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今週の一言
警察によるDNAデータ保管の違憲性
2021年11月29日

玉蟲由樹さん(日本大学法学部教授)


警察によるDNAデータの保管をめぐる訴訟
 2021年9月13日に、警察が任意の取り調べの際に採取したDNAデータを保管し続けているのはプライバシー権を保障する憲法に違反することを理由に、埼玉県に住む男性が国と東京都にデータの削除などを求める訴えを提起したとの報道があった。それによれば、男性は、警備員として働いていた都内のショッピングセンターで、忘れ物のカバンから財布を抜き取った疑いで警察から任意の取り調べを受け、その際にDNAを採取された。しかし、その後、財布が見つかったため、男性はDNAのデータを削除するよう警察に求めたが、これまでに削除の連絡はないという。
 警察によるDNAの採取およびDNAデータの保管が問題とされた事例はこれ以外にも数件が訴訟となっているが、いずれも前述の件と同様に些細な嫌疑(迷い犬のビラを電柱に貼った、立ち入り禁止区域で釣りをした、など)を理由としてDNA採取やデータ保管が行われている。また、いずれのケースでも、DNA採取に関する警察の説明が不十分で、被疑者は訳も分からないままDNA採取に応じている様子がうかがえる。
 DNAは個人の遺伝的特性に関する情報を多く含む、情報の宝庫である。このような物質を、たとえ犯罪捜査のためとはいえ、公権力が軽々しく扱ってはならないことはいうまでもない。これは、憲法上、個人のプライバシー(13条)と警察によるそれに対する介入の問題として理解されるべきものである。

DNA情報の重要性
 DNAに含まれる個人の遺伝的特性に関する情報は、高度にセンシティブな情報であり、憲法13条が保障するプライバシー権によって、公権力による介入から強く保護される。公権力が個人からDNA分析試料を採取するにあたっては、厳格な条件づけを伴った明確な法的根拠が必要である。
 これに対して、DNAを用いて作成される情報のうち、いわゆる「DNA型情報」は、非常に正確性の高い個人識別能力をもつ一方、個人の遺伝的特性の解明に直接かかわるものではないとされる。この意味では、従来、犯罪捜査の場面で用いられてきた指紋などと同種の情報ということもでき、これは高度にセンシティブとまではいえない情報として、プライバシー権による保護が相対的に弱いとされてきた。しかし、個人情報である以上、警察などの公権力が随意に取得・保管・利用ができるとするのは明らかに不適切であり、その取得・保管・利用にあたっては、形式・実質の両面で正当化可能なルールが必要である。

日本におけるDNA利用ルールの現状
 諸外国においては、警察によるDNA分析やDNA型情報のデータベース化について、刑事訴訟法上などで特定のルールが設けられていることが多い。たとえば、ドイツでは刑事訴訟法81e条~81h条でDNAによる個人識別に関するルールが定められている。それによれば、現時点で問題となっている犯罪捜査に必要な場合にDNA型鑑定が行われるほか、重大犯罪や性犯罪の被疑者・被告人について将来の犯罪発生を見越して、予めDNA型鑑定が行われることがある。これによって取得されたDNA型情報は、「犯罪の種類もしくは態様、被疑者・被告人の人格その他の判断から、将来新たな刑事手続が行われることがありうるという見解に理由がある」場合に限って、警察DNAデータベースに登録される。
 日本では2005年から警察庁がDNA型データベースの運用を始めているが、設置・運用の根拠となっているのは、国家公安員会規則である「DNA型記録取扱規則」(平成17年国家公安委員会規則第15号)にすぎない。つまり、国会の制定した明確な法律上の根拠は存在していないことになる。また、同規則ではDNA分析に関する手続が十分に明確化されておらず、対象者・罪種の範囲の特定、鑑定・記録にかかわる手続保障などが不十分との指摘を受けてきた。
 DNAの取扱い、さらにはそこから得られた情報の取扱いが個人の憲法上の権利にかかわることからすれば、このような現状は明らかに問題である。個人のDNAに対する公権力の介入が正当化されるためには、まず形式の面で、法律による明確なルール設定が必要となる。

求められるルールの内容
 実質的な観点では、DNAの取扱いが比例原則に合致している必要がある。重要情報を多く含むDNAを採取することについてはもちろんのこと、個人識別性の高い機能的に重要な情報となりうるDNA型情報を保管・利用するためには、それを十分に正当化しうる重要な公益が存在していることが立証されねばならない。また、具体的な取得・保管・利用が正当化されるためには、対象者・罪種の範囲や利用方法が目的達成にとって必要不可欠であることが求められよう。
 一般的には、犯罪事実の究明は重要な公益と認定しうる。それゆえ、現に問題となっている犯罪事実の究明のために被疑者に対するDNAの採取・分析が行われることは正当化が比較的容易である。しかし、それはあくまで犯罪事実の究明に必要な場合に限られる。前述の例に見られるように、事実究明に必要とは思えないDNAの採取・分析が行われるのは、明らかに度を越している。この点で、訴訟となっている一連のケースは、必要もなくDNAが採取されているとしかいいようがなく、そもそも正当化が困難である。採取自体の違憲性が高いと見るべきだろう。
 DNA型情報のデータベースへの保存は、より正当化が困難である。データベースへの保存は、その目的が現に問題となっている犯罪事実の究明にはなく、むしろ将来的に発生しうる犯罪への対処が主たる目的となる。こうした将来の犯罪発生を予測して行われる「事前介入」については、当然、正当化のハードルが上がる。ドイツで採用されるような「再犯可能性の推定」もなしに、取得されたDNA型情報が自動的にデータベース化されるのは、あまりに個人のプライバシーを軽視した措置である。ましてや、それがきわめて軽微な嫌疑によって取得されたものであれば、なおさらであろう。一連のケースは、採取と並んで、保存行為も違憲と見るべきものである。

適正なDNA情報取扱ルールの構築に向けて
 冒頭に示した一連のケースでは、本人の同意があったことがDNA採取・分析等の正当化要因とされている節がある。しかし、不十分な説明によって得られた同意が正当化をもたらさないことは、医療行為におけるインフォームド・コンセントの例を見ても明らかである。また、そもそもDNAの採取・分析やDNA型情報の保管・利用が重要なプライバシー情報に介入する行為であることからすれば、むしろこれは任意処分ではなく強制処分(とくに保管については明確な同意に欠ける)と解するべきだろう。
 また、現在では、憲法上のプライバシー保障の主眼を個人の同意権の保障ではなく、実体的・手続的に適正な情報取扱ルールの要求に置く見解が有力に主張される。DNAの取扱いもこの観点から見直されるべきものである。
 容疑者から得たDNA型のデータベース登録件数は、2019年末段階で、約130万件に上るといわれる。罪種の限定や再犯可能性の推定を行わなかった結果でもあろう。警察の恣意に流された取扱いが防がれるためにも、個人のプライバシーに配慮した司法判断が求められるのはもとより、国会による明確なルール設定が求められる。

◆玉蟲由樹(たまむし ゆうき)さんのプロフィール

日本大学法学部教授。専門は憲法学。著書に『人間の尊厳保障の法理』(尚学社、2013年)、『憲法演習サブノート210問』(共著、弘文堂、2021年)、『ヘイトスピーチ規制の最前線と法理の考察』(共著、法律文化社、2021年)など。

【関連HP:今週の一言・書籍・論文】

今週の一言(肩書きは寄稿当時)

「警察などの監視機関を監視・監督する第三者機関の設置を」
小池振一郎さん(弁護士・日弁連国内人権機関実現委員会副委員長)


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