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今週の一言
米国ディスカバリと社会正義
2021年1月11日

白木敦士さん(早稲田大学臨床法学教育研究所招聘研究員、ハワイ大学マノア校ロースクール博士課程)


ディスカバリとは
 ディスカバリとは、コモンローの国で発達した「Trial(正式事実審理)の前にその準備のため、法廷外で当事者が互いに、事件に関する情報を開示して収集する手続」※1である。ディスカバリは、元来イングランドにおけるequity(衡平法)に基づいて生成したが、米国において独自の発展を遂げた※2。日本語では、「証拠開示」などと訳されることもあるが、開示が義務付けられる対象は、裁判所に提出される「証拠」にとどまらない※3。「請求または抗弁に関連する」(relevant to any party’s claim or defense)全ての事実について、原則として※4開示が義務付けられる。日本の民事訴訟では、証拠の収集および提出は、原則として、訴訟当事者の責任とされる。民事訴訟法では、相手方当事者が保有する文書の提出を強制させる手段も規定されているが、探索的な請求は認められない。また、手続の要件充足性も厳しく審理されるため、相手方が保有している資料を強制的に提出させることは容易ではない。米国では、証拠開示が原則、開示拒否が例外として位置づけられるところ、日本では、その真逆である。
 米国のディスカバリでは※5、自らに有利な証拠を選別して提出することは許されないばかりか、自らに不利な資料も開示しなければならず、その点にこそ、制度の意義がある。関連性という客観的基準に照らし、該当する資料を相手方に開示しなければならない。
 例えば、米国において、ある企業で働いていた原告が、被告企業による人種差別的意図に基づき不当に解雇されたと主張して、損害賠償を請求した事例を考える。原告は、解雇の理由として、被告企業による、原告に対する差別的意図の存在を主張する一方、被告企業は、原告の職務能力の低さが解雇の原因であると主張した。この場合、企業が作成した、原告に対する職務評価報告書はもちろんのこと、職場から交付された電子メールを通じて上司と同僚との間で交わされた、原告個人に対する評価や感想も、原告の請求に強く関連する。また、そのようなコミュニケーションは、私用のiPhoneを通じて行われた可能性もある。判例上、被告企業の弁護士は、原告から訴訟を提起されることを予期した時点で、企業内で使用する電子データの他、関連する個人の私物の電子機器のデータに至るまで、すべての資料の保存を命じる義務を負う※6。「社内の資料は、保存期間を経過したので廃棄しました。」、「従業員個人の携帯電話なので、提出できません。」という言い訳は、聞き入れられない。被告企業は、自らのコントロール下にある関連資料については、被告企業の責任で、原告に開示しなければならない。意図的か否かにかかわらず、裁判官が、被告企業が「証拠隠し」に及んだと判断した場合、原告が主張する事実が立証されたことを認める、原告の訴えを認容するといった、強力な制裁を実施することが可能となる。被告企業が、「従業員の報告を信用し、具体的な資料の内容については、仔細に確認していなかった。」「あの時、責任者が、真実を話してくれていたら、よかったのだが…。」などという、某国の政治家のような言い訳も、当然ながら通用しない。
 米国のディスカバリに対しては、訴訟費用が高額になり、濫用的な提訴を招来するとの批判も強い。近年、情報技術の発展に伴い、資料はデータ形式で保有されるようになった。データは、保管に際して、物理的なスペースを必要としない。大量のデータの保存が容易になった結果、訴訟当事者が、関連性の精査に要する資料は膨大になった。1ギガバイトのデータは、ファイルボックス400個分に相当し、1テラバイトになると、2万個分になる。ディスカバリでは、この膨大なデータの中から、関連する資料を抽出し、かつ、開示義務を免れる資料を取り除く作業が必要になる。ディスカバリに際しては、多額の費用が必要になると言われる所以である。
 しかしながら、ディスカバリにより、早期の紛争解決が促進され、訴訟コストが抑えられるというメリットも指摘されている。すなわち、自らにとって不利な資料が、訴訟の初期段階で相手方に明らかになることにより、当事者双方にとって、和解へのインセンティブが促進されるというのである。米国の法廷映画・ドラマでは、陪審員を前に、弁護士が弁舌をふるうシーンが頻繁に登場する。法廷シーンは、法廷劇の花形と言ってよく、観客の感動をさらう。しかしながら、陪審が登場するトライアル手続に進むのは、全訴訟の僅か1%に過ぎない※7。残りの99%の民事訴訟は、トライアルに至らず、ディスカバリ段階で終結している。ディスカバリの和解促進機能ゆえである。

