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自衛隊の海外派遣と隊員・家族のストレス 

2017年8月14日



布施祐仁さん(ジャーナリスト)

戦闘直後にカウンセリング
 2016年7月初め、南スーダンの首都ジュバで政府軍と反政府勢力の大規模な武力衝突が発生しました。この時、最も激しい戦闘現場の一つになったのが、自衛隊宿営地のすぐ傍にある建設中のビルでした。ここに一時期、反政府勢力の兵士たちが陣地を築き、地上を見渡せる上階から政府軍を攻撃したのです。これに対して政府軍は、ビルに立てこもる反政府勢力を掃討するために戦車も出動させて攻撃を加えます。
 当時、現地の自衛隊部隊が日本の司令部に送った「日報」には、宿営地近傍でくり広げられた激しい戦闘の模様が詳しく記録されています。 

 「宿営地5、6時方向で激しい銃撃戦」
 「宿営地南方向距離200(メートル)トルコビル付近に砲弾落下」
 「宿営地周辺での射撃事案に伴う流れ弾への巻き込まれに注意が必要」

 実際、自衛隊宿営地にも流れ弾が飛来し、被弾した設備もありました。約350人の隊員の大半は防弾チョッキと鉄製のヘルメットを着用して宿営地内の防弾壕に避難、警備隊員には射撃許可も出されました。
 幸いにも、自衛隊が戦闘に巻き込まれたり、隊員に死傷者が出ることはありませんでしたが、自衛隊創立62年の歴史の中で最も「戦場」に近づいた瞬間でした。

 日報には記載がありませんでしたが(あるいは黒塗りされている)、筆者が最近入手した別の自衛隊内部文書(「南スーダン派遣施設隊(第10次要員)成果報告」)で新たな事実が判明しました。
 それは、ジュバでの大規模な武力衝突が収まった直後に、隊員たちに「事案発生に伴うカウンセリング教育」を6日間かけて実施していたことです。詳細は不明ですが、戦闘が隊員たちのメンタルに与えた影響を、部隊全体として考慮せざるを得ない状況であったことが読み取れます。
 政府軍と反政府勢力の内戦が勃発した2013年12月にも、自衛隊宿営地の近傍で銃撃戦が発生して流れ弾が飛んでくるなど、隊員たちの緊張が極度に高まった時がありました。
 当時、現地で活動した部隊の教訓をまとめた内部文書(「南スーダン派遣施設隊第5次要員に係る教訓要報」)は、戦闘が隊員たちのメンタルに及ぼした影響について次のように記しています。

 「派遣隊員は情勢悪化への対応、行動の制限、任務の変更、居住環境の悪化等のストレス下での活動を余儀なくされ、人間関係を損なう隊員が発生していた」
 「深刻なストレスを抱え、深い傷を抱えている隊員が存在している」
 「過去の派遣では、帰国後に自殺者が発生した事例があることから、今後も十分な注意が必要な状況と思われる」

イラク派遣では21人が自殺
 「過去の派遣」とは、イラク派遣(2004~06年)のことを指していると思われます。法律上は「活動は非戦闘地域に限る」とされたイラク派遣でしたが、活動期間中、迫撃砲やロケット弾による宿営地への攻撃は10回以上に及び、走行中の自衛隊車両がIED(仕掛け爆弾)による攻撃を受けたこともありました。
 こうした事案が発生した直後には、日本の自衛隊中央病院から精神科の医師が現地に派遣され、隊員たちへのカウンセリングが行われました。実際に、計6回現地を訪れた元自衛隊中央病院精神科部長の福間詳氏は、次のように証言しています(2015年7月17日付「朝日新聞」)。

 「私の滞在中にも着弾し、轟音とともに地面に直径2メートルほどの穴があきました。直後に、警備についていた隊員から聞きとりをしました。『発射したと思われる場所はすぐ近くにみえた。恐怖心を覚えた』『そこに誰かいるようだといわれ、緊張と恐怖を覚えた』。暗くなると恐怖がぶり返すと訴える隊員は、急性ストレス障害と診断しました」

 「当時、勤務していた自衛隊中央病院に、帰国後、調子を崩した隊員が何人も診察を受けにきました。不眠のほか、イライラや集中できない、フラッシュバックなど症状はさまざまでした。イラクでは体力的に充実し、精神的にも張りつめているためエネルギッシュに動いていたものの、帰国して普通のテンションに戻ったとき、ギャップの大きさから精神の均衡を崩してしまったのです。自殺に至らなくても、自殺未遂をしたり精神を病んだりした隊員は少なくないと思います」

