1981年の国際「障害者」年や2014年の障害のある人の権利条約批准前後に、能力主義を否定する理念を掲げる法改正は行われなかったと言わざるをえない。障害福祉法制の法改正は、確かに障害種別を越して法対象としたが、その程度の法改正に過ぎない。国際連合が提起した「能力主義の否定」を出発点として、障害福祉法制を見直したものではない。現行法は、身体障害のある人に対する福祉法制の考え方を、知的障害や精神障害に拡大したにとどまる。知的障害のある人の権利保障を、重視する法改正にはなっていない。これらを踏まえ、日本で根本的に障害のある人の権利保障のためのケアを実現するため、ILO看護職員条約を参考に議論を始めるべきであると、私たちは提起した。

おわりに
 津久井やまゆり園殺傷事件が、あれほどまでに日本国中に衝撃を与えたのは、被告人男性のいう能力主義、優生思想的な考えが、実は誰のなかにもあるからではないか。学会報告で指摘したことは、日本の障害福祉法制は能力主義を否定していないことであり、この弊害として、津久井やまゆり園殺傷事件として最悪の人権侵害をもたらしたのではないかとの結論である。障害福祉法制、ひいては日本の社会保障政策の貧困こそ、能力主義と優生思想的な考えを「作出・助長」したのではないか。再発防止のためには、抜本的な障害福祉法制の見直しが不可欠である。
 最後に、被害にあった利用者、家族、法人職員、自治体関係者等の皆様に、お礼申し上げる。どなたも種々の葛藤のなかで重い口を開いていただいた。私たちは、事件の再発防止のために、関係者とともに重い現実に向き合いながら人権保障をの具体化したい。

※1 月刊『創』編集部編『空けられたパンドラの箱』創出版2018年参照
※2 他の研究メンバーは、金川めぐみ(和歌山大学)、矢嶋里絵(首都大学東京)、井上英夫(金沢大学名誉教授)と木下秀雄(龍谷大学)である。
※3 一連の報告については、日本社会保障法学会編『第33号社会保障法(仮)』法律文化社2018年12月出版予定である。

◆鈴木 靜(すずき しずか)さんのプロフィール

愛媛大学法文学部教授。金沢大学大学院社会環境科学研究科単位取得退学。愛媛大学講師、准教授を経て現職。いのちのとりで裁判愛媛アクション会長。『人権としての社会保障—人間の尊厳と住み続ける権利』(共著、法律文化社、2013年)など。





 
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