ディスカバリと社会正義
 ディスカバリは、二重のレベルで、社会正義に資するとされる。
 第一に、個別の紛争解決を通じた社会正義の実現である。すなわち、ディスカバリによって、当事者双方にとって、有利・不利な証拠が当事者に共有される結果、客観的事実に基づいた紛争解決がなされる可能性が高まるからである。民事訴訟実務における終結方法は、大まかに、判決による終結と和解による終結に分けられる。判決による訴訟終結の場面であれば、適切な事実認定は、正義に叶う判決の必要条件である。日本の現代型民事訴訟でしばしば問題になる、証拠の偏在による、訴訟当事者の実質的不平等という問題は、ここでは生じない。和解による訴訟終結においても、事実に関する透明性が確保されることにより、当事者の納得感が高まる。結果として、当事者が和解条件を遵守する可能性も高まる関係にある。
 さらに、民事訴訟手続を通じて、客観的真実に一致する形での紛争解決がなされることは、司法が、国民の信頼を勝ち得る上でも、重要である。
 第二に、ディスカバリには、個別訴訟における正義の実現を超えて、法の趣旨を達成するという、マクロレベルでの価値をも有する。前掲の不当解雇事例でいえば、仮に、企業において、上司による差別的発言を記録したデータが発見された場合、企業は、訴訟での敗訴を恐れ、そもそも労働者の解雇を思い止まるかもしれない。また、合理的な上司であれば、将来、民事訴訟において、自らの発言が開示されることを恐れ、そもそも、部下に対して差別的な発言を行うことを控えるかもしれない。さらには、企業は、従業員による差別的発言を防止するため、従業員研修の実施等の予防策を積極的に行うようになるかもしれない。その結果、「差別をしてはいけない」という法の理念が体現され、社会全体における正義が促進される。一般に、社会正義を実現する法律としては、手続法と比べ、実体法が想起されるが、米国では、民事訴訟手続法が、社会正義を実現するインフラとしての役割を担っているのである※8。

日本の民事訴訟手続法と社会正義
 翻って、日本である。データ技術の進歩により、社会活動のあらゆる場面において、日々膨大な量のデータが生成され、蓄積されるようになった。日本でも、新型コロナウイルスの影響でリモートワークの機会が増大したことから、データベースでのコミュニケーションが増加し、今後、この傾向に拍車がかかると予想される。より多くの情報が保存される環境の到来は、客観的真実に合致した形での紛争解決を目指す上では、歓迎すべき事項である。しかし、保存される情報があまりにも膨大であるために、まるで深海底で眠る宝箱のように、必要な情報は保存されているものの、その情報自体に到達できないという事態も往々にして生じうる。
 その結果、証拠の構造的偏在が問題となり得る現代型訴訟では、情報を大量に保有し、高度な情報検査能力を有する当事者(例えば、大企業や国)は、自らに有利な証拠の選別が格段に容易になる一方、そうでない当事者(例えば、消費者)は、相手方が保有する情報へアクセスすることが、より一層困難になってしまうことが懸念される。
 いうまでもなく、民事訴訟の場においては、事実を裏付ける証拠が提出されない限りは、主張する事実は認められない。大量情報化社会の到来は、日本の現行民事訴訟との関係では、社会正義の実現を阻む可能性がある。
現在、日本において、公文書偽造を強制されたことに関連する損害賠償請求訴訟、著名企業における過労死事件に関する損害賠償請求訴訟、原発稼働の差止を求める民事訴訟など、個々の訴訟当事者の利益を超えた社会的意義を有する民事訴訟が提起されている。いずれも、証拠の構造的偏在が指摘され得る事件である。
 「ポスト真実主義」、「歴史修正主義」の台頭が指摘されて久しい。事実を記録し、確定することの重要性は、今、一層問われている。市民が、真実へアクセスすることの重要性は、より高まっている。現在の日本社会・政治状況を見たとき、社会正義の実現手段としての米国の民事司法は、心強く、また、眩しく映る。
 従来、日本では、民事訴訟手続の機能は、私人間の紛争解決と理解されてきた※9。日本の民事訴訟手続は、本来そういうものだという理解もあろう。他方で、近年の社会状況に照らし、日本の民事訴訟法は、従来の機能観から、もう一歩踏み出す必要はないのであろうか。日本における社会正義の実現ツールとして、民事訴訟手続の可能性を再検討することも重要ではないだろうか。米国ディスカバリは、重要な示唆を含んでいるように思う。

