優生保護法における優生手術(強制的な不妊手術および中絶の強要)に対する国賠訴訟は、25人の原告が提訴し、そのうち4人が亡くなられている。
この欄の、新里宏二弁護士(今週の一言「旧優生保護法は違憲、しかし、請求は棄却」2019年7月29日)、関哉直人弁護士(同「旧優生保護法による強制不妊手術をめぐる裁判で不当判決」2020年9月7日)、小野寺信勝弁護士(同「強制不妊手術、またも不当判決」2021年3月22日)、優生手術に対する謝罪を求める会(同「強制不妊手術をめぐる東京地裁の不当判決に抗議する」2020年9月21日)のように、これまで地方裁判所では、すべて原告が敗訴だった。
心が折れそうな中、コロナ禍で各地の裁判傍聴に行けないこともあり、オンラインを活用した裁判期日の報告集会や、国会議員へ訴える院内集会が開催され、各地の弁護団、裁判を支援する会や歩む会(グループ名は各地各様で色々)、障害者団体などの緩やかなネットワークが作られつつあった。
2022年2月7日には、全国の原告の発言やメッセージをつなぐ、画期的なオンライン集会も開かれた。そこでの原告たちの発言から改めて明らかになったのは、彼女彼らは、優生保護法の存在も、それが1996年に改正されたことも知らずにいたこと。自分になされた手術が、優生保護法に基づくとわかったのは、2018年1月のマスコミ報道以降だということ。その手術のことは悲しく苦しく屈辱的で、家族にすら言えずにいたことだった。
国は優生保護法を母体保護法に変えた1996年、実態調査も、被害者への謝罪もせず、都合の悪くなった法律を、多くの市民に気づかれないように、そっと蓋をするように葬ろうとした。にもかかわず、各地方裁判所は20年という除斥期間を理由に、原告の訴えを退けてきた。
2022年2月22日の大阪高裁で、ついにその壁に小さな穴が開けられた。日本の司法にも良識があったのだと、大阪原告の3人を含め、多くの人が喜んだ。上告しないようにと宮城の学生たちが署名を集め、全国の関係団体が3月4日緊急院内集会を開いて「もう終わらせて」と訴えた。しかし3月7日、国は上告した。
そして3月11日、東京高裁では、さらに明確な違憲判決が出された。
東京高裁の裁判長は、判決文を読み始めるときに、新しい優生保護法ができたわけではなく母体保護法に名称が変わっただけなので、旧はつけずに優生保護法と言います、と説明した。「旧」をつけることに疑問を抱いていたので、我が意を得たりだった。
さらに判決文を読み上げた後、裁判官は北さんや傍聴席に向けて話しかけた。優生手術の対象に選定されたことは、人としての価値が低いものでも、幸福になる可能性を失ったものでもありません。これからも幸せな人生を送ってください。差別のない社会を作るのは国や社会全体ですが、それは私たちでもあります……という趣旨だった。私も含め、傍聴席で聞いていた人は、涙腺が緩み、あたたかい気持ちになった。そして北さんがこらえきれずに嗚咽する姿を見たとき、改めて司法への希望を実感した。
判決内容については、3月17日緊急院内集会での関哉直人弁護士の発言資料「東京高裁判決(2022年3月11日)」から一部を紹介させていただく。
<結論:判決 国に1500万円の賠償責任を認めた
1 憲法違反の判断をした。そして、厚生大臣の行為の違法性を認めた。
2 除斥期間の適用を制限した。
(1)優生保護法による被害が重大である。
(2)国は手術を進め、教育の場でも偏見や差別を浸透させてきたこと、手術が国の政策であることがわかりにくい仕組みを作ってきたこと、法改正後も優生保護法が憲法違反であるとはいわずに被害者に通知するなど被害救済のための措置をとってこなかった。
(3)憲法は民法より上にある法であり、民間人の問題をあつかう民法のルールを、国と民間人との関係が問題となっていて憲法上保障された権利が問題となっている本件にあてはめることには、慎重になるべきである。
(4)そもそも、不妊手術の被害を知っていても、それを国がしたものだと知らなければ損害賠償請求権の行使はできない。
(5)法改正後も、国連の勧告などがでているのに、国は、手術について調査をして、被害者が情報を入手できる制度を整備することを怠ってきた。
3 一時金支給法(2019年4月24日施行)から5年間は請求できるとした。
「被害者が、手術は国によるものだと客観的に分かるようになったのは、一時金支給法ができたとき」とした。>
「不良な子孫」あるいは「不幸な人生」というレッテルを貼り、人間の価値を国が決めつけることの傲慢さ、人口の質や量を上から管理する人口政策の過ちを、大阪高裁と東京高裁判決は認めたと言えるのはないだろうか。
誰を好きになるか、誰と暮らすか。結婚するかしないか、子どもを生むか生まないか、どんな人生を過ごすかは、ひとりひとりが決める権利を持っている。こうした考え方が「セクシュアル&リプロダクティブ・ヘルス・ライツ」であり、自分の生き方を自分で決めるためのサポートを得る権利が誰にでもあるはずだ。それを奪ったのが優生保護法なのである。
障害や病気は不幸、世の中の役に立たない、生かされる価値がない、生んで一人前、子どもがいないと不幸だ等々、価値観を押し付ける法律は憲法違反である。どんな社会で生きていきたいか、私たちひとりひとりに問われているのが優生保護法の裁判だ。
