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今週の一言
2022年 新年にあたって
~国家ガバナンスの機能不全に対する立憲主義の回復に向けて~
2022年1月1日

伊藤 真(法学館憲法研究所所長)


みなさん新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 昨年は、コロナに始まりコロナに終わった感のある1年でした。コロナ禍による緊急事態宣言下にも関わらずオリンピックが強行され、感染拡大防止に国全体が取り組まねばならない一方で、国会ではまともな審議が尽くされず、政治部門においては憲法が無視もしくは軽視されるなど国家ガバナンス全体が機能不全を起こした1年でした。

一 国会の機能不全、憲法軽視
 国会は、国権の最高機関として国民の生命や安全を守るため、さまざまな対策や予算の確保などについて審議を尽くさなければなりません。しかし、国会がまともに機能していたとはとてもいえませんでした。菅政権発足から1年間のうち、国会が正式に開かれていたのは194日にとどまっています。通常国会は6月まででしたが、議論すべきコロナ対策は山積みだったにも関わらず、野党による会期延長の要求を拒否して閉会してしまいました。このため、我が国において喫緊の課題となっていたジェンダー平等のためのLGBT法案の提出も見送られています。閉会後も、委員会で閉会中審査を行うことで与野党が合意していましたが、審議に応じた機会は3週間に1回程度、それも1回当たりの審議時間は3時間未満にすぎません。
 7月には、野党から政府の新型コロナウイルス対策などを議論するため、憲法53条に基づき臨時国会の速やかな召集を求めましたが、これにも応ずることはありませんでした。菅政権は、安倍元首相同様に放置し続け、10月にようやく召集を決定しました。しかし、この召集の目的は、菅首相の後任を選出するためであり、憲法53条の行政監視機能をないがしろにするものです。2015年には多くの識者・専門家から違憲であると指摘されていた新安保法制を強行採決によって成立させてしまいましたが、それ以降の国会では憲法を尊重しようとする姿勢が失われてしまったかのようです。

二 審議不十分なままの法案成立
 このような国会審議の機能不全、憲法軽視の傾向は、立法行為にも及びました。昨年5月には、コロナ禍で露呈した国家のデジタル基盤の脆弱さを克服するため、デジタル改革関連法が成立しています。この法律では、デジタル庁にすべての情報を集中して、マイナンバーと紐づけて一元管理するのと同時に、個人情報の利用が大幅に自由化されています。国民からは、個人情報の集中管理に関する権力を総理大臣に集中させるものであり、個人一人ひとりが国家に常時監視される社会に向けた法整備などではないかなど不安の声があがりました。法案のボリュームが膨大にも関わらず、審議時間は50時間程度であった上、法案自体に誤記などが多数指摘されており、このような国民の不安が解消されたとはとてもいえません。
 昨年6月に成立した重要土地利用規制法は、安全保障上重要な施設の周辺などの土地利用を規制する法律ですが、国は、利用状況についての調査、利用中止を勧告・命令することができ、従わない場合には罰則の対象とすることも可能です。法案の段階で、多くの識者からさまざまな問題点が指摘されており、例えば要件についても、具体的に何を指すのかは政令で定められることになっています。刑罰が法律に明示されないため憲法31条に反しますし、表現の自由・市民活動の自由に対しても萎縮効果を及ぼします。何より、監視対象であるべき国家と主権者である国民が完全に入れ代わってしまっており、立憲主義の観点から重大な問題があるといわざるをえません。

三 コロナ対策における法治主義
 行政の現場をみても、コロナ対策では、コロナ特措法では認められていない事実上の強制力を持った「要請」が繰り返され、一部の店舗や飲食店は長期間不利益を強いられました。法律による行政は、国家ガバナンスの基本であるはずですが、それすら遵守しようという意識が生まれないのが、この国の現状であることがよく分かります。
 また、一昨年のアベノマスク、全国一斉休校などの愚策を許してしまうこの国のガバナンスの問題も改善されることなく、課題として持ち越されています。

四 立憲主義、国家ガバナンスを回復させる取組みとしての憲法訴訟
 昨年に引き続き、憲法価値、立憲主義の回復のため、今年も国家の根幹に関わる憲法訴訟を積極的に進めています。これらの憲法訴訟では、司法が憲法判断を行うことによって、国会、内閣に憲法に従った国政を促し、国家ガバナンスを回復させる効果が期待できます。

1 憲法53条違憲国賠訴訟
 臨時国会の召集を安倍内閣(当時)が98日間放置したことは憲法違反だとして、国会議員により提訴された訴訟の判決が、昨年3月と4月に岡山、東京の各地裁で出されました。東京地裁では「裁判の対象にならない」と門前払い、岡山地裁でも、違憲と評価される余地はあるものの請求は棄却され、違憲かどうかの判断は示されませんでした。ただちに控訴を行い、今年1月には広島高裁岡山支部、2月に東京高裁、3月には福岡高裁那覇支部で判決が予定されています。
 自民党改憲草案53条には、「要求があった日から二十日以内に臨時国会が召集されなければならない。」と規定されており、安倍、菅政権が自民党政権であることを踏まえれば明らかに矛盾しています。「明白に違憲」とする元最高裁判事の濱田邦夫弁護士の意見書が裁判所に提出されており、果たして98日間の放置が憲法上許されるものなのか、司法による明確な憲法判断が行われ、国会の行政監視機能が回復されることを期待しています。