※1 田中英夫編『英米法辞典』(東京大学出版会,1991)258頁。なお、ディスカバリという用語が多義的であることについて、日本語で指摘した文献として、土井悦夫=田邊政裕『米国ディスカバリの法と実務』(発明推進協会,2013)がある。
※2 See JACK I. H. JACOB, THE FABRIC OF ENGLISH CIVIL JUSTICE, 100 (1987).
※3 例えば、弁護士と依頼者との間におけるコミュニケーションに関する資料については、秘匿特権(attorney-client privilege)、訴訟準備のために当事者が作成した資料(work product)については、一定の条件のもとで、開示義務を免れる。
※4 米国は、一つの主権国家のうちに複数の法域を有する、法不統一国家である。50州は、独自の民事訴訟手続を有する。また、連邦裁判所の民事訴訟手続については、連邦民事訴訟規則が規律する。本稿では、連邦民事訴訟規則及び同規則に関連する判例法を前提とする。
※5 田中・前掲注(1)は、「アメリカの民事手続では、証拠関係についてだけではなく、争点を明確にさせる情報など広く訴訟物に関連性のあるいかなる事項を含むもので、『証拠開示』という訳語は狭すぎる」とする。また、土井=田邊・前掲注(1)4頁も、「日本語文献の中にはdiscoveryを『証拠開示』と訳する例が多いが、ディスカバリの開示対象は、日本の民事訴訟法の『証拠』に限られないので、かかる訳語は必ずしも適切とはいえない」と指摘する。
※6 E.g., Zubulake v. UBS Warburg LLC, F.R.D. 212, 217 (S.D.N.Y. 2003).
※7 The Administratuve Office of the U.S. Courts, U.S. District Courts?Civil Cases Terminated, by Nature of Suit and Action Taken, During the 12-Month Period Ending September 30, 2016,
https://www.uscourts.gov/sites/default/files/data_tables/jb_c4_0930.2016.pdf (last visited Jan. 4, 2021).
※8 GEOFFREY C. HAZARD & MICHELE TARUFFO, American Civil Procedure: An Introduction, 99-100 (1995).
※9 伊藤眞『民事訴訟法』(有斐閣,第6版,2018)20頁。 伊藤眞教授は、日本の民事訴訟法の機能・目的をめぐる議論として、紛争解決説が通説的見解であるとした上で、同説を支持する。

◆白木敦士(しらき あつし)さんのプロフィール
1986年愛知県長久手市生まれ。2009年に早稲田大学法学部を卒業の後、2011年に同大学院法科大学院法務研究科を修了。2012年に弁護士登録(現在は、留学に伴い登録を抹消中)。2019年まで、弁護士として、渉外家事事件を中心に担当した他、早稲田大学法科大学員非常勤講師、東京通信大学非常勤講師を務めた。2019年、フルブライト奨学生として、米国ペンシルバニア大学ロースクールのLL.M.課程にて、主にニューヨーク州の離婚法を中心に学ぶ。2020年より、教育・執筆・翻訳等の業務に従事する一方、米国ハワイ大学マノア校ロースクールのS.J.D.課程(博士課程に相当)に所属し、ハワイ州の離婚法に加え、日米間の国際証拠共助法制を研究。早稲田大学臨床法学教育研究所招聘研究員。


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