国が上告したら……それは、優生保護法が犯した人権侵害を再び行うこと、差別や偏見を国が容認し先導することを意味する。(3月23日記)
〈追記〉3月24日に国は上告し、官房長官は談話を発表した。各政党の談話などは、優生保護法被害弁護団のサイトをご参照ください。
資料:
旧優生保護法国賠訴訟・東京高裁判決(2022年3月11日)に関するコメント
国は東京高裁判決に上告せず、速やかに解決に取り組むべきです
2022年3月14日
優生手術に対する謝罪を求める会
ccprc79@gmail.com
私たちは、優生保護法が廃止され母体保護法に生まれ変わった1996年の翌97年、スウェーデン政府による被害者への補償に向けた動きを一つのきっかけとして、優生保護法下での強制的な不妊手術等への謝罪と公的補償を実現するために活動してきました。
過去の何が間違っていたのか、その不正義によって誰が傷つけられてきたのかを明らかにした上で、補償等による正義の修復と名誉回復が必要だと私たちは考えてきました。優生保護法が法律としてはなくなったとしても、この法律が体現し広めていった優生思想、すなわち、子どもをもつに値する人間と、そうでない人間、生まれるに値する人間と、そうでない人間さらには、生きるに値する人間と、そうでない人間という選別と差別は、消えてなくならないからです。
私たちは、1997年に出会った宮城県・飯塚淳子さんの被害当事者の力強さによって活動を続けてきました。飯塚さんの20年以上の訴えにもかかわらず、厚労省は人権侵害を認めませんでした。このことを知った佐藤由美さんと兄の妻・佐藤路子さんが国家賠償訴訟を起こしたのが2018年1月です。佐藤さんの提訴を報道する新聞を見て、自分になされた手術と同じだと気づいたのが、東京高裁の原告である北三郎さんなのです。
正義の修復を求める国家賠償請求訴訟は、その後、25人の方々によって提訴されています。これまでの各地裁判決のうち、仙台・大阪・札幌・神戸地裁判決では、強制的な不妊手術の違憲性が確認されたものの、20年の除斥期間の適用によって原告の請求は退けられ続けてきました。
しかし、20年の除斥期間の機械的な適用は、次の2つの理由から間違っています。
第一に、優生保護法が認めていた強制的な不妊手術の実態は、欺罔(ぎもう)等の手段によって、本人がそうとは認識できない形で実施するというものだったからです。それゆえ、被害に気づかない、気づいたとしても20年、30年後ということもあるからです。(父や施設をずっと恨んでいた北さんが、自分への手術が優生保護法によって国が実施したのだと知ったのは、手術から約60年後です)
第二に、優生保護法の第1条にあった「不良な子孫」という概念が、被害者とその家族にもたらしたであろう傷です。強制的な不妊手術を受けさせられたということは、「不良な子孫」というスティグマ(烙印)を公的機関によって押されたということです。いったい誰が、そのことを進んで人に言ったりするでしょうか。また、自分の家族が不妊手術を受けさせられた人も、人には言えず、ひたすら隠してきました。自分や自分の家族の被害を公言できないという状況は、優生保護法が母体保護法になった1996年以降も容易には変わりませんでした。
以上の二つの理由から、私たちは20年の除斥期間をこの問題に適用するのは不適切だと考えてきました。大阪高裁と東京高裁の判断は、その意味で正しいと思います。特に、東京高裁の判決で、2019年に成立した「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」によって、やっと社会全体として優生手術が違憲であることが明確に認識できたとして、除斥期間の壁を破ったことを、大きく評価します。一時金支給法は、さまざまな点で不十分なものであり、改正の必要があると私たちは考えてきました。しかし、東京高裁判決における一時金法の位置づけには、合点がいきます。
さらに、平田豊裁判長の判決理由の後の発言(所感)における、人の尊厳を守り差別のない社会をめざす姿勢に、強く共感しました。
被害者はみな、すでに高齢です。提訴した25人の被害者のうちすでに4人が亡くなられています。大阪高裁判決に続いて東京高裁判決においても、優生保護法とそのもとで行われた優生施策の過ちが明らかにされ、国の責任が明確に断じられました。国はこれを重く受け止め、上告せず、両高裁の判決をもとに、速やかに問題を解決すべきです。
◆大橋由香子(おおはし ゆかこ)さんのプロフィール
上智大学社会学科卒業。出版社勤務を経て、フリーライター・編集者、大学非常勤講師。
著書『ニンプ・サンプ・ハハハの日々』(社会評論社)、『生命科学者 中村桂子』(理論社)、『満心愛の人―フィリピン引き揚げ孤児と育ての親』(インパクト出版会)ほか。
「優生手術(強制不妊化)とリプロダクティブ・ヘルス/ライツ : 被害者の経験から」国際交流研究:国際交流学部紀要23号2021“フェリス女学院大学学術機関リポジトリ
雑誌「エトセトラ」(エトセトラブックス)で「Who is she?」を、光文社古典新訳文庫サイトで「字幕マジックの女たち:映像×多言語×翻訳」連載中。
「SOSHIREN女(わたし)のからだから」
「#もっと安全な中絶をアクション(ASAJ)」
の活動にも関わっている。