1 日本エンターテイナーライツ協会の取り組みについて
芸能人の権利を守る「日本エンターテイナーライツ協会」(以下、「ERA」と言います。)は、2017年5月に設立され、現在、私を含めて8人の弁護士が、理事となり、芸能人らの権利保護に向けて取り組んでいます。また、当事者である芸能人たちもパートナーという形で関わっています。
ERAでは、主に芸能人の権利の向上と芸能人のセカンドキャリアを目的として、具体的に、芸能人らを対象に勉強会や芸能人らと一緒にシンポジウムを開催したり、活動実態を把握するためにアンケートを実施したり、芸能人らの活動環境改善のために行政に対して意見書を提出したりしています。また、芸能人らが安心して活動できるようにするために、世論に対して、芸能人らに対する報道等に関する声明文を発表するなど積極的に発信しています。
2019年8月には、ERAの共同代表理事の一人である望月宣武弁護士が自民党内の競争政策調査会において有識者ヒアリングとして芸能界等の問題について講師を務めました。
2 芸能人らの権利問題
芸能人らの権利問題は、その背景も含めて非常に複雑であり、私たちもその全てを正確に把握しているわけではございません。一言で「芸能人」といってもアイドル、俳優、アーティスト、芸人、アナウンサー、声優、メディア出演するスポーツ選手等と幅広く、さらにアイドルといっても、いわゆる「地下アイドル」とテレビ等に出演する「アイドル」では権利関係も業界慣習も全く異なります。そして、個人かグループであるかによっても検討すべき法的権利も異なってきます。そこに最近では、YouTuberやインスタグラマー等のインフルエンサーやVチューバー、eスポーツ選手等と新しい業態も誕生しています。
そして、現在の芸能業界は、非常に閉鎖的な業界といえ、海外と異なり芸能事務所側の主導で業界が作られた経緯があり、芸能人らが率先して自らの権利関係を争ってこなかった背景もあるため研究も進んでいません。そのため、現在においても、芸能人の権利については十分に保護されておらず、全く確立されていないといえます。
以上のとおり、芸能人らの権利問題は非常に複雑であり、研究も不十分な分野であるため、未開拓な分野の一つとなっています。
3 行政の見解
2018年2月の公正取引委員会の「人材と競争政策に関する検討会報告書」(以下「報告書」と言います。)において、芸能人らの権利問題について触れられ、独占禁止法の運用や方針等が記載されています。この報告書では、初めて芸能人の権利関係について踏み込まれた指摘がありました。
また2019年には、吉本興業の問題について、公正取引委員会が言及し、ジャニーズ事務所の件では、報道によると「ジャニーズ事務所に独占禁止法違反のおそれがあった」として、公正取引委員会はジャニーズ事務所に対して注意をしたとされています。さらに、2019年11月の報道では、芸能業界の業界団体と非公式で会合し、「競業避止義務」について原則禁止である、と伝えたとされています。
このようにここ数年で、私たちの働きかけや積極的な活動もあり、芸能人の権利関係について行政も問題視しています。
4 芸能業界の動き
上述の公正取引委員会の報告書を受けて、国内最大の業界団体である「日本音楽事業者協会」(音事協)は、統一契約書の見直しを進めています。また、2019年11月の報道によると、音事協は、芸能人が所属事務所を移籍する際のトラブルを防ぐため、移籍する際、金銭を補償する制度を導入するようです。
従来から、芸能人らが芸能事務所を移籍もしくは独立する際、芸能人と芸能事務所がトラブルになる例が多数みられます。その原因の一つとして、芸能事務所が芸能人の育成にかけてきた費用を回収することができないという事情がありました。
そのため、移籍金制度は、このような育成費用の回収を認めるものであり、芸能人の移籍・独立を促進し、自由な芸能活動を促進するという効果があります。この点については、ERAも従来から繰り返し指摘しており、2018年3月16日にERAが公表した「『人材と競争政策に関する検討会』報告書に対する意見」においても、移籍制度の導入については積極的な立場を表明していました。
もっとも、今後、移籍金の算定方法が不相当に高額であったり、不合理なものになったりした場合には、新たなトラブルが生じかねないという懸念があります。そのため、移籍金の算定方法については合理性及び透明性が重要になってきます。合理性及び透明性が確保された移籍金制度でなければ、実質的に芸能人の移籍を妨害する制度になりかねません。また、投資回収のリスクというのは、いかなるビジネスにも当てはまるものです。「移籍金を用意できる事務所がなければ移籍できない」というのは、芸能事務所の投資の失敗を、芸能人に転嫁させるという危険性も孕んでいます。
5 今後の課題
芸能人らは、一般的には個人事業主であり、各芸能事務所も芸能人らと「専属マネジメント契約」等と名称は様々ですが、芸能人らを個人事業主と扱い、業務委託契約を締結しています。
もっとも、多くの芸能に関する契約書には、「専属性」の記載があり、また実際にも具体的な指揮監督命令下におかれ、知的財産も事務所側に帰属し、各芸能人には代替性がないため、「労働者性」が非常に認められやすい状況になっています。特にこれはアイドル分野において顕著であり、全国の多くのアイドルには「労働者性」が認められると思っています。
しかしながら、契約書上は、業務委託契約とされているため、芸能人の権利は著しく軽視され、働く権利も働くうえでの安全も法的に十分に保護されていません。その結果として、芸能人らには労働法令が適用されず、児童や年少者の人権が守られず、様々なハラスメント被害に遭い、また長時間労働になり、またストレスケア等もされていません。以上から、今後は、芸能人の働く上での安全を守るための法制度を作ることが求められます。
6 今後について
今後も、ERAでは、引き続き芸能人の権利や法的地位を向上させるために活動をしていきたいと考えております。具体的には、芸能人の権利に関するシンポジウムの定期的な開催、近年の芸能人による不祥事を受けて、芸能人向けの研修を充実させるとともに、統一契約書の発表、実態調査等を考えております。
また、公正取引委員会に対して、芸能業界の改善のため、これからも、芸能業界における独占禁止法違反について、芸能事務所に対する注意、警告、排除措置命令といった法的措置をとり、芸能事務所名を公表するなどの適切な措置をとることを強く求めていきたいと思っております。また、同時に厚生労働省に対して、芸能人らの働き方を改善するために、個人事業主と労働者の線引きの基準を明確化するよう求めていきたいと思っております。
そして、私たちは、芸能事務所側と対立ではなく協働を求めていき、芸能業界の健全化を求めていきたいと思います。
◆佐藤大和(さとう やまと)さんのプロフィール
レイ法律事務所 弁護士(代表)。2009年司法試験合格。2011年弁護士登録(東京弁護士会)。芸能人法務の先駆者として、多くの芸能人・アーティスト・YouTuber・スポーツ選手案件を手掛け、芸能人やフリーランスの権利保護や企業の過重労働・不祥事問題等に取り組む。多くのドラマの法律監修にも関わりメディアに出演もしている。寄稿・著作多数。
・芸能人の権利を守る「日本エンターテイナーライツ協会」共同代表理事
・厚生労働省「過重労働解消のためのセミナー事業」委員
・厚生労働省「労働法教育に関する支援対策事業」委員
・厚生労働省「職場におけるハラスメント被害者等に対する相談対応マニュアル検討委員会」委員 等