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差別と「笑い」  

2018年10月8日



安田浩一さん(ジャーナリスト)

 背中の筋肉が強張った。怒りでからだが小さく震えた。保守的な視点で社会問題を扱うネットの情報番組を偶然、目にしたときのことだ。画面の中で、出席者たちが口を開けて大笑いしていた。いずれも世間的には"識者"と呼ばれる者たちだ。
 彼ら、彼女らはジャーナリスト・山口敬之氏からの準強姦被害を訴えた伊藤詩織さんを"ネタ"に盛り上がっていた。「枕営業」「出世のために言い寄ってくる」。そうした言葉で伊藤さんを批判するだけでなく、腹を抱えて笑う。
 スタジオには酒瓶が並べられていた。酒を飲みながらトークを交わすのがこの番組のスタイルなのだろう。そこではひとりの女性が受けた深刻な性被害も、場を盛り上げるための肴でしかない。グラスを片手にゲラゲラ。"事件"のおかげで有名になったのだから「枕営業は成功したんだよ」とゲラゲラ。
 なるほど、これが"保守"の姿なのだろう。人を見下し、突き放す。小ばかにして笑いのネタとする。醜悪極まりない光景に吐き気がした。いったい、何がそんなにおかしいのか。被害当事者を侮辱することが、そこまで面白いのか。ここでは「笑い」は暴力だ。人間を傷つけ、貶め、嘲るためだけに笑っている。ただただ、おぞましい。
 ちなみに同番組の出席者のひとりが、LGBTなど性的少数者を「生産性がない」とする論考を発表したことで知られる杉田水脈衆議院議員(自民党)だった。同議員はこれまでにも在日コリアンへの偏見を隠さず、沖縄の反基地運動を中傷し、女性たちによる社会運動を「コミンテルンが息を吹き返してきた」と述べるなど、ヘイトスピーチを繰り返してきた。
 暗澹たる気持ちになるのは、こうした発言の中身だけでなく、そこに一定の支持が集まるいまの社会の空気感だ。
 この番組を視聴しながら、同じように笑っているであろう者たちの存在を想像する。賛同のコメントをネットに書き込み、おそらく詩織さんはますます追い詰められる。「売春婦」「売名行為」。実際、そうしたネットの書き込みが後を絶たない。おそらく笑いながら書き込んでいるのであろう。それが暴力であることの自覚もなしに。
 思えば、臆面もなく差別を振りまく右派・保守派は、いつも笑っている。取材現場で、このような「笑い」を幾度となく視界に収めてきた。
 いまなお定期的におこなわれているヘイトデモ(在日差別を扇動するためのデモ行進)もその典型だ。「死ね」「出ていけ」とあらん限りの罵倒を、差別と偏見に満ちた言葉を在日コリアンにぶつけながら、彼らはいつも笑っている。つい最近も都内でおこなわれたヘイトデモで、参加者は抗議する人々に向けてピースサインで応じていた。ヘラヘラと笑いながら高揚していた。隊列に加わる者たちは、人間の尊厳というものに何の関心も払わない。「笑い」は差別の道具として機能する。自身の尊厳すら奪っている。そう、参加者にとって他者を差別するのは単なる娯楽だ。
 沖縄で基地問題を取材しているときも同じだった。辺野古(名護市)では、米軍の新基地建設に反対して座り込む人々がいる。その多くは高齢者だ。そこに、差別主義者や右翼が押し掛ける。「じじい、ばばあ」と高齢者をバカにする者がいた。「年寄りばかりで臭いんだよ!」と、マイクでがなり立てる者がいた。「どうせオマエら、朝鮮人なんだろう」と怒鳴る者がいた。
 そのたびに"襲撃者"たちの間から笑い声が沸き上がる。黙って耐える高齢者を指さしながら「言い返せないのかよ」と言っては、また笑う。
 同様に「笑い」という暴力で沖縄の基地問題を「番組」として作りあげたのは、MX テレビなどが放映した『ニュース女子』だった。
 同番組では、座り込みする高齢者を「シルバー部隊」と揶揄し、「日当もらっている」「在日が関係している」「中国の影響を受けている」とデマを飛ばしながら、スタジオ出演者はやはり笑っていた。
 新基地建設に反対するために座り込みを続けているひとりが、私に訴えた。「デマを流していることが許せない。ろくに取材もしていないことが許せない。でも、何よりも許せないと思ったのは、地元の年寄りを笑いものにしていることです」
 沖縄戦では県民の4人にひとりが犠牲になった。いまなお身体に、心の中に傷を抱えた人も少なくない。消すことのできない記憶に苦しめられている人もいる。だからこそ、二度と沖縄を戦場にしたくはないのだという思いで、多くの戦争体験者が座り込みに参加している。
 同番組はこうした人々を嘲笑したのだ。しかも、ありったけのデマと偏見を動員させて。
 右派、保守派を自称する人々に問いたい。なぜいつも、見下した笑いで人を貶めるのか。なぜいつも、口元をだらしなく緩めているのか。マイノリティも、沖縄も、笑われるために存在しているのではない。差別者の娯楽のために存在しているわけでもない。
 気に入らない者を発見し、そして叩いて吊るす──いま、日本社会ではこうした回路が幅を利かせている。ネットの影響も大きいことは間違いないだろう。
 だが、差別はいまに始まったものではない。路上で「死ね、殺せ」とはしゃぎまわる隊列を見るようになったのは今世紀に入ってからだが、日本社会はいまから95年前、関東大震災の混乱に乗じて、実際に朝鮮人を「殺し」てきた。朝鮮人である、という理由だけで殺戮をおこなってきたのだ。
 差別はリニューアルを重ね、いまという時代に到達しただけである。けっして新しい問題ではない。だからこそ、強い態度と覚悟で言い続けなければならない。差別や偏見を許してたまるか。弛緩しきった「笑い」で社会を壊すな。地域を壊すな。人間を壊すな。

◆安田浩一(やすだ こういち)さんのプロフィール

ジャーナリスト。
1964年生まれ。『週刊宝石』(光文社)、『サンデー毎日』(毎日新聞社)記者などを経てフリーランスに。
各種事件、労働問題、人権問題等を取材執筆。
2012年、講談社ノンフィクション賞、日本ジャーナリスト会議賞を受賞。
2014年、大宅壮一ノンフィクション賞受賞(雑誌部門)。
『ネットと愛国』(講談社)、『ルポ差別と貧困の外国人労働者』(光文社)、『ヘイトスピーチ』(文芸春秋)『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(朝日新聞出版)、『「右翼」の戦後史』(講談社)、『学校では教えてくれない差別と排除の話』(皓星社)など著書多数。






 
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