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今週の一言

 

労働運動と貧困運動をつなげる新しい運動の可能性

2017年11月13日



今野晴貴さん(NPO法人POSSE代表)

この10年で起きた貧困問題の構造の変化
 私はNPO法人POSSEを2006年に立ち上げ、労働相談や生活相談に従事してきました。労働相談は年間3000件以上、生活相談(困窮支援)も年間に数百件を受け付けています。こうした支援活動を通じて、私たちはブラック企業やブラックバイトの問題、そして生活保護の問題について社会に広く発信してきました。その中で感じていることの一つが、2000年代と2010年代の「貧困問題の変化」です。
 貧困問題に関して、2000年代後半に起きたことは貧困の「発見」でした。90年代まではそれなりに暮らしていけた社会だった日本では、この頃からフリーターの過酷な生活状態や、ネットカフェ難民など、ある種の「例外的な貧困状態」が発見されていきました。
 そして、2008年にはリーマンショックの結果、大量の派遣労働者たちが解雇され、行き場もないまま路上に放り出されます。それをきっかけに、同年末には年越し派遣村の取り組みが行われ、民主党への政権交代をも引き起こしました。
 こうして「発見」された日本の貧困ですが、この時の社会の受け止め方としては、「普段は見えないが、社会の周辺部に実は貧困がある」といったものでした。あくまで、貧困問題は、正社員の周辺に位置する非正規雇用の中での問題だったのです。
 しかし、こうした貧困情勢は2010年代に入り、急速に変化していきます。今や、「普通の人たち」の周辺部に貧困者がいるのではなく、「普通の人たち」だったはずの人にまで貧困が広がってきたのです。雇用でいうと、非正規だけでなく正規雇用の劣化が激しくなっています。
 この正社員の劣化を象徴しているのが、ブラック企業です。ブラック企業では従業員に過重なノルマや度を越した長時間のサービス残業を課したり、精神的ないじめや嫌がらせ、賃金の未払いなどが常態化していますが、その多くは正社員の問題です。
 例えば、かつて過労死事件が起きた大手飲食チェーン店の「日本海庄や」では、当時大学新卒の正社員を月給19万4500円で募集していました。しかし、この中には80時間分の残業代が含まれており、時給を計算すると、正社員でありながらちょうど最低賃金だったことが入社後にわかります。最低賃金でありながら過労死するほど働き続ける。これは終身雇用や年功賃金が前提となっていたかつての正社員像とはかけ離れた働き方です。こうした働き方が「日本海庄や」だけでなく、外食、小売、IT、介護、保育などの業界を筆頭に当たり前になっています。

貧困運動と労働運動が結合する必要性
 ちょうど10年前に始まった反貧困の運動においては、具体的に貧困に苦しんでいる事例を取り出し、それを広く社会に発信するといった戦術が多くの成果を残してきました。
 しかし、今の情勢では、貧困運動も従来の「これだけ生活が苦しい人がいる!」といった「告発型」のやり方では社会的な支持を得にくくなってきています。
 非正規社員の給料の低さを訴えても、また貧困に苦しむ母子家庭の生活状況を告発しても、将来の保障もなく低賃金で過労死するほど働くブラック企業の社員からは当然「私たちも大変だ」という反発が起こります。
 昨年の夏に、NHKの番組で母子家庭の女子高校生の貧困の様子が取り上げられた際、その中でカメラに映り込んでいたアニメグッズなどを見つけて「グッズを買えるならば貧困じゃないと」バッシングした事件などは象徴的です。特定の貧困をクローズアップすることがむしろ反感を買う状況を端的に表しています。
 こうした状況下では、貧困運動の訴え方を改め、社会全体からの共感を受けるものに切り替えることが急務です。そのためには、労働運動と貧困運動の結合させていく必要があるでしょう。

エキタスが掲げる最低賃金引き上げの意義
 では、そうした労働問題と貧困問題を結合させるような運動はどう実践されうるのでしょうか。POSSEでも、これまでブラック企業や生活保護の相談を受けていく中で、労働問題と貧困問題を結合させながら言論活動に取り組んできましたが、近年新しい動きが出てきました。それが、現在最低賃金引き上げを求めて活動しているエキタスの運動です。
 エキタスは、20代の若者を中心としてデモを組織するなどしていますが、その多くが、もともと3.11後の反原発運動や安保法制反対運動など市民運動を経験ベースにして、現在労働問題にも取り組んでいます。
 立ち上げメンバーの一人である、原田さんは、原発のデモをきっかけとして市民運動に関わり、その後そうした市民運動に参加する人たちの関心をどうやって生活の問題に引き寄せられるかという問題意識から、エキタスの活動を進めているといいます。こうした、市民運動への関心から労働問題に取り組む運動が若い世代で作られたことは、これまでにない画期的なものと言えるでしょう。
 そして、エキタスが目標として掲げる最低賃金の引き上げは、労働問題と貧困問題をつなぐ、新しい運動戦略にとっても重要なテーマです。
 10年前までは、最低賃金の低さは非正規雇用の問題とされていました。しかし、日本海庄やの例で挙げたように、今や多くのブラック企業では、固定残業代を戦略的に取り込み、最低賃金ギリギリの時給で社員を働かせる戦略を取っています。このため、最低賃金の問題は、非正規はもちろん、正社員にとっても切実な問題になっているのです。
 これからの時代の貧困問題と労働問題を考える際に、エキタスによる最賃問題への取り組みは一つの大きな鍵となるとなるのは間違いないでしょう。

本の紹介
 エキタスの活動に関して、この8月に『エキタス 生活苦しいヤツ声あげろ』(かもがわ出版)が出版されています。私もその中で、エキタスのような運動ができる背景にある社会構造の変化を解説しています。また、エキタスメンバーとの対談では、今後の運動の方向性について議論しました。
 この市民運動から出てきた新しい運動の可能性を知っていただくために、また10年の社会の変容について知る意味でも、ご一読いただけると幸いです。

NPO法人POSSE

◆今野晴貴(こんのはるき)さんのプロフィール

1983年生まれ。NPO法人POSSE代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。
年間3000件以上の労働相談に関わる。2013年、「ブラック企業」で流行語大賞トップ10、大佛次郎論壇賞を受賞。
著書に『ブラック企業』(文春新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。 






 
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