 イラクに派遣された陸上自衛官約5600人のうち、帰国後に21人の自殺者が出ています(2015年6月時点、在職中に自殺した人数のみカウント)。政府の見解は、この割合は一般成人男子の自殺率と比較しても「高くない」というものです。一方、福間氏は「(派遣隊員は)精神的に健全であると確認したうえで選ばれた精鋭たちです。そのうち21人が自殺したというのは、かなり高い数字」と述べています。
 南スーダンPKOでも、今年4月に帰国した岩手駐屯地所属の30代の隊員が、帰国直後に自殺していたことがわかっています(防衛省は、PKOなど業務との関連性を否定)。

社会全体で向き合うべき
 防衛省・自衛隊は、イラク派遣の時から、「惨事ストレス」「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」への対策を本格的に始めます。
 「惨事ストレス」とは、「自分または他者が死亡あるいは重傷を負うか、あるいはその危機に瀕するような出来事を体験、目撃、直面することによって受けるストレス」(陸自教育資料)を意味します。このようなストレスを受けた隊員は、惨事の場面が頭から離れず夢にも出てきたり(フラッシュバック)、睡眠障害や集中困難、イライラ、ビクビクなどの「過覚醒」の症状に悩まされるといいます。
 また、惨事に直面しなかった隊員も、派遣中の緊張状態がしばらく持続したり、逆に"燃え尽き"てしまったり、部隊の残留隊員(海外派遣されなかった隊員)との人間関係や家族との絆の再構築の難しさに直面し、ストレスを抱えるケースが少なくありません。そして、こうしたストレスを放置すると、仕事に身が入らないばかりか、躁鬱状態や不眠、離人感などに苛まされたり、アルコールや薬物依存に陥る危険性もあります。
 そのため、防衛省・自衛隊ではイラク派遣以降、隊員の戦力維持・回復、部隊の規律維持という観点から、海外派遣隊員に対するメンタルヘルス対策を重視するようになっています。

 2015年に成立した安保関連法(「平和安全法制」)により自衛隊の海外任務が大幅に拡大され、派遣された自衛官はよりリスクの高い任務に就く可能性が高まりました。
 今世紀に入ってからアフガニスタン、イラク、シリアなど中東を中心に「対テロ戦争」を続けているアメリカでは、帰還兵のPTSDや自殺が大きな社会問題になっています。帰還兵本人だけでなく、その家族が「2次的PTSD」にかかるケースも多発しています。日本でも今後、南スーダンのような事実上の「紛争地」でのPKOへの参加や、海外で米軍と作戦を共にする機会が増えれば、派遣隊員やその家族のストレスの問題がさらにクローズアップされてくると思われます。
 その際、この問題を防衛省・自衛隊内のメンタルヘルス対策だけに委ねておいていいのでしょうか。前出の福間氏は、こう述べています。

 「なぜその任務につく必要があるのか。隊員たちが誇りをもって活動できるかは、国民のコンセンサスにも左右されます。ただ死者がでれば、世論は一変するでしょう。そうなれば、ベトナム帰還兵が社会から疎外されて精神を病んだのと似た事態が起きないとも限りません。社会の理解が不可欠です。アメリカでは、アフガニスタンとイラクから帰還した後の自殺者が戦死者を上回っています」

 国家の命令によって海外に派遣された隊員が心身に傷を負った場合、一義的な責任は命令を下した政府にありますが、首相が引責辞任したところで隊員の傷が元に戻るわけではありません。最終的な責任は、主権者である国民全体で負わなければなりません。自衛隊の海外派遣そのものへの賛否と、派遣によって傷ついた隊員やその家族に社会としてどう向き合うかは、別の問題として区別する必要があります。

来月、大阪でシンポジウム
 こうした観点から、社会全体あるいは地域コミュニティの中で海外派遣隊員やその家族のストレスの問題への理解を深めるとともに、市民社会として情報提供や医療の面で具体的なサポートをしていこうと、今年2月、「海外派遣自衛官と家族の健康を考える会」が発足しました。
同会には、医師やカウンセラーをはじめ、研究者や人道支援者、戦争体験者などが参加し、メールで隊員や家族からの健康相談を受け付けているほか、各地で学習会を開催しています。学習会は、これまで東京、北海道、青森で開催し、9月10日(日)には大阪の難波市民学習センター講堂でシンポジウムを開きます。

 


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https://kaigaihakensdf.wixsite.com/health/blog

◆布施祐仁(ふせ ゆうじん)さんのプロフィール

1976年東京都生まれ。ジャーナリスト/「平和新聞」編集長。
著書に「ルポ・イチエフ 福島第一原発レベル7の現場」(岩波書店)、「日米密約 裁かれない米兵犯罪」(岩波書店)、「経済的徴兵制」(集英社新書)など。




 



 
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