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じん肺とアスベスト被害に対峙して —「じん肺が心配」から48年 

2018年10月1日



塚原繁次さん(三菱長崎造船じん肺患者会代表)

 私の場合、古典的職業病・じん肺と今日的なアスベスト問題に取り組む原点となったのは当時の職場新聞に書きつけた詩「じん肺が心配」です。 
(前、中の詩句略)
じん肺がしんぱい 姿をみせぬ白アリのようなそいつ むしばまれる体のどまん中 そこが切なくしんぱい  *1969年11月 職場新聞「ひばな」364号
 
この詩の発表から48年間、少数組合・三菱長船分会でじん肺団交、多数組合を含む労働者による「じん肺患者会」の結成、じん肺自主検診運動、第1陣から第3陣に至る損害賠償請求原告の組織化、「本工」、「下請け工」とも同等の判決確定、じん肺アスベスト補償制度の実現、日常的な労災補償などに取り組んできました。以下に要約します。

自己紹介 昭和17年7月生まれの76歳。三菱長崎造船に20歳で入社、60歳までの40年間を熔接職として働き、退職してから16年経つ。平成3年4月に「じん肺管理区分2」の決定、平成27年3月に続発性気管支炎の合併症により「休業・療養」補償給付支給で労災となった。三菱長崎造船じん肺患者会代表。「日本民主主義文学会」会員。
著書は「赤い腕章」(平成4年8月)、「わが肺はボロのふいご」(平成10年5月)、「その瞳に」(平成15年12月)「われらの歳時記』(平成26年11月)
「三菱長崎造船じん肺患者会」のニュース「お元気ですか」の発刊から35年間
(423号)毎月定期に編集発行

三菱長船分会の闘い
第1次じん肺団交  昭和59年(1984年)11月「じん肺問題13項目の要求書提出」 昭和60年3月から61年(1986年)3月まで9回の開催
第2次じん肺団交 平成4年(1992年)~6年(1994年)まで9回の開催 
*団交で明らかになったことの一部
•  粉じん作業従事者2652人 じん肺管理区分2は293人  
*騒音性難聴37人 (いずれも下請け社員を除く)
• じん肺管理区分の決定を受けている職場ごとの公表はしない
• 粉じん周辺作業者の検診は電装職全員、製缶機械職やクレーン職にも広げた
• フイルターの上にかぶせる紙フイルターは使用しないで良い
・粉じん濃度は測定し産業衛生学会の指針以下に抑える
           
三菱長船じん肺患者会結成 1983(昭和58年)5月28日じん肺被害者の組織誕生 
きっかけは、日常的にじん肺検診に対応し、じん肺患者の実相を知る医療機関から「患者会をつくりませんか」と言う助言だった。退職者、現役、所属組合の違いを乗り越えて「じん肺をなくし・被害者救済・人間らしく働ける職場の実現」を目指してスタートした。
結成宣言
「現場の労働そのものによって培われた私たちの英知は、この不治の職業病の実相を見きわめ、予防と管理・医療と補償を考えるゆるぎない力となるであろう。さらに、同じ病を共有する全国と地域の患者組織・団体・個人とその歩みをともにするだろう。いま、私たちの前に道はひらかれた。
 だが、じん肺に日々、罹患しつつもそれとは知らぬ無数の群れが私たちの背後にある。私たちはこれらの人びとが泣き寝入りの涙をはらって、われらの腕に連なるよう心から呼びかける。私たちの第1歩は、5月の太陽とみどりしたたる風の中に踏み出される」

「三菱重工に補償を求める会」 平成9年5月(1997年)発足 裁判によらない自主解決を図るじん肺管理区分ごとの補償を求めた
• 1998年12月まで1年8ケ月、15回の自主交渉を行った
• 会社回答 管理2と3の非合併症を補償から除外 労働局認定の労災対象者も会社病院で再検診・再確認
• 双方折り合わず交渉決裂 (自主交渉で解決できない場合を想定、提訴を準備)

「三菱長船じん肺」第1陣訴訟
 平成10年(1998年)12月25日提訴(本工のみ77名)3年5ケ月で和解解決

第2陣訴訟39名提訴
  (本工32名 下請け工7名)
2009年2月 福岡高裁 本工も下請け工も同等の救済判決

第3陣訴訟提訴  2016年4月提訴(提訴から2年半、係争中)
         「本工」社員歴がある3人を含む19人が「下請け工」

命と健康は労働組合の基本テーマ
 被害者、弁護団、医療機関、支援組織の共闘
• 第1陣訴訟は現役労働者、退職者のじん肺被害者による合同原告団、長年の取り組みを基礎に「なくせじん肺・被害者救済」を社会的にアピールした
• 三菱重工支部は、裁判進行と同時進行で賠償額相当の補償要求。和解解決を求めた本社要請行動の設定も行った。
• 弁護団からは、「全国各地のじん肺訴訟に学び、社会的水準の賠償を実現する」ために「日鉄北松じん肺裁判」などの教訓を得た。何回も学習会を開催
• 医師・医療機関は「CT」鑑定の限界で反論、「造船じん肺は石綿を含む複合汚染」として、自主検診運動の蓄積を基に被害の実相で明らかにした。
• 「なくせじん肺全国キャラバン」運動は、地区労、県労連をはじめ、長崎実行委員会に異なる労働組合のナショナルセンターが加盟、訴訟を支援、世論を味方に早期解決をうながした。その全国実行委員会は炭鉱、トンネル、鉱山、造船の訴訟を担い、「人の苦しみと悲しみに時効はない」と、憲法学者・星野源三郎氏をはじめ文化人・著名人の支持も得た。