2 安保法制違憲訴訟
 2015年に成立した新安保法制は明確に憲法に違反しているとして全国で提訴された安保法制違憲訴訟は、全国22の裁判所で25の裁判が展開され、今や原告の総数は7,699名、代理人弁護士数は1,685名にも達しています。昨年までに17件の地方裁判所の判決と3つの高裁判決が出されましたが、どの判決も憲法判断を回避し続けるばかりで、コピペしたかのような内容の判決が繰り返されました。まるで、司法が、自らが果たすべき役割を放棄し、単に政治部門を追認する機関となっているように思えます。
 ただ、「合憲」判断は一度も出されていません。これまで全国で弁護団による緻密な迫力ある訴訟活動が積み重ねられてきており、さすがに裁判所も、「この新安保法制は違憲であり、とても合憲判決は書けない」という心証に傾いていることを伺わせます。今年も、地裁や高裁で判決が予定されていますので、平和主義憲法に基づく積極的な違憲判断が示され、立憲主義の回復をはじめ、国会が憲法軽視の姿勢を改めるきっかけになってほしいと思います。

3 選挙無効請求訴訟
 さらに国家ガバナンスの大前提として、主権者の国政への影響力は等しくなければなりませんが、選挙制度においては人口比例選挙には程遠く、いまだ住所地によって投票価値に差がある状態が放置されています。昨年10月には4年ぶりとなる衆院選が行われましたが、その翌日、投票価値の是正を求めて、289に及ぶ全ての小選挙区において全国一斉提訴を行いました。既に昨年12月から各地高裁で弁論が開始されており、今年中に最高裁で判断が言い渡される可能性があります。
 前回の衆院選では、最高裁は、人口比を正確に反映しやすい「アダムズ方式」の導入など将来の取組みを考慮して合憲としましたが、今回、逆に格差が拡大しています。これまで最高裁大法廷の違憲状態判決は5つにも及んでおり、投票価値の平等は民主主義の根幹であるにも関わらず、国会は抜本的解決を先送りにしてきました。国会での改革への取組みを促すため、司法による毅然とした判断が期待されます。

五 まとめ
 前述したように、昨年、コロナ対策についてすら、なかなか国会答弁に応じようとしなかった菅前首相でしたが、改憲についてはたびたびその意欲を表明しています。菅首相退陣後の昨年11月には、自民党の茂木幹事長は、コロナ対策のためと称して緊急事態創設の必要性について言及しました。岸田首相も、「自民党では憲法改正が重要なテーマであり、茂木幹事長を中心に取り組んでもらいたい。」と述べ、改憲4項目については、「一部を先行させる形もあり得る」と同調するかのような発言をしています。
 しかし、CM規制やインターネット広告規制などの憲法改正手続法の必要な改正もなされていません。また、法律とは異なり、憲法改正は一度成立してしまうと取り返しがつきません。だからこそ、憲法制定権者である国民が改憲が必要だという意思を持ち、その国民の改憲意思を国会議員が受け止めて、国会において発議され、十分に議論を尽くし進められるべきものです。ところが、実際は、国家ガバナンスが機能不全のまま、憲法を軽視し、投票価値が不平等なまま選出された正統性のない一部政治家の主導によって進められようとしています。
 国家ガバナンス機能を回復するには、政治部門の外にある裁判所が、内閣の意向を忖度したりすることなく、立憲主義の擁護者として、その役割を積極的に果たす以外ありません。昨年は、同性婚を認めないのは、憲法14条に反し違憲であるという判決や、映画「宮本から君へ」の出演者が薬物で逮捕されたことを理由に助成金の不交付決定を行うのは違法であるという判決が出されました。これらは、LGBT差別に苦しんでいる方にとって希望を与える判決であり、芸術界にとっても「希望の灯」となりうる判決となりました。
 裁判官は、憲法によってその身分が保障され、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」(76条3項)と規定されるように、その職権行使において独立が保障されています。自らが裁判官になった初心を忘れず、立憲主義、憲法保障の担い手としての裁判所の役割を果たそうとその職責を全うする裁判官も必ずいるはずだと信じています。

◆伊藤真(いとう まこと)のプロフィール

法学館憲法研究所所長。
伊藤塾塾長。弁護士(法学館法律事務所所長)。日弁連憲法問題対策本部副本部長。「一人一票実現国民会議」発起人。「安保法制違憲の会」共同代表。「第53条違憲国賠等訴訟東京弁護団」。「助成金不交付取消訴訟弁護団」。「岡口裁判官弾劾裁判弁護団」。「九条の会」世話人。ドキュメンタリー映画『シリーズ憲法と共に歩む』製作委員会(作品(1)・(2)・(3))代表。
『伊藤真の憲法入門 第6版』(日本評論社)、『中高生のための憲法教室』(岩波書店)、『10代の憲法な毎日』岩波書店)、『憲法が教えてくれたこと ~ その女子高生の日々が輝きだした理由』(幻冬舎ルネッサンス)、『憲法は誰のもの? ~ 自民党改憲案の検証』(岩波書店)、『やっぱり九条が戦争を止めていた』(毎日新聞社)、『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案 増補版』(大月書店)、『伊藤真の日本一やさしい「憲法」の授業』(KADOKAWA)、『9条の挑戦』』(大月書店、共著)、『平和憲法の破壊は許さない』(日本評論社、共著)、『安保法制 違憲訴訟』(日本評論社、共編著)など著書多数。

 


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