じん肺患者会が取り組んだ到達‥労災認定154人(うち業務上死亡認定・遺族補償43人)
• じん肺患者会の取り組みはごく一部
• 飛躍的に増え続けているアスベスト犠牲者  
• 三菱長船の石綿被害は、厚労省の「石綿労災認定事業所」で昨年の公表は累計197人でダントツの全国1つづく(この累計に下請け労働者は含まれていない)
• 三菱長船分会の元委員長が石綿肺がん、元執行委員が胸膜中皮腫を発症、三菱長船分会関係で6名が死亡している 

寂れゆく造船の街
• 従業員は三菱日立パワーシステムズ(MHPS)をふくめ約4000人
*MHPSは 三菱重工と日立製作所による火力発電システムを統合した会で 2014年(平成26年)2月設立(三菱65%、日立35%を出資)
下請会社20社 3000人 三菱の外注率は造船部門で80%
機械部門で60% *客船建造で2700億円の赤字 客船建造から撤退
• 三菱は「死の商人」として国の「防衛大綱」兵器生産に沿ってイージス艦6隻中5隻建造 今回はJMU(ジャパンマリンユナイッテッド)に受注をさらわれた
• 香焼工場は「三菱重工船舶会社」と「三菱重工船体」に分社化 LPG(液化石油ガス)やLNG(液化天然ガス)船の建造。
• 本工場の「立神工場」は中型船、特殊船、艦艇建造として「航空、防衛、宇宙ドメイン(領域)」に位置付け。
• 事業集約・合理化で県内の諫早、県外の神戸、横浜などへ転出などで従業員は減る

三菱長船分会の歴史(一部)
• 2016年1月 組合創立70周年を迎え、6月に記念行事を行った。少数組合になっても職場の要求を掲げ、職場から差別をなくし、安全と健康を守るため組合活動を続けてきた。
• 1955年(昭和30年)代は臨時工(非正規社員)を切り替える闘いで3000人を超える人たちが社員となった。
• 1965年(昭和40年)長船分会分裂。資本から独立し、先進的労働運動を続けていた組合への攻撃は全国に広がり、労働運動の右傾化に拍車がかかった。
• じん肺・アスベスト問題では職場での教宣活動、会社との団体交渉を継続、環境改善を求めた。
• 裁判の提訴によって全国各地の訴訟、運動体と連携、企業内「補償制度」の創設、「本工」も「下請け工」も対等な損害賠償を実現させた。
• 人間らしく働ける作業環境になっているか、未だ不充分 次の世代の育成は難題

三菱重工の今
• 三菱重工(宮永俊一社長)が目指すのは防衛・宇宙事業 防衛装備移転3原則を梃に海外展開
• 防衛・宇宙事業で培った最先端技術を梃に民需展開
• 陸海空宇宙シナジーで国内既存分野の受注拡大
• 儲からない事業は分社化や切り捨て 
• 下関も含め商船全体を分社化
*三菱重工の船舶建造量は
平成12年(2000年)157万トンで国内第1位だった。操業量確保・コスト競争力・商談対応力を高めるため、現在の第1位の今治造船、第3位の名村造船(大阪市)、第4位の大島造船と連携を合意
 *第2位はジャパンマリンユナイテッド株(JMU)

参照資料

「じん肺が心配 」(全文)

見るからに頑丈であろうとなかろうと
若くあろうとなかろうと
あか黒いさびと煙(ヒューム)に呼吸している体だから
たとえば白アリのように刻々
食いちぎられているのではなかろうか
一本、一本の柱に無数の穴をあけ
家屋全体をぼろぼろに倒す白アリのように
俺たちの体もどすんと音たてて倒れるその日が
刻々、近づいているのではなかろうか
そいつは音をたてず、形も見せず
ウソみたいに黙っているというのに
ときどき、かりかりと命がいたみ、うずいてくる
「要注意」―「精密検査」
レントゲン写真の不安な影
ある日ふと、青ざめても
すでに遅いのだからしんぱい
じん肺がしんぱい
姿をみせぬ白アリのようなそいつ
むしばまれる体のどまん中
そこが切なくしんぱい 

1969年(昭和44年)11月 職場新聞「ひばな」364号

造船じん肺・アスベスト被害 
解剖所見 山下兼彦医師の究明

じん肺訴訟の記録集と自費出版

造船大手の補償制度